極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第七十六話「羽田包囲網」

公開日時: 2020年9月10日(木) 18:03
文字数:3,466

 水平線の彼方から、まばゆい朝日が人工の大地を照らす。


 羽田空港には、東日本中の名だたるヒーローたちが集結していた。

 いずれも劣らぬ超人たち、その数およそ1000人。


 彼らの目的はただひとつ、黛桐華・暗黒怪人ドラキリカの討伐である。

 林太郎たちの視界を、正義の炎が端から端までみっちりと埋め尽くしていた。


「はわわわわ……アニキぃ! これヤバいッスぅ!」

「ご当地ヒーロー大集合かよ……まったく大人げない連中だヒーロー本部ってのは!」


 林太郎はデスグリーンギアを構えるが、変身についてはためらわざるをえなかった。


 とてもではないが、10分間というタイムリミットでどうこうできる数ではない。

 巨大ロボを隠し持っていることも考慮すると、正面突破は愚策であった。


 桐華がヒーロー本部にとって、相応に重要な存在であることは理解していたつもりだ。

 しかし東日本中からヒーローを大集結させるほどの価値があるとは、完全に想定外である。




 阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部では、研究開発室の丹波たんば星二せいじ室長がその様子をモニターしていた。


「はーっはっはっはァ! これでもうどこにも逃げられねぇって寸法よぉ!」

「さすがに、東日本のヒーローを総動員というのはやりすぎでは……?」


 丹波の要請で南極にビクトリーファルコンを派遣した朝霞司令官は、その光景を見て眉をひそめた。

 しかし丹波は朝霞に、まるでわかっていないという風に声を荒げる。


「いいか鮫島ァ、桐華は最高の試作品だ! アイツの卵細胞を研究すりゃあ、怪人のパワーを持ったヒーローの量産も夢じゃねえ! 今ここで桐華を取り逃がしたら研究はまた10年以上遅れることになるんだぞ!?」

「このことが明るみに出たら、国際ヒーロー連盟が黙っていませんよ」

「だーかーら、ここで捕まえるしかねえってわけよ! 日本の外に情報が漏れちまう前にな!」

「場合によっては口を封じる可能性もある、ということですか?」


 丹波はその皺だらけの口元をニィッと吊り上げた。


「そうはならんように、ちゃあんと手は打ってあるってんだよ」




 …………。




 じりじりとにじり寄る包囲網の輪。

 3人の怪人たちとヒーローたちの間に、緊張の静寂が流れた。

 林太郎はサメっちを庇うように“ニンジャポイズンソード”を構える。


「今なら……」


 重苦しい沈黙を破ったのは、桐華であった。

 彼女が裸足で一歩踏み出すと、包囲の輪にわずかな動揺が走った。


「センパイがどうして極悪怪人なんてものになったのか、わかる気がします」


 黛桐華、それは全国のヒーローたちの間で既に伝説として語られる存在である。


 17歳という若さにして、ヒーロー学校第50期首席の肩書を持つ若き天才。

 歴代記録をことごとく塗り替えた、まさにヒーローになるべくして生まれた女。

 実力、才能、容姿、その他全てにおいて神々に愛されすぎた最強のヒーロー。


 圧倒的すぎる彼女の身体スペックは、並のヒーローが100人束になってかかろうが太刀打ちできるようなものではない。


「この中に、私とやりたい人はいますか?」


 南極の風よりも冷たい、澄んだ氷のような声が1000人のヒーローたちから急速に熱気を奪う。

 彼らはお互いの顔を見合わせるも、勇み足を踏もうという者はいなかった。


「ひ、怯むな! 研究開発室からの優先武器供与がかかってるんだぞ!」

「そうだ、ビビッてる場合じゃねえ! 俺たちがビビッときめるぜ!」


 最初に動いたのは粒子戦隊レーザーファイブであった。

 5人で同時にレーザー銃を構え、照準を桐華に定める。


「う、撃つぞ! 俺は撃つぞ! 本当に!」

「ややや、やってやる! 汚名を返上するんだ!」


 照準器の中で、少女がゆっくりとその手を構える。



 ――チュビンッ!



