極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第二十一話「牙鮫怪人サーメガロ」

公開日時: 2020年9月2日(水) 16:03
文字数:4,354

「これで終わりでごわすデスグリーン! イナズマハリテェェェェッ!!!」


 孤立無援、迫る攻撃、動かない身体。

 林太郎の死はもはや避けられない。


(くそっ、ここまでか……!)


 栗山林太郎の名は稀代の悪人として刻まれるだろう。


 汚名を着せられたまま、弁解の機会も与えられず。

 世界に疎んじられながら、他人の名誉のために死ぬのだ。



 …………キ。



 正義から見放された男のピンチに。

 駆けつけてくれるヒーローなんて。

 いるはずもない。



………………ニキ。



 林太郎の脳裏に走馬燈が巡る。


 放任主義だった祖父。

 正義感にあふれていた弟。

 ヒーロー学校時代に泣かせた後輩。


 なにかと声のでかい熱血漢。

 モテることしか頭にない二枚目。

 カレーばっかり食ってるデブ。

 裏表の激しい厚化粧。


 大声で笑うマントを羽織ったジジイ。

 背が高いくせに小心者のヤマアラシ。


 常識がなく、頭が悪く、不器用で、誘惑に弱く、人の話を聞かず。

 怪人のくせにヒーローを慕って、ずっと後ろをついてくるコバンザメ。



「アニキィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!」



 闇色に染まった海を割り、魚雷のように発射されたそれは。

 今まさに林太郎を屠らんとしていたイエローを真横から強襲した。


「ごわすぅッ!?」


 海中から時速100キロで撃ち出されたその質量は、イエローの巨体を軽々と弾き飛ばした。


 林太郎とイエローの間を遮るように、仁王立つ巨大な影。


「サメっち……なのか?」

「サメっち? 誰のことッスか? サメっちは牙鮫怪人サーメガロッス。あっ、違うッス! 今の無しッス!」


 眼鏡を失った上に周囲が薄暗いということもあり、林太郎にはその影がぼんやりとしかわからなかった。


 だがその姿は林太郎のよく知る、頭ふたつ低い少女のものではない。


 三角の背ビレ、尖った鼻先、そして大きな口から覗くズラリと並んだ鋭い牙。

 巨大なサメを彷彿させるそのシルエットは、まさに怪人と呼ぶに相応しい凶悪な相貌であった。


「くそっ、あと少しのところだったのに! やはり仲間を隠しておったでごわすなデスグリーンめ!」


 弾き飛ばされたイエローがゆっくりと立ち上がる。

 イエローは大型トレーラーの衝突に匹敵する一撃を受けて、なんと無傷であった。


「アレで無傷とか卑怯ッス! いかさまッス!」

「がはははは! 金城鉄壁のストロングマワシールドは無敵でごわす!」


 イエローの腰周りに装着された固有武器、それが“ストロングマワシールド”である。

 “構え”を取ることで発動し、装着者を中心とした全周囲に物理絶対防御のバリアーを展開する。

 イエローは攻撃を受ける直前にバリアーを展開していたのだ。


「こりゃ厄介な相手ッスね。……アニキ、ここはサメっちに任せて逃げるッス」

「……なに言ってんだよサメっち」

「あーもう、アニキはデリカシーないッス! サメっちはこの格好で戦うところを見られるのちょー恥ずかしいッス! えっち!」


 林太郎だって、シャワー中に全裸で入ってくるやつには言われたくなかった。


「サメっちはデキる女ッス。ちゃんと迎えの車を手配してるッスよ! さあ、はやく行くッス!」

「あ、ああ、わかった!」

「……アニキ、お達者でッス!」


 駆け出した林太郎の背後で、閃光がほとばしり激しい衝撃音が鳴り響く。

 ヒーローと怪人が全力でぶつかり合う。


「バリアーごと噛み砕いてやるッス!」

「甘いわぁ! 怪人ごときのヤワな攻撃ではビクともせんでごわす!」



 ――林太郎は必死で逃げた。



 ヒーローである林太郎は、命のやり取りを強いられる怖さをよく知っている。

