極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第百九十五話「理想と現実」

公開日時: 2020年10月25日(日) 18:03
文字数:5,462

 全ての怪人をヒーロー本部の管理下に置く。



 朝霞の夢想じみた言葉に、林太郎は思わず噴き出しそうになった。

 だが冗談を言っているような目ではない。


「我々は誰よりも怪人に近しい人間である貴方に、是非協力していただきたいと考えています」

「連中をひとりひとりカプセルにでも閉じ込めて戦わせようってのか? そりゃ殺す手間が省けていいねえ」

「いいえ、貴方は勘違いしています。我々の目的は怪人たちの“処分”ではなく“保護”です」

「“監禁”の間違いなんじゃないのか? こんな風にさ」


 林太郎は己の両腕を縛り付ける手枷の鎖を、わざとらしく鳴らしてみせた。

 耳障りな金属音が鳴り響いたが、朝霞は意にも介さず資料のファイルを開いた。


「怪人に情を移した・・・・・貴方ならば、私の提案にご賛同いただけると思います」


 朝霞はそう言ってプロジェクターを起動させる。

 眩い光が白い壁一面を照らし出し、像を結ぶ。


 壁に石油採掘プラントのような、鉄骨剥き出しの洋上施設が映し出される。


「太平洋上の人工島に怪人保護区を制定し、彼らにはそこで共同生活を送っていただきます。もちろん島は完全に外界と隔離されますが、今よりもずっと安全な生活を送れます」


 林太郎は画像と朝霞の顔を交互に見比べる。


 朝霞の鉄仮面のような表情からは、その言葉の真偽を読み取ることはできない。

 だが怪人を保護しようという彼女の言葉に偽りはないように思えた。


「なるほど……つまるところ怪人を駆逐することができないから、チリトリでまとめて海の上に隔離しちまおうってわけだ」

「ええ、言いかたは悪いですが概ね仰る通りです。建設自体は現在凍結中ですが、現段階でも約三千人の収容が可能です。我々はこれをヴィレッジと呼んでいます」

怪人村ヴィレッジか……まさか文明開化以前まで遡るとはね」



 怪人村の伝承は日本各地に多く残されている。


 かつて怪人たちは山間部などひと気のない場所に集落を作り、人知れず細々と生活を営んできた。

 日本において古くから“妖怪譚”として各地に残っている逸話は、そのほとんどがこういった怪人に絡んだものだ。



 だが戦後の人口爆発に加え、昭和の列島改造ブームに伴い都会に移り住む怪人の数が爆発的に増加したことで怪人問題が表面化した。


 通信網が未熟であった時代に人類を遥かに超越した存在を野に放てば、その結果は火を見るより明らかである。

 ごく一部には理性的な怪人も存在したが、彼らのほとんどは都市部での略奪や殺戮を繰り返すのが常であった。


 ヒーロー本部とは元来そういった、治安を乱す個々の怪人への対処を目的とした組織である。



 だが近年情報化に伴い居場所を失った怪人たちは、徐々に再び集団を形作るようになっていった。

 かつての怪人村と違い、都心部の闇に隠れ潜む彼らを見つけ出すのは容易なことではない。


 従来のヒーロー本部が掲げる『モグラ叩き方式』ではもはや限界にきているのだ。



 そこで守國長官時代に考え出されたのが、怪人個人ではなく怪人コミュニティ自体を丸ごと保護するというこのヴィレッジ計画だ。

 人間と怪人の関係を、従来のあるべき姿に戻そうという取り組みである。


 朝霞は廃案となっていたこの計画を復活させたのだった。



「貴方はアークドミニオンを裏切るわけではありません。むしろその逆です。私と貴方が平和の使者として、彼らを新たなる安息の地へと導くのです」



 朝霞の言葉は淡々としていながらも自信に満ちていた。


 彼女は林太郎をこの計画に引き込めると踏んでいる。

 林太郎が人間の身でありながら極悪怪人デスグリーンとして怪人組織に加担するのは、破壊衝動やヒーロー本部への怨恨からではないと分析していたからだ。


 数々の報告から読み取れる林太郎の行動の根底には、怪人たちを“処分”から守らんとする強い意志が確かにあった。

 故にその行動原理は、朝霞の理想とするヴィレッジ計画の目的と奇妙なほどに合致する。



「ふっ……ふふふ……」



 その言葉を聞いた林太郎はニヤリと笑みを浮かべ、その口から笑いが漏れる。

 釣られて朝霞もほんの少しだけ頬を緩ませた。


 朝霞は守國の提案で参謀本部長に推された際に、ヴィレッジ計画を再開させたいということを伝えた。

 守國は難しい顔をしていたが、その背中を押してくれたのは他でもない烈人だ。


『これで冴夜ちゃんと一緒に暮らせますね朝霞さん!』


 朝霞は林太郎の正体のことを含め、烈人にはなにひとつ話してはいなかった。

 しかし彼だけは、朝霞の真の目的を見抜いていた。


