極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第四十二話「関東大制圧作戦」

公開日時: 2020年9月5日(土) 00:03
更新日時: 2020年9月6日(日) 05:45
文字数:3,753

 明けて25日、アークドミニオン地下秘密基地は静かな朝を迎えていた。

 林太郎はソードミナスと連れ立って地下基地の廊下を歩いていた。


「ふぁぁ……ねむ……」


 栗山林太郎、26歳。まだ若いとはいえさすがに徹夜は身体にこたえる。

 深夜の大騒ぎのせいで、林太郎は結局あれから一睡もできなかったのだ。


 ジャムまみれで寝落ち寸前のサメっちを風呂に放り込み、散らかった部屋を片付けるだけでひと苦労であった。

 その上、ぴーぴー泣く半裸のソードミナスを朝までなだめていたのだから、疲れも溜まるというものだ。


「すまない……サプライズのつもりが……」

「まあ驚きはしたけど」

「本当はプレゼントを置いたらすぐに出ていく予定だったんだ……」


 ソードミナスは林太郎のワイシャツとスウェットを着ていた。

 さすがにボロボロのコスプレサンタ姿で泣きじゃくる女を部屋から追い出すほど、林太郎も鬼畜ではない。

 敵には一切容赦しないが、子供と身内にはゲロ甘に優しく接するのが林太郎の信条である。


「あんまり落ち込むなよ。俺はこれでも感謝してるからさ」

「ああ、そうだな……たくさん慰めてもらったからもう大丈夫だ。まだちょっとお尻は痛いけど……」


 ソードミナスはすっかり本調子というわけにはいかないが、多少は元気が出たようだった。

 気分転換がてら散歩に付き合わせた林太郎の判断は正解であった。


 林太郎はソードミナスの部屋の前で彼女と別れると、隣あわせの自分の部屋へと足を向けた。

 さすがに少しぐらい寝ておかないと身がもたない。


 しかし林太郎のその目論見は外れることになる。

 部屋に戻ると珍しい客人が来ていた。


「あ、アニキおかえりッス!」

「上官を待たせるとはいい度胸だ!」


 それはモスグリーンの士官風ミリタリールックに、いかつい眼帯。

 手にした鞭をしならせ、頭にウサミミを生やした女の子であった。

 歳はハッキリとはわからないが、湊と同じで二十歳かそこらだろう。


「えーと……百獣軍団のウサニーちゃんだっけ?」

「大佐と呼べェ!」


 林太郎の尻にピシィーンと鞭が飛ぶ。

 眠気など一瞬で吹っ飛ぶ乾いた痛みが尻から脳へと抜ける。


「はいっ! ウサニー大佐ッ!」

「ちゃんを忘れるなこのマヌケッ!」

「はいっ! ウサニー大佐ちゃんッ!」


 サメっちの話によると、ウサニー大佐ちゃんはこう見えて百獣軍団のナンバー2で、子供扱いされるのが相当嫌いらしい。

 その彼女がなぜわざわざ林太郎を訪ねてきたかというと。


「非常呼集である! 極悪怪人デスグリーンはすぐに暗黒議事堂まで馳せ参じるように! なお供回り1名までの随伴を許可する!」


 お呼び出しがかかったことを伝えに来てくれたのだった。


「ねえサメっち、あの子なんでナンバー2で大佐なのに伝令なんかやってるの?」

「大佐は自称ッス。ウサニー大佐ちゃんは忙しくてもちょくちょくサメっちに会いに来てくれるッス」


 ちなみにサメっちは察しの通り百獣軍団出身だが、現在はドラギウス総帥の直属ということになっているらしい。

 “勧誘”の仕事をする上で、不公平な人事が行われないようにするためなんだとか。




 …………。




 地下秘密基地の一角、大聖堂から続く間にその部屋はあった。

 幹部以外の入室を拒む黒くて重厚な扉は、まるで地獄の門である。


 暗黒議事堂と呼ばれたその空間には4つの紋章が掲げられていた。

 それぞれが3人の大幹部と、総帥ドラギウス三世を表しているのだろう。

 既に三幹部の面々は揃っているようだった。



「いよう! 遅かったじゃねえか兄弟! 待ちくたびれたぜえ!」


 獅子と爪痕の紋章を背負うのは百獣将軍ベアリオンである。

 ナンバー2のウサニー大佐ちゃんが静かに目を閉じてその隣に控えている。



「天翔ける星々は廻れども、夜は等しくその身を抱き、けして交わることはない。ならば我は月夜を舞う蝶となりて、その羽に燃ゆる情愛の輝きを湛えん」

「ザゾーマ様は『また会えて嬉しい。今度お茶会の招待状を送る。あと熊は森に帰れ』と仰っています」


 蝶と道化の紋章が刻まれた席に座るのは、奇蟲将軍ザゾーマである。

 通訳としてカミキリムシ風の従者が連れ添っているが、たぶん熊のくだりはあの人が足している。



「林太郎、ゆうべはお楽しみじゃったのう。おぬしがソードミナスと朝チュンしたと話題になっとるぞ。うけけけ……」


 執事とメイドをはべらせながら、ニヤニヤいやらしく笑うのは絡繰将軍タガラックである。

 その背後には歯車と交差するマスケット銃の紋章が輝いている。


「ちょっと待って、なんでそんな噂が広まってるんですか?」

「そりゃークリスマスの朝っぱらにおぬしの部屋から一緒に出てきたら噂も立つじゃろ。しかもお互いに寝不足で、ソードミナスはおぬしの服を着ておったそうではないか。しかも尻をさすっておったらしいのーう。いったいなにをしたのかのーう?」