 という鋭い音と共に、自慢のレーザー銃がドロリと溶けた。

 桐華の手のひらから放たれる細いエネルギー光線が、次々とレーザー銃をただの溶けた鉄へと変貌させる。


「私はセンパイと一緒に帰るんです……邪魔をしないでください」


 桐華の周りを黒い旋風が吹き荒れ、コートがはためくやその姿があらわになった。


 半身を包む黒い鎧のような甲殻、太くて長い爬虫類を彷彿させる尻尾。

 翼竜のような巨大な2枚の翼に、頭から2本生えた鋭い角。

 怪人態へと変身した桐華の眼が、真紅に光る。


「センパイ、正面は私が潰します。サメっちさんをよろしくお願いします」

「黛、お前……さすがにこの数は無茶だろ……!」

「心配いりませんよ、“たかが1000人”です」


 桐華は己に問いかける、守りたいものは正義か、それとも世界か。


 否、桐華が守りたいもの、それは桐華自身が決めることだ。



 少女はその黒く鋭い爪が生えた手で、ヒーローたちを手招きした。



「さっさと終わらせましょう。ひとり0.1秒なら2分で片付きます」



 正義の名のもとに敵を倒すためでも。

 優しくない世界を破壊するためでも。

 ましてや己の孤独と安寧を守るためでもない。


 ただ大切な人を守るため、利己的な愛を貫き通すため。

 怪人としてその力を振るうという、桐華の決意表明であった。


「畜生がーッ! みんなで一斉にかかれーーーッ!」


 武器を手にしたヒーローたちが、桐華改め暗黒怪人ドラキリカに向かって殺到する。

 その彼らを、鞭のようにしなった長い尻尾が弾き飛ばす。

 10人弱のヒーローが、たった一撃でビクビクと痙攣しながら滑走路に転がった。



 それと同時に林太郎とサメっちの元にも、ヒーローたちが殺到する。


 林太郎は身体をひねって迫りくる攻撃をかわすと、ニンジャポイズンソードでその首筋に一撃を加える。


 気絶したヒーローを“人間の盾”にして隙を作り、生身でありながら次々と舞うようにヒーローを墜としていく。


「くそっ! 何故だッ! 何故攻めあぐねるのだッ!」

「地方から遥々ご苦労さん。俺、これでも東京本部所属の元エリートなんだよね」


 林太郎は拾い上げた銃で、立て続けに5人の顔を撃ち抜いた。

 顔面に激しい衝撃波を食らったヒーローたちが、もんどりうって転げまわる。


「おもちゃみたいな銃使ってるのなー。やっぱいらないや、返すよ」

「……おわっととと! こら大事に扱え! 貴重なエネルギー銃なんだぞ!」


 ヒーローのひとりが、投げつけられた銃をかろうじてキャッチする。

 次の瞬間、その銃がヒーローの手の中で大爆発を起こした。


「ウギャアアアーーーーーッ!!」

「その貧乏性は悪くない。俺にとってはなァー! あっはっはっは! それじゃそろそろ本気出そうか!」


 林太郎の身体が緑色に光ると、たちまち禍々しき緑の鎧に包まれる。


 黛桐華と並び噂され、東日本のヒーローたちがもはや名を聞くだけで恐れおののく極悪怪人。

 日本ヒーロー界の頂点に君臨していた勝利戦隊ビクトレンジャーを、単身で壊滅させた地獄の使者。



「“平和”を愛する緑の光、デスグリーン。さあて、道をあけないヤツはひとりずつ“平和”にしてやろうじゃないの」

「センパイ、初めて見た時から思ってましたけど、その恰好あんまり似合ってないですね」

「そういうのは思っていても言っちゃダメなの!」

「アニキはカッコいいッスよ! イカしてると思うッスよ!」


 サメっちを中心に背中合わせになった林太郎と桐華は、お互いに正面のヒーローたちを睨みつけた。


 1000人ものヒーローたちに、退くどころか押す勢いの大怪人2体である。

 普段地方でパトロールがてら平和を満喫しているヒーローたちには、あまりにも荷が重い相手であった。


 ダメ押しをするように、暗黒怪人ドラキリカの全身から天を衝くほどの黒いオーラが立ちのぼる。

 空気がビリビリと震え、空港の端で羽を伸ばしていた海鳥たちが一斉に飛び立った。



「まとめてかかってきなさい。優しくなれるまで“愛して”さしあげますよ」



 彼らにとってこれほど強大な敵というものは、当然の如く体験したことのない未知の領域であった。


 いくら東日本全域からヒーローを集めたとて、ひとりひとりは人間である。

 怪人たちのあまりの迫力に、1000人規模のヒーローたちでさえも迂闊には動けなかった。



 ――ただひとりを除いて。




「それじゃあ俺の愛を受け止めてもらおうかい」




 ヒーローたちの人垣を割って、弾丸のように飛び出した男の拳がドラキリカに襲い掛かった。

 頭の上から叩きつける隕石ような重いパンチを、ドラキリカは両腕の甲殻でガードする。


「アカパンチ!!」

「うっ……グゥゥゥゥッッ!!!」


 圧倒的な衝撃がドラキリカの身体を伝わり、両足を中心に滑走路が陥没した。


 真っ赤な拳と、少し色あせたマスク。

 たなびくマントを羽織った始祖にして頂点に立つ英雄。



 最古のヒーロー・アカジャスティス。



 ヒーロー本部長官――守國一鉄はその拳を固く握りしめた。



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