 だからサメっちに逃げろと言われたときは、心底ほっとした。


 世間やイエローがどう言おうが、自分はまだヒーローでいられると、そう思ったのだ。


「わざわざ敵を逃がすなんて、バカなやつだよ……あいつは」


 林太郎の横顔を、軽自動車のヘッドライトが照らした。

 狭そうな運転席から降りてきたのは長身の女、ソードミナスだった。


「林太郎! ああよかった、急にいなくなったって聞いたから心配したんだぞ。ところでサメっちはどこだ? 一緒じゃないのか?」

「サメっちはビクトイエローと戦ってる」

「なんだって!? どうして置いてきちゃったんだ!! あわわわわ、どうしよう! 林太郎どうすればいい!?」

「落ち着けソードミナス、サメっちなら大丈夫だ。それに海に飛び込めば逃げ切れるだろ、サメなんだから」


 そうだ、サメっちは任せろと言った。

 だから自分は何も間違ってなんかいない。


「なあ……林太郎は助けにいかないのか?」


 行くわけないだろう、死にに行くようなものだ。

 脳筋相手に正面切って戦うなど分が悪いにもほどがある。


 生きてさえいれば、またチャンスはまわってくる。

 つまりこれが、林太郎にとっては最善の手なのだ。


「どうして俺が、怪人を助けなきゃいけないんだ」

「林太郎はサメっちのアニキなんだろう!?」



 アニキという言葉が林太郎の心臓を、どんな刃よりも深く鋭く突き刺した。



「……俺は違う、俺はアニキなんかじゃない。だっておかしいだろそんな……」


 ヒーローが怪人のアニキになれるはずがない。

 そう言いかけたところで、林太郎は言葉を呑み込んだ。


 多少立場が違えども盃を交わすことはあるだろう。

 だが林太郎とサメっちの居場所は、正義と悪、昼と夜、表と裏。



 それは兄妹と呼ぶには、あまりにも真反対であった。



「あいつが勝手にそう言ってるだけだ。舎弟だなんだって、勝手に俺の周りをうろちょろして、怪人のくせに妙に人懐っこくて、いい加減迷惑なんだよ」


 林太郎は同意を求めるように、早口でまくし立てた。


「なんで怪人が人間みたいに振舞うんだよ。そうじゃないだろう、怪人は人を襲うものだ。他人の権利を平気で踏みにじる悪なんだよ、だから正義のヒーローに倒されるのは当たり前のことで……」


 よく回る舌から紡がれる言葉は、次第に自分自身に対する言い訳になっていく。

 林太郎自身、自分の口からあふれる卑しさを留めることができないでいた。


 百の言ノ葉を並べたところで、それは『俺が正しい』のただ一言を飾り立てているに過ぎないのだ。


 ひとしきり吐きだし終えたところで、ソードミナスが林太郎の肩を抱いた。



「林太郎、お前は頭が切れるし誰よりも強い。だから林太郎の判断は間違っていないんだと私は思う。だけど……だったら、どうしてそんなに苦しそうなんだ?」

「苦しい……俺が? なんの冗談だよ……?」



 遠くの空が稲光のように明滅していた。

 自分も早く逃げればいいものを、サメっちはまだイエローと戦っているのだ。


 誰よりも敬愛するアニキのために。

 栗山林太郎というひとりの男のために命を張って。



「サメっち……俺は……」



 ――アニキ、失格だ――。



 震える唇は、その一言を許しはしなかった。



 林太郎が逃げ出したのは怖かったからではない、眩しかったのだ。


 怪人のくせに、その一途なまでの、自分を危険に曝してまで誰かを守ろうとする心が。


 ただ怪人を倒し、勝利する。

 そのためだけに積み上げてきた自分自身の正義が、まるでガラクタでできた塔のように酷くいびつに見えたのだ。


 だから言い訳と詭弁の陰に隠れ、眩しすぎる光に怯えることしかできなかったのだ。



「……わかった。ならば林太郎、これを預かってくれ、車のキーだ。わわわわわ、私がいいいいい行こう。行くぞ! い、行くからなほんとに! ああでもやっぱり無理ぃぃ」


 ガタガタと脚を震わせるソードミナスと、林太郎の視線の先で。



 ズドオオオオオオオオオオオオオオン!!!