「そこまで噂が広まってるんですか!? いったいどこから見られてたんだ……油断の隙もありゃしない……」


 だが言われてみればその通りである。

 誤解されない方がおかしいというものだ。


「アニキ、朝チュンって何ッスか?」

「朝になるとスズメがチュンチュン鳴くだろう? ただそれだけのことだよサメっち。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「なるほどぉーッス! あれ? でも地下だからスズメなんていないッス!」

「知らないのかいサメっち。モグラもチュンチュン鳴くんだよ」

「そうなんッスか!? サメっちまたひとつ賢くなったッス!」


 いたいけな子供に嘘を吐くのは心苦しいが、それは彼女の幸せを願ってのことである。

 サンタクロースだってチュンチュンモグラと似たようなものだろう。


 林太郎はひとつだけ紋章が掲げられていない席についた。

 供回りとして連れてこられたサメっちが、その隣にちょこんと座る。



 メンバーが揃ったところで、ドラギウス総帥が入室する。

 全員が席を立ち、緊張した面持ちで夜の主を迎える。


 ドラギウス三世はその全身から邪悪な闇のカリスマオーラを発し、昨日のサンタさんと同一人物だとは思えないほどだ。

 恐ろしい悪魔の紋章が描かれたひときわ大きな席につくと、悪の総帥は全員に座るよう促した。


「今日みなに集まってもらったのは他でもない。話すのは今後の方針についてである」

「おお、そりゃあひょっとして……!」

「むひょひょ、ついにやるんじゃな!」


 重々しいドラギウスの言葉に、幹部たちが浮足立つ。


「知っての通り、現在我らが宿敵ヒーロー本部の機能は現在完全に麻痺しておる。この機会に我らアークドミニオンは、東京23区から関東一円にまで勢力を拡げるのだ!」


 三幹部ならびにサメっちは、その言葉に狂喜した。

 先の戦いでヒーロー本部は東京埼玉地区に配備されている8体全ての巨大ロボを失い、即時動員できるヒーローの半数以上が病院送りとなった。

 一時的なものではあるが、首都圏は現在ヒーロー空白地帯となっているのだ。


 対する秘密結社アークドミニオンの被害は極めて軽微である。

 勢力圏を拡げる好機は、今を置いて他にない。


 ヒーロー本部に手酷い扱いを受けた林太郎としては、もはやヒーローという肩書に未練はなかった。

 しかしかつて自身がヒーローとして真っ白に塗り替えた勢力図が、今また己の手によって真っ黒に塗り替えられるというのは、なんとも居心地の悪いものであった。


「北はベアリオン、西はザゾーマ、東はタガラックにそれぞれ任せる。林太郎は遊撃隊として各軍団の援護に回るのだ! “関東大制圧作戦”を発令するのである!」


 こうして悪の秘密結社アークドミニオンによる、関東大制圧作戦が開始された。

 すべては怪人の地位向上と、怪人の怪人による怪人のための国を作り上げるために。


「がははははーっ! 腕が鳴るぜぇーっ!!」

「我が蟲たちの奏でる悪しき音色は、降り注ぐ太陽の光を食み大地を闇色に染め上げるであろう。白は黒く、黒はより黒く」

「とりあえず千葉から攻めるかのう。ふ●っしーをアークドミニオンに引き込んでメカふ●っしーに改造したいのう」


 悪のカリスマ・総帥ドラギウス三世から発せられた号令は、三幹部を三者三様に発奮させた。

 その場で暗い顔をしていたのは林太郎だけであった。


「関東大制圧作戦ッス! なんかカッコイイッスねえ! ……アニキどうしたッスか? なんか考え事ッスか?」

「……そんなところかな」

「大丈夫ッスよ! 今のアークドミニオンには勢いがあるッス! アニキだっているんッスから、絶対上手くいくッス!」

「アニキを信じてくれるのかい? サメっちは良い子だなあ」

「えへへーッス……あっ、ダメッス! 良い子にしてたら来年サンタさん来てくれないッス! サメっちは悪い子ッス!」

「よおし悪い子悪い子悪い子、悪い子だなぁーサメっちはぁー! わしゃしゃしゃ!」


 サメっちの頭をこれでもかとなで回しながらも、林太郎の顔は浮かなかった。



 仮にも元ヒーロー、それも東京本部のエリートだった林太郎には懸念があった。

 果たしてこの状況をあの守國長官や、サメっちに固執する姉の鮫島朝霞が指をくわえて見ているだろうか。


 確かに彼らがいくら優秀とて、手駒がなければ動きようがない。

 それはそうなのだが、彼らは50年もの歴史を持つヒーロー本部である。

 危機的状況を幾度となく乗り越えてきた、人類の希望と称される組織である。


「順調にいけばいいんだけどね」


 林太郎は誰にも聞こえないようにそう呟いた。



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