 怪人と化した唯一の肉親と、再び同じ時を過ごすこと。

 それが鮫島朝霞が思い描く理想郷であった。


 今それが、栗山林太郎という重要なピースを手に入れたことで現実のものになろうとしている。



 しかし――。




「とんだ夢想家だな。ピーターパンに手を引かれたか? 窓から真っ逆さまに落ちて首の骨を折るのが関の山だろうよ」



 林太郎は吐き捨てるように言った。

 その目は他人の理想を嘲笑うかのように澱んでいた。


「世の中の仕組みを変えただけで仲良しごっこができるほど、人は理性的な生き物じゃない。平和な村なんてものは、あんたの頭の中だけにしかないディストピアさ」

「なにを……貴方だって怪人たちの平穏を望んでいるのではないのですか」


 嘲笑するかのような林太郎の態度に、朝霞の言葉にもわずかばかりの熱がこもった。


「わかりました。ご納得いただけないようであれば、もう少し説明させていただきます」

「いいや、もう結構だ。人と怪人の間にあるのは、無理解という名の恐怖さ。多くの者が怪人を恐れる以上、あんたが思い描く平和・・は未来永劫実現しない」

「…………ッ!」



 パァン、という乾いた音が地下室に響いた。



 その手は衝動的に林太郎の頬を叩いていた。


 己の夢を完全否定された朝霞は、自分の手のひらに目を落とす。

 勢いをつけすぎたせいか、指先からじんわりとしびれが伝わってくる。


 感情に任せて暴力に訴えかけたのはいったい何年ぶりだろうか。



 だが頬を張られた当の林太郎は、白い歯を見せて笑ってみせた。



「人間らしい顔になったじゃないか。俺はそっちのほうが醜くて好きだよ」

「栗山、林太郎……」




 そのとき、地下取調室の扉がけたたましく叩かれた。



「朝霞さん開けてください! 俺です、国家なんとか見習いの烈人です!」


 聞き間違いようもない暑苦しい声であった。

 烈人は鍵のかかった鉄の扉に、己の拳をドンドンと打ちつける。


「デスグリーンとふたりきりになるなんて危険すぎます! 俺に立ち合わせてください!」


 デスグリーンの正体が栗山林太郎であることを、朝霞は烈人を含めヒーロー本部の誰にも伝えていない。

 それゆえの人払いであったが、それが逆に烈人を心配させてしまったらしい。


「朝霞さーん! ねえーーー! 開けてくださいよーーーッ!」

「暮内さん。貴方には本部で溜まった書類に目を通すようお願いしたはずですが」

「よくわからなかったのでとりあえず全部にハンコ押してきました!」

「わかりました。貴方をひとりにした私のミスです」


 朝霞が鍵を開けるのと同時に、扉が勢いよく開かれた。


「開いたッ!」

「開けたんです」

「ややっ! また会ったなデスグリーン! ここで会ったが、えっと、何回目だ!?」


 地下室に転がり込んできた烈人は、林太郎の姿を見るや否やカバディのような反復横跳びで警戒感を示した。

 一定の距離を保ちながらシャカシャカ横に動いているのは、不意の一撃に備えてのことだろうが鬱陶しいことこの上ない。


「こいつが次のお相手か? 勘弁してくれよ。こいつにキスされたって嬉しくねえ」


 烈人を鼻で笑う林太郎であったが、当の烈人はピタリと動きを止めた。

 そして油の切れたブリキのおもちゃのように、ぎぎぎと首を朝霞のほうに向ける。


「あ、あああ、朝霞さんキスしたんですか!? デスグリーンに!?」

「してません」

「おのれデスグリーンめ! 朝霞さんどこですか!? どこにキスしたんですか!?」

「してません」

「くっそー、嘘だったのか! また騙したなデスグリーン! 朝霞さん、やっぱりデスグリーンは危険なヤツです! ここは俺のうしろに隠れて!」


 やかましい烈人の登場で、朝霞は逆に冷静さを取り戻しつつあった。

 しかし烈人がいる以上、話を進められないのも事実である。


「ご安心ください、この拘束は簡単には解けません。それに少しばかり時間を置いたほうがよさそうなので」

「はっ、よく言うよ。頭冷やさなきゃいけないのはどっちだか」

「……………………」


 望んだ答えが得られない以上は、再び拷問によって痛めつける他ない。

 朝霞は林太郎の挑発を無視して内線の通話ボタンを押した。


「こちら取調室です。話は終わりました」

『了解しました。それと鮫島参謀本部長。玄関前に怪人が一体現れたので“処分”いたしました』

「怪人たちによるデスグリーン奪還は想定の範囲内です。しかし一体だけですか?」

『はい、デスグリーンの名を口にしていたのでおそらくは仲間かと。なんか身体からたくさん剣を出す女の怪人です』


 スピーカー音声から漏れ聞こえた報告は、朝霞のみならず室内にいた全員・・が耳にした。


「わかりました。怪人にまだ息はありますか」

