ビヨッ…………ビヨヨッ…………。
白銀の髪に青い目をした異様に目立つ少女・黛桐華は、大きなため息をついた。
このところ“怪人センサー”の調子が悪い。
機械とにらめっこをする桐華の前に、目的の人物が現れた。
桐華は慌てて“怪人センサー”のスイッチをOFFにして、上着のポケットにしまい込んだ。
「ごめんね! 待たせたかなっ!」
「お待ちしていました、森次郎さん」
その人物・栗山森次郎は、誰かとよく似たぎこちない笑顔を顔面に張りつけていた。
対する桐華は相変わらずの黒づくめに、キャップを深く被っている。
場所も先日と同じ、中野タイムズスクエアの喫茶店である。
変わっているところといえば、桐華が大きなバッグを担いでいることぐらいだ。
「とっ、とりあえず何か頼もうかっ!」
「では私はアイスコーヒーを」
「じゃあ僕もそれでっ!」
森次郎、もとい林太郎の声は上ずりに上ずっていた。
急なお呼び出しを食らった林太郎は、まるで校内放送で職員室に呼び出された小学生キッズのように戦々恐々としていた。
林太郎の弟であるという嘘をついている手前、サメっちやソードミナスといった事情を知らない援軍を控えさせておくことはできない。
つまり林太郎はたったひとりで、桐華という強敵を相手にしなければならないのであった。
「アイスコーヒーでございまーす」
「ありがとござまっ!」
ガチガチに緊張した林太郎がちらりと視線を向けると、桐華の鋭い眼光とばっちり目が合った。
自身が過去桐華に対して行った数々の悪行を糾弾されているようで、林太郎は思わず目を逸らす。
ヒーロー学校時代の学年別体育祭で、あらゆる汚い手を使って号泣させたこともありました。
料理は修行だと力説し、毎日お弁当を作らせていたこともありました。
味覚の特訓と称して、縛り上げ目隠しをした状態でハバネロと練乳を交互に食べさせたこともありました。
どうしても修行がしたいという桐華本人の強い希望もあったので、一概に林太郎だけが悪者というわけでもないのだが。
それにしたって林太郎がこれまで桐華にしてきたことは、先輩後輩の枠を少しばかり超えていたように思える。
加えてつい先日油性ペンでおでこに“肉”と書いたわけだが、その恥ずかしい刻印はまだ消えていないようだった。
(バレたら間違いなく刺身にされる……だけで済めばいいけど。こりゃなんとしても森次郎で通さないとな……許せ我が弟よ……!!)
林太郎は動揺を悟られまいと、コーヒーを口に運んだ。
もし自分が栗山林太郎であることがバレようものなら、どんな悲惨な復讐劇の標的にされるかわかったものではない。
一方の桐華はそんな林太郎の懸念とは裏腹に、完全に森次郎を信じ切っていた。
先日の一件のあと念のためヒーロー本部データベースで照合したところ、栗山林太郎の弟・森次郎という人物は確かに存在したからだ。
林太郎よりもひとつ年下の25歳、数年前まで林太郎と一緒に暮らしていたらしい。
残念ながらそれ以外のデータはなかったが、先日の森次郎の談では最近まで連絡を取り合っていたというのだから兄弟仲は良いのだろう。
そうして調べていくうちに、殉職の判を押された林太郎の資料に行きついた。
桐華はそれらの資料から、とある仮説を打ち立てたのであった。
コーヒーをグッと流し込むと、桐華は正面に座る男を見据えて己の推理を語った。
「森次郎さん、これは私個人の見解なのですが。おそらくセンパイ……あなたのお兄さんは極悪怪人デスグリーン本人です」
「ンッフ!」
林太郎は思わず鼻からコーヒーを吹き出した。
無論林太郎本人は、栗山林太郎がデスグリーンであることをよく知っている。
だが今までヒーロー関係者は、みな口をそろえて林太郎死亡説を頑として押し通してきた。
ネットニュースやテレビでも、ビクトグリーン死亡のニュースは衆知の事実として語られていた。
そのため桐華の口からそのような言葉が出てくるとは、思いもしなかったのである。
(ままま、まさか、全部わかった上でカマをかけようというのか……?)
