水平線の彼方から、まばゆい朝日が人工の大地を照らす。
羽田空港には、東日本中の名だたるヒーローたちが集結していた。
いずれも劣らぬ超人たち、その数およそ1000人。
彼らの目的はただひとつ、黛桐華・暗黒怪人ドラキリカの討伐である。
林太郎たちの視界を、正義の炎が端から端までみっちりと埋め尽くしていた。
「はわわわわ……アニキぃ! これヤバいッスぅ!」
「ご当地ヒーロー大集合かよ……まったく大人げない連中だヒーロー本部ってのは!」
林太郎はデスグリーンギアを構えるが、変身についてはためらわざるをえなかった。
とてもではないが、10分間というタイムリミットでどうこうできる数ではない。
巨大ロボを隠し持っていることも考慮すると、正面突破は愚策であった。
桐華がヒーロー本部にとって、相応に重要な存在であることは理解していたつもりだ。
しかし東日本中からヒーローを大集結させるほどの価値があるとは、完全に想定外である。
阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部では、研究開発室の丹波星二室長がその様子をモニターしていた。
「はーっはっはっはァ! これでもうどこにも逃げられねぇって寸法よぉ!」
「さすがに、東日本のヒーローを総動員というのはやりすぎでは……?」
丹波の要請で南極にビクトリーファルコンを派遣した朝霞司令官は、その光景を見て眉をひそめた。
しかし丹波は朝霞に、まるでわかっていないという風に声を荒げる。
「いいか鮫島ァ、桐華は最高の試作品だ! アイツの卵細胞を研究すりゃあ、怪人のパワーを持ったヒーローの量産も夢じゃねえ! 今ここで桐華を取り逃がしたら研究はまた10年以上遅れることになるんだぞ!?」
「このことが明るみに出たら、国際ヒーロー連盟が黙っていませんよ」
「だーかーら、ここで捕まえるしかねえってわけよ! 日本の外に情報が漏れちまう前にな!」
「場合によっては口を封じる可能性もある、ということですか?」
丹波はその皺だらけの口元をニィッと吊り上げた。
「そうはならんように、ちゃあんと手は打ってあるってんだよ」
…………。
じりじりとにじり寄る包囲網の輪。
3人の怪人たちとヒーローたちの間に、緊張の静寂が流れた。
林太郎はサメっちを庇うように“ニンジャポイズンソード”を構える。
「今なら……」
重苦しい沈黙を破ったのは、桐華であった。
彼女が裸足で一歩踏み出すと、包囲の輪にわずかな動揺が走った。
「センパイがどうして極悪怪人なんてものになったのか、わかる気がします」
黛桐華、それは全国のヒーローたちの間で既に伝説として語られる存在である。
17歳という若さにして、ヒーロー学校第50期首席の肩書を持つ若き天才。
歴代記録をことごとく塗り替えた、まさにヒーローになるべくして生まれた女。
実力、才能、容姿、その他全てにおいて神々に愛されすぎた最強のヒーロー。
圧倒的すぎる彼女の身体スペックは、並のヒーローが100人束になってかかろうが太刀打ちできるようなものではない。
「この中に、私とやりたい人はいますか?」
南極の風よりも冷たい、澄んだ氷のような声が1000人のヒーローたちから急速に熱気を奪う。
彼らはお互いの顔を見合わせるも、勇み足を踏もうという者はいなかった。
「ひ、怯むな! 研究開発室からの優先武器供与がかかってるんだぞ!」
「そうだ、ビビッてる場合じゃねえ! 俺たちがビビッときめるぜ!」
最初に動いたのは粒子戦隊レーザーファイブであった。
5人で同時にレーザー銃を構え、照準を桐華に定める。
「う、撃つぞ! 俺は撃つぞ! 本当に!」
「ややや、やってやる! 汚名を返上するんだ!」
照準器の中で、少女がゆっくりとその手を構える。
――チュビンッ!
という鋭い音と共に、自慢のレーザー銃がドロリと溶けた。
桐華の手のひらから放たれる細いエネルギー光線が、次々とレーザー銃をただの溶けた鉄へと変貌させる。
「私はセンパイと一緒に帰るんです……邪魔をしないでください」
桐華の周りを黒い旋風が吹き荒れ、コートがはためくやその姿があらわになった。
半身を包む黒い鎧のような甲殻、太くて長い爬虫類を彷彿させる尻尾。
翼竜のような巨大な2枚の翼に、頭から2本生えた鋭い角。
怪人態へと変身した桐華の眼が、真紅に光る。
「センパイ、正面は私が潰します。サメっちさんをよろしくお願いします」
「黛、お前……さすがにこの数は無茶だろ……!」
「心配いりませんよ、“たかが1000人”です」
桐華は己に問いかける、守りたいものは正義か、それとも世界か。
否、桐華が守りたいもの、それは桐華自身が決めることだ。
少女はその黒く鋭い爪が生えた手で、ヒーローたちを手招きした。
「さっさと終わらせましょう。ひとり0.1秒なら2分で片付きます」
正義の名のもとに敵を倒すためでも。
優しくない世界を破壊するためでも。
ましてや己の孤独と安寧を守るためでもない。
ただ大切な人を守るため、利己的な愛を貫き通すため。
怪人としてその力を振るうという、桐華の決意表明であった。
「畜生がーッ! みんなで一斉にかかれーーーッ!」
武器を手にしたヒーローたちが、桐華改め暗黒怪人ドラキリカに向かって殺到する。
その彼らを、鞭のようにしなった長い尻尾が弾き飛ばす。
10人弱のヒーローが、たった一撃でビクビクと痙攣しながら滑走路に転がった。
それと同時に林太郎とサメっちの元にも、ヒーローたちが殺到する。
林太郎は身体をひねって迫りくる攻撃をかわすと、ニンジャポイズンソードでその首筋に一撃を加える。
気絶したヒーローを“人間の盾”にして隙を作り、生身でありながら次々と舞うようにヒーローを墜としていく。
「くそっ! 何故だッ! 何故攻めあぐねるのだッ!」
「地方から遥々ご苦労さん。俺、これでも東京本部所属の元エリートなんだよね」
林太郎は拾い上げた銃で、立て続けに5人の顔を撃ち抜いた。
顔面に激しい衝撃波を食らったヒーローたちが、もんどりうって転げまわる。
「おもちゃみたいな銃使ってるのなー。やっぱいらないや、返すよ」
「……おわっととと! こら大事に扱え! 貴重なエネルギー銃なんだぞ!」
ヒーローのひとりが、投げつけられた銃をかろうじてキャッチする。
次の瞬間、その銃がヒーローの手の中で大爆発を起こした。
「ウギャアアアーーーーーッ!!」
「その貧乏性は悪くない。俺にとってはなァー! あっはっはっは! それじゃそろそろ本気出そうか!」
林太郎の身体が緑色に光ると、たちまち禍々しき緑の鎧に包まれる。
黛桐華と並び噂され、東日本のヒーローたちがもはや名を聞くだけで恐れおののく極悪怪人。
日本ヒーロー界の頂点に君臨していた勝利戦隊ビクトレンジャーを、単身で壊滅させた地獄の使者。
「“平和”を愛する緑の光、デスグリーン。さあて、道をあけないヤツはひとりずつ“平和”にしてやろうじゃないの」
「センパイ、初めて見た時から思ってましたけど、その恰好あんまり似合ってないですね」
「そういうのは思っていても言っちゃダメなの!」
「アニキはカッコいいッスよ! イカしてると思うッスよ!」
サメっちを中心に背中合わせになった林太郎と桐華は、お互いに正面のヒーローたちを睨みつけた。
1000人ものヒーローたちに、退くどころか押す勢いの大怪人2体である。
普段地方でパトロールがてら平和を満喫しているヒーローたちには、あまりにも荷が重い相手であった。
ダメ押しをするように、暗黒怪人ドラキリカの全身から天を衝くほどの黒いオーラが立ちのぼる。
空気がビリビリと震え、空港の端で羽を伸ばしていた海鳥たちが一斉に飛び立った。
「まとめてかかってきなさい。優しくなれるまで“愛して”さしあげますよ」
彼らにとってこれほど強大な敵というものは、当然の如く体験したことのない未知の領域であった。
いくら東日本全域からヒーローを集めたとて、ひとりひとりは人間である。
怪人たちのあまりの迫力に、1000人規模のヒーローたちでさえも迂闊には動けなかった。
――ただひとりを除いて。
「それじゃあ俺の愛を受け止めてもらおうかい」
ヒーローたちの人垣を割って、弾丸のように飛び出した男の拳がドラキリカに襲い掛かった。
頭の上から叩きつける隕石ような重いパンチを、ドラキリカは両腕の甲殻でガードする。
「アカパンチ!!」
「うっ……グゥゥゥゥッッ!!!」
圧倒的な衝撃がドラキリカの身体を伝わり、両足を中心に滑走路が陥没した。
真っ赤な拳と、少し色あせたマスク。
たなびくマントを羽織った始祖にして頂点に立つ英雄。
最古のヒーロー・アカジャスティス。
ヒーロー本部長官――守國一鉄はその拳を固く握りしめた。
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