極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第二百十三話「ベアリオンの秘密」

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:38
文字数:3,506

 超合金オムツと尿意から解放された林太郎は、べリオン将軍とともに地下秘密基地の大浴場を訪れていた。


「災難だったなあ兄弟!! まあ水に流してくれよなあ。風呂だけにってかあ! ガハハハハ!!」

「笑いごとじゃないですって。ベアリオン将軍に割っていただかなかったら、あとちょっとで大事なものが壊死えしするところだったんですよ」

「そりゃあ根性が足りねえんじゃねえのかあ? もっと肉を食え肉をよお!」


 普段は部屋に風呂のないザコ戦闘員たちでごった返している大浴場も、幹部が連れ立って利用中とあれば貸し切り状態である。

 自室でもよかったのだが、林太郎はあえて密談の場をここに選んだのだった。


 というのも意識を取り戻して以来、どこへ行こうにもウサニー大佐ちゃんが土下座しながらついてくるのである。

 長い耳をべったりと地面につけながらつきまとわれては、落ち着いて話もできないというわけだ。


 それに男同士の裸の付き合いというやつは、腹を割って話すにはもってこいなのである。



「つき合わせちゃってすみませんね、ベアリオン将軍」

「構わねえぜえ兄弟。それでよお。いったいなァにがどうして、こんなことになってるんだあ?」

「話せば長くなるんですけど……」


 林太郎は、ウサニー大佐ちゃんが暴走に至った経緯を事細かに説明した。

 おそらくはその原因であろう、ベアリオンの写真のことも。


 黙って林太郎の話を聞いていたベアリオンは、熊のような顔に苦笑いを浮かべぽりぽりと頭をかいた。


「なるほどなあ。それじゃあ兄弟とサメっちもあの写真を見ちまったってえわけだあ」

「不可抗力ですよ。まさかそれで口を封じようってんじゃあないでしょうね」

「んなこたァしねえよお。といっても口の堅さ次第だけどなあ、ガハハハハ!」


 そう言いながらベアリオンは、大きな手のひらでバンバンと林太郎の背中を叩く。

 林太郎の生白なまっちろい背中に、くっきりと力士のサインのような手形がついた。


 貸し切り状態の大浴場には、ベアリオンの豪快な笑い声がよく響いていた。




 …………。




 男湯から濡れたタイルの壁を挟んだ向こう側、芋洗いのようなむさ苦しい男湯とは真逆の神秘的空間。

 すなわち女湯ではウサニー大佐ちゃんが目を血走らせ、大きなウサミミを壁にへばりつけて男ふたりの会話を聞いていた。


「う、ウサニー大佐ちゃん、なにも盗聴までしなくても……」


 彼女の背後からおそるおそる小声で話しかけるのは、長躯の美女・湊である。

 互いにタオル一枚という入浴姿であったものの、彼女たちの目的が湯船でリラックスすることなどではないのは明らかであった。



「あの抜け目のない男が、かたくなに和解を拒んでまで団長同士密談の場を設けたのだ。なにも企んでいないはずがないだろう。私の失態を出汁にしてベアリオン様を脅迫することだって考えられるんだぞ」

「そんなことしないと思うぞ、たぶん。林太郎だって『自分にも非がある』って言ってたし。いや、どうだろう……今回はさすがにやりすぎたと私も思うけど……うん」

「かくなる上は壁をぶち破ってでも脅迫の現場を押さえ、失態を挽回するしかないのだ」



 ウサニー大佐ちゃんのキックならば、分厚い浴場の壁であろうと容易く蹴り破れるだろう。

 まさかとは思いつつも、湊は念のため身体を覆うタオルの裾を整えた。



「だったらなおのことひとりで盗聴すればいいと思うんだけど……」

「寂しいではないか! あ、いや……こほん。現行犯を取り押さえる以上、証人は多いにこしたことはない。これは貴官らを友人と見込んでの頼みだ」



 ふたりがちらりと浴槽のほうに目を向けると、湊と同じく連れてこられた『友人たち』は我関せずとばかりにはしゃぎまくっていた。



「わぁい大きいお風呂ッスぅ」

「サメっちさん、貸しきりとはいえお風呂で泳がないでください」

「あっ、もしかしてキリカ泳ぐのへたっぴッスか? 泳ぎじゃサメっちに勝てないからってシットしてるッスね?」

「ほう、上等です。私を本気にさせましたね」



 証人に仕立て上げるならば湊たちのような極悪軍団員ではなく、もっと中立的な立場の者を呼んだほうがいいのではなかろうか。


 湊はそう思ったものの、口には出さなかった。

 おそらくひとりでは不安だというのが本音なのだろう。


 さすがに脅迫とまではいかないだろうが、ウサニー大佐ちゃんの所業が林太郎の口からベアリオンの耳に良くない形・・・・・で入る可能性は十分にありえるのだ。


 自