林太郎はコーヒーまみれになった口元をぬぐうと、慎重に言葉を選んだ。
「俺……あいや、兄貴が極悪怪人デスグリーンだというのは……そりゃまたどうして?」
「公的な資料では、センパイは極悪怪人デスグリーンによって殺害されたことになっています。その証拠として12月初頭に起こった栗山林太郎の失踪、そしてデスグリーンによる犯行声明が挙げられます。ここまではご存知ですよね?」
「ええまあ、そのぐらいは」
よく知っているも何も、全て林太郎本人がやらかしたことである。
ニュースなどでも小さく取り上げられていたので、知っていてもおかしくはない情報だ。
「けれどセンパイが失踪する以前のデータを見ると、“極悪怪人デスグリーン”なんて名前はどこにも無いんですよ。ヒーロー本部のデータベースにも、過去に起こった事件の記録にも、どこにも」
デスグリーンに過去の記録が一切存在しないのは当然のことである。
なぜならば極悪怪人デスグリーンが誕生したのは、栗山林太郎が失踪した後だからだ。
桐華はズイッと林太郎に顔を近づけた。
「不思議だと思いませんか?」
前髪が触れるほどの距離、甘いコーヒーの香りが林太郎の鼻をくすぐる。
目の前に本人がいるとも知らずに力説する桐華は、更に言葉を続けた。
「センパイ……栗山林太郎は“怪人覚醒”して極悪怪人デスグリーンとなった。ヒーロー本部は身内の不祥事を隠すため、意図的にこの事実を隠蔽したというのが私の結論です」
林太郎は思わず口元を押さえた。
ひょっとするとこの少女は、たったそれだけの情報で真実にたどり着いたというのか。
まるで決定的な証拠を突き付けられたサスペンスドラマの犯人の気分である。
林太郎は震える手でコーヒーを口に運ぶも、ほとんど味がしなかった。
「こここここ、根拠としては弱いんじゃないですかねねねねねえ……?」
「証拠はあります! これを見てください!」
桐華はキャップを取って見せた。
そこには“肉”の文字がまだ消えずに残っていた。
つい先日、まさに林太郎が自らの手で書き記したマーキングである。
「そそそそそ、それがなにか?」
「これは先日私がデスグリーンに書かれたものです。この肉という字をよく見てください。肉の中にある“人”という文字を!」
人と人は支え合っているから人という文字になる、というのは有名な話だ。
だがその肉の中の人はまるで支え合っておらず、あたかも他人のように距離を置いていた。
どちらかというとカタカナの“ハ”に近い形である。
「達筆なのに“人”という文字だけは、何があっても絶対に支え合わせない。それはセンパイ……栗山林太郎の筆癖と完全に一致するんですよ!」
「ななな、なんとーーーッッッ!?」
よもやそんなところからボロが出ようとは!
人という文字には林太郎のゲノム構造ばりにねじくれた性格が、ありありとにじみ出していた。
支え合い、愛と絆、不滅の友情、地域社会、共済、団結、同調圧力。
林太郎自身が抱くそういったものへの強烈な拒否感を、コトコト煮詰めて凝縮した醜い残骸がそこにあった。
その証拠は何ひとつ言い逃れできないほどに桐華の理論を裏づけていた。
人間としての根本的な汚さが、林太郎の足元をすくいあげてひっくり返す。
「どうですか森次郎さん、私の推理は!」
「はうぅっ! はひゅるるるーーーーーっ!!!」
桐華が指をさすのに合わせて、ズビシィッというSEが聞こえてくるようである。
どうだとばかりに胸を張る桐華に対し、林太郎は目を回しもはや気が気ではなかった。
このままでは森次郎=林太郎という核心的な追及を受けるのも時間の問題だ。
そうなれば、まさに一巻の終わりである
だが林太郎の心配をよそに、桐華は大きなバッグをテーブルの上に置いた。
「そこでセンパイ、もといデスグリーンをおびき寄せるいい作戦を思いつきました」
桐華がヂヂヂとバッグの口を開いていく。
林太郎はおそるおそるバッグを覗き込むやいなや、一気に血の気が引くのを感じた。
バッグには荒縄やロウソク、ムチにギャグボールといった物々しいグッズがみっちり詰め込まれているではないか。
「ふふ……肉親である森次郎さんのご協力があれば必ず成功しますよ。……もちろん、やっていただけますよね?」
そう言って桐華は荒縄を取り出し、パッシィンと張ってみせた。
桐華の顔は赤く上気し、薄い唇からは熱を帯びた吐息が漏れる。
恍惚の表情を浮かべ、長い睫毛は少し水気を帯びているようにさえ見えた。
こいつはいけないと、林太郎の背筋から尻にかけて悪寒が走った。
「さあ森次郎さん、センパイと私のために尊い生贄となってください!」
「冗談だよねえ? 冗談って言ってよ瞳孔開いてるんだけど」
桐華は弟の森次郎を縄でギッチギチに縛って“呼び鈴”に仕立て上げようというのだ。
まるで小熊を捕らえて親熊を誘きだす狩猟罠である。
もし問題があるとすれば、どれだけ小熊が泣き叫ぼうとも親熊は確実に助けには来ないということだ。
「大丈夫です森次郎さん! 私やるのは初めてですが“やられる”のには慣れてますから! 使い方はセンパイに色々と教わったので安心してやられちゃってください!」
「いやぁーーッ! 誰か男の人呼んでぇぇーーーッ!!!」
因果応報、己の過去の悪行が巡り巡って返ってくるというのはかくも恐ろしきものか。
桐華はハァハァと息を荒げながら、林太郎の上着を脱がしにかかった。
それは奇しくも、先日ソードミナスに襲い掛かった林太郎の姿そのものであった。
「大丈夫ですよ! これも修行だと思えばつらいのは最初だけです! 天井のシミを数えているうちに終わりますから!」
「ごめんなさい謝るから! 謝るから許してほんとに! 助けてぇーーーーーッ!!!」
林太郎の首に縄がかけられたのと同時に、複数の警備員が桐華を取り押さえた。
「確保ッ! 確保ーーーッ!」
「はっ、放しなさい! 私は公安職員ですよ!!!」
「またあんたか! 最近のヒーロー本部はいったいどうなってるんだ!」
「これはデスグリーンを捕らえるために必要な……ちょっ待っ……アァーーーッ!!」
桐華は屈強な警備員たちによって連れて行かれてしまった。
後に残された林太郎は、半泣きになりながら乱れに乱れた着衣を整えた。
千切れたシャツのボタンを拾い集める林太郎に、店員が心配そうに声をかける。
「あの……お客様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫に見えますか……?」
守衛室でお説教を食らっているであろう桐華を待つ義理もないため、林太郎は一目散に中野タイムズスクエアから逃げ出した。
グッズのいっぱい詰まったバッグは、残しておいたらまたロクでもない目に逢うので回収しておくことにした。
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