『少しやりすぎてしまったので放っておくとあまりもちそうにありません。動けないように脚は撃ってあります』

「では拘束後に治療を行ってください。回復後は私が直接話を伺います」

「朝霞さん! 朝霞さん!」


 朝霞は通話の途中で自分の名を連呼する烈人を静かに睨みつけた。

 では、と小さく呟いてから静かに通話を切る。


「なんですか暮内さん」

「ねえ朝霞さん、デスグリーンの拘束って簡単には解けないんだよね?」

「ええ、そうですが…………っ!?」


 彼女の目に飛び込んできたのは、天井からぶら下がる二本の鎖であった。

 しかしそこに繋がれていたはずの男の姿はどこにもない。


 ふたりが目を離したほんの十秒にも満たない一瞬の隙をついて、林太郎は手首の関節を外して拘束から抜け出したのだ。


「そんなまさか……烈人さん、追ってください!」

「ぐぐぐ……! 開かないよ朝霞さん!!」


 ご丁寧に鉄の扉は外側から固定されていた。




 ………………。



 …………。



 ……。




 北千葉支部の玄関口では、倒れ伏したひとりの怪人を数十名ものヒーローが取り囲んでいた。


 怪人の名は剣山怪人ソードミナス、人であった頃の名は剣持湊という。

 極悪怪人デスグリーンの腹心のひとりにして、ヒーロー本部が発行する指名手配リストの隅っこに名前がちょろっと載っている程度の怪人だ。


 ふたつ名持ちの怪人とはいえ、そんな彼女がたったひとりでヒーロー軍団に戦いを仕掛けること自体無茶な話である。



「やったやった、本官がやったであります! これできっと長官殿にも褒めていただけるでありますぅー!」

「しかしずいぶん手こずったな。なんというか、鬼気迫るというか……」

「ちくしょう、ちょっとヘマしちまった。いてぇ……」

「恐ろしい敵だったが、多勢に無勢というやつだ。この数のヒーロー相手にひとりで挑もうとは命知らずなヤツもいたものよ」



 誰よりもはやくデスグリーンの救出に駆けつけた湊の攻撃はすさまじく、ヒーロー側にも少なからず損害が出ていた。


 だがそれが彼らを本気にさせた。


 正面からまっすぐぶつかれば、数の利を活かせるヒーローが怪人に負ける道理はない。


 加えて重要人物が滞在しているとあってはヒーローたちの士気も高く、剣山怪人はいつにも増して凄まじい袋叩きにあった。

 強靭な肉体と高い再生力を誇る怪人とはいえ、何本もの骨がへし折られ、頭と撃たれた脚からはおびただしい量の血が流れていた。



「りん……た、ろ……」



 震える声帯で、捕らわれた男の名を呼ぶ。

 折れた腕と風穴のあいた脚で、少しでも彼のもとに近づこうと這い進む。


 湊を突き動かしたものは、強い責任感。

 あるいは、もっと強い感情であった。



 あれだけの攻撃を全身に受けてなおも進もうとする湊に、ヒーローたちもさすがに肝を冷やし始める。


 なにより怪人には最終手段として“自爆”という必殺技が残されているのだ。

 北千葉支部の庁舎内で自爆されるわけにはいかない。


 手に手に武器を構えながら、ヒーローたちは地べたを這いつくばる湊を追った。



「参謀本部長は殺すなって言ってたけどよぉ。それ以上進んだら始末せざるをえないぜ」

「這ってでも進もうってのか。よほど慕われていたらしいなデスグリーンって、の……は…………」

「は、はわわ……はわわわわわわ…………」



 その場にいたすべてのヒーローが、視線の先にいる人物を目にして絶句した。




「りん……たろう……」

「……………………」




 男は黙って血にまみれた湊の身体を抱きしめた。

 湊の胸元が淡く緑色に光ると、そこから一本の剣が出現する。


 それは剣山怪人ソードミナスがこれまで生み出した何千何万という剣の中でも、明らかに他とは違う闇色の輝きを有していた。



 男がその魔剣を受け取ると、湊は満足したように目を閉じ静かに意識を失った。




「デス……グリーン……」



 ようやくヒーローのひとりが口を開いたが、名を呼ぶのが精いっぱいであった。

 唾を飲み込むことさえできないひりついた空気が一帯を支配する。


 デスグリーンの全身から立ち込める負のオーラに、ヒーローたちは誰ひとりとして動くことはできなかった。



 男はゆっくりと立ち上がる。



 朝霞が語った怪人と人間の融和という理想は、現実という残酷な刃によって斬り裂かれた。


 眼鏡の奥の瞳が、星のない夜を彷彿とさせる完全な闇色に染まる。





「誰だ」





 その声は地の底よりもさらに深く冷たく、相対するヒーローひとりひとりの心臓から聞こえたような気がした。




 再び男が口を開く。





「誰がやったかと聞いている」





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