 まるで昼間の太陽かと見紛うほどの巨大な火柱が天を衝いた。




 …………。




 その頃、埠頭では――。


「ぐぬぅ、やるでごわすなサーメガロ!!」

「ふっふっふ、サメっち実はこう見えてちょー強いッス」


 サメっちはボロボロになりながらもイエローと善戦していた。

 イエローが誇る最強の矛“イナズマハリテ”と最強の盾“ストロングマワシールド”は確かに厄介だが、弱点もある。


 バリアーの展開には構えが必要であるため、ハリテと同時に発動できないのだ。

 すなわち間断なく攻撃し続ければ、イエローは亀のように手も足も出せなくなるということであった。


 サメっちはそれに気づくまでに、既に十数発のハリテを食らっていた。

 実のところ、こうして攻め続けるのもつらい状況だ。


「うぬぬぬ、さっさとバリアーを解くッス!」

「そちらこそ、さっさと諦めるでごわす!」


 戦いは長期戦の様相をていしていた。

 そうなると構えているだけのイエローに対し、息つく間もなく攻撃し続けているサメっちは圧倒的に不利である。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃッス!!」

「ふむ、そろそろでごわすな。そろそろ結びの一番といくでごわす」

「ぜーっ、その状態から! ぜーっ、なにができるって! ぜーっ、言うんッスか!」


 そのとき、サメっちの背後で真っ赤な炎が揺らめいた。

 振り返ると、その目に映ったのは炎を纏った拳であった。



「一撃必殺、“バーニングヒートグローブ”ッッッ!!!」

「うぎゃアアアアアァァァァァ―――――――――ッス!!!」



 サメっちの身体を、天まで届く真っ赤な火柱が包み込んだ。


「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! よもや卑怯とは言わないだろうな怪人よ! おいイエロー、生きてるか!?」

「間一髪でごわしたレッド、助かったでごわす」

「まったく、だから独断専行はよせと言ったんだ! おおかた手柄を独り占めしようとしたんだろう、帰ったら始末書だからな!」

「そりゃ勘弁してほしいでごわす!」


 こんがりと焼き魚にされてしまったサメっちは、かろうじて生きていた。

 水棲生物怪人でなければ爆発四散していただろう。


「……ア……ニキ……」


 糸がほつれるように怪人化が解け、身体は少女のそれへと戻っていく。



「……アニ……キ……、ご……めん……なさ……」



 涙でぼやける視界の端に、近づく誰かの足の影が見えた。

 イエローか、レッドか、いずれにせよサメっちはここで捕まってしまうのだろう。


 いや、それならまだいい。


 ひょっとするとここで“処理”されるかもしれない。



 サメっちはボロボロの身体で逃げ出そうともがいた。


 アニキに、林太郎にもう一度会いたい、会って謝りたい。

 負けちゃいました、ごめんなさいと。


 アニキはなんと声を掛けてくれるだろうか。

 よく頑張ったと褒めてくれるだろうか。


 そんなことを考えていると、あふれる涙を止められなかった。



「うあ……アニキ……ああああ……」



 人影が無情にも、サメっちの軽い身体を抱え上げる。


「貴様! その怪人をはなせ!」

「やはり現れおったでごわすな!」


 優しく、だが力強く、大切な家族を抱きしめるように。

 その男はサメっちの焦げた髪に頬を添わせた。



「よく頑張ったな、あとは任せろ」



 サメっちはその声を聞いて、眠るように気を失った。

 その男は戸惑うレッドとイエローに向かって、静かに言い放った。



「お前らには悪いが延長戦だ。

 ――ここから先は“極悪怪人デスグリーン”が相手をしてやる」





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