林太郎率いる極悪軍団は、降って湧いた資金難に直面していた。
少なくともこの先“二ヶ月分”の資金を捻出しなければ、おまんまも食い上げである。
「ごめんなさいッスぅ……サメっちがハンコをポンポン押したせいッスぅ……」
「ポンポン押しちゃったものは仕方ない。俺は今更サメっちを責めるつもりはないよ」
「ア゛ニ゛キ゛ィ゛……!」
一見して前向きな林太郎であったが、彼の泥沼のような目は泳ぎに泳いでいた。
それもそのはず、極悪軍団の資金を圧迫している原因のおよそ七割は“デスグリーンスーツ”の修理代だ。
なんなら先日ヒノスメラによって黒コゲにされたため、今まさに絶賛修理中である。
タガラックに修繕費用のことを直談判をしにいってもいいが、あの幼女が素直に首を縦に振るとも思えない。
しかしこういうとき上に立つ者が取り乱してはいけないと、林太郎は己に言い聞かせる。
無い袖を触れないならば、袖が無いなりに慎ましくやっていくだけだ。
「極悪軍団は俺を入れても四人だし、二ヶ月ぐらいなら俺のポケットマネーでなんとかなるだろう」
「それなんですが実は……」
桐華が説明しようとした瞬間、再び部屋の扉が音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、ザコ戦闘員特有の黒タイツを身にまとった灰色狼・特攻怪人バンチョルフたちである。
「デスグリーンさん、オレたちのことはお気になさらずオラウィッ……」
「先月からお給料出てないけど、オレたちは大丈夫ですウィ……」
「っしぁぬっんるるっさォンォウ……」
彼らはそれだけを言うと、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。
扉は再びパタンと閉じ、静寂が訪れる。
いたたまれない空気の中、林太郎が口を開いた。
「……ひょっとしてアイツらも極悪軍団で養わなきゃいけないの?」
「ザコ戦闘員たちの管理も軍団長の仕事だそうです。極悪軍団のメンバーは四人じゃありません、厳密に言うとザコ戦闘員たちを含む“四十四人”です」
「だからアイツら宴会で食い溜めしてたのか……」
彼らの家族の生活も考えると、林太郎のポケットマネーでは桁がふたつほど足りない。
どうにかなるだろうとタカを括っていた林太郎も、これには腹を括らざるを得なかった。
四人は果たしてどうしたものかと、難しい顔で黙り込んだ。
こめかみに指を当てて考え込んでいた桐華が、不意にカッと目を開く。
「三月……春……はっ、そうだ! センパイ、私にいい考えがあります!」
「おお、いつになく頼もしいぞ黛!」
桐華の言葉に、林太郎は身を乗り出した。
林太郎の後輩である黛桐華は、今でこそ怪人ドラキリカとして彼を支える立場にある。
しかし元はといえば五十年の歴史を誇るヒーロー学校で、史上最高成績を修めるほどの才女だ。
極悪軍団の四人の中では、いやむしろアークドミニオンの中でも相当に頭がキレる。
彼女の“いい考え”ならば極悪軍団を窮地から救ってくれることだろう。
「それで黛、そのいい考えってのは何だ!?」
「春をひさぎましょう!!!」
「ンッフ!」
林太郎が噴き出すのと同時に、彼の足元の空間が闇色に裂けた。
バランスを崩した林太郎は、ソファごと闇の空間に呑み込まれる。
「ぐへぇっ! ……あぁぉ……!」
四方八方を暗黒に包まれた謎の空間に叩き落とされた林太郎は、まだ繋がっていない肋骨をしたたかに打ち付けて悶絶した。
痛みに声も出せない林太郎のシャツの襟を、闇からニュッと伸びた枯れ枝のような腕が掴み上げる。
「聞くがよい林太郎よ、それだけは、それだけはならんのである……!」
地の底から響くようなその声は、アークドミニオン総帥にして桐華の祖父、ドラギウス三世のものであった。
「覗き見は悪趣味ですよドラギウス総帥……! それより見てたんだったら手を貸してくれてもいいんじゃないですかね」
「我輩は立場上、ひとつの軍団に肩入れするわけにはいかんのである。しかしよく聞くのだ林太郎よ、春を売るのだけは絶対にならんッ! これは総帥命令である!」
再び空間が裂け、林太郎の身体は団員たちの待つ自室にペッと吐き出された。
三度肋骨に衝撃を受けた林太郎は、フカフカの絨毯の上で声にならない声をあげた。
近くに座っていた湊が、すぐさま肩を貸す。
「林太郎大丈夫か! 今のはいったい……」
「なんでもない、ちょっと世間話をしてきただけだ。オーケー黛、案を出してくれたところ申し訳ないが、身体を売るのはナシだ」
「そうですね、せめて骨が繋がってからでないと」
「おっと? お前さんはひょっとして俺を売ろうとしてたのかい?」
冗談だよねと林太郎は愛想笑いを浮かべるが、桐華ならば本当にやりかねない。
考えるだけでぞっとしない話に、林太郎は背筋が寒くなった。
いっそ桐華の恥ずかしいブロマイドを闇マーケットで売りさばくという案が頭をよぎる。
なにせ全国的に名を知られ週刊誌のトップを飾ったこともある女だ、飛ぶように売れるだろう。
しかしまたドラギウスの怒りを買いかねないので、林太郎は思い留まることにした。
「あの……私からもいいか?」
「なにか考えがあるのか? 聞かせてくれ、湊」
おずおずと手を挙げたのは、極悪軍団いちの常識人こと湊であった。
こういうときに現実的な案を出してくれるはずだと、林太郎は再び前のめりになる。
「その、恩を着せるようで言いにくいんだが、当面は私が出すというのはどうだろう……」
「お金を? 湊が?」
「うん……」
恥ずかしそうに頷くと、湊はテーブルの上にタガデン銀行の預金通帳を差し出した。
そこに書かれている額の大きさに、林太郎はギョッとする。
「なんかゼロ多くない?」
「アークドミニオンには私の他に医者がいないからな……実は結構もらってるんだ。でも使う機会はあんまりないし……林太郎が困ってるって言うなら……」
湊が下心なく善意で提案してくれていることぐらいは、林太郎にもわかる。
しかし額が額だけに、さすがの林太郎も及び腰であった。
「いやいや、これは湊の貯金だろ? この金は受け取れないよ」
「そっ、それなら条件をつけたらどうだ……?」
やんわりと出資を断る林太郎であったが、意外なことに湊は食い下がった。
そして林太郎から目をそらしつつ、指をもじもじさせる。
「その、林太郎が少しだけ、私のわがままを聞いてくれるなら……」
「わがまま? 今の俺にできることなんてたかが知れてるぞ、怪我人だし」
「だから無理のない範囲で、一緒におでっ、お出かけ……したりとか……」
確かに無条件で大金を動かすわけにはいかない。
しかし金という力で、極悪軍団内での地位を確立しようとしていると思われたくもない。
何故か顔を真っ赤にして瞳を潤ませる湊からは、そういう謙虚な意図が見て取れた。
いったいどこまでお人好しなのだろうかと、林太郎は優しい溜め息をつく。
「まあそういうことなら遠慮なく……」
「これがママ活ッスね」
「やめておこう、団員間での金の貸し借りはよくない」
林太郎は通帳に伸ばしかけた手を、静かに引っ込めた。
「サメっちさん、あれはママ活じゃないですよ。ヒモっていうんです」
「なるほどヒモッスね! アニキはヒモ、サメっち覚えたッス!」
「いいかいサメっち、その言葉は忘れるんだ、今すぐに。黛もサメっちに余計なことを吹き込むんじゃあない」
あらぬ誤解を解いた林太郎は、改めて湊に向かい合った。
「そういうことだ。悪いな湊、気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうだよな……時間を取らせてすまなかった……うぅ……」
湊は顔を両手で覆ったまま動かなくなってしまったが、致し方ないと林太郎は自分に言い聞かせた。
それに身内での金の貸し借りはトラブルの温床でもあり、結局ずるずるとヒモになっていた可能性も否めない。
湊の申し出はありがたいと思う反面、林太郎は自分がダメ人間になってしまいそうな気がしたのも事実なのである。
「結局振り出しか……」
林太郎が再び神妙な面持ちで肘をついた、その時。
ズンズンデンデンズンズンデンデン。
ズンズンデンデンズンズンデンデン。
部屋に海の底から何かがやってきそうなBGMが鳴り響いた。
「はいもしもしッスぅ?」
サメっちがポケットからスマホを取り出す。
するとすぐに、通話越しでもわかる大きな声が聞こえてくる。
『おうサメっちかあ、朝からすまねえなあ! 兄弟のやつ何度コールしても出ねえからよお!』
コールをかけてきたのは、意外な人物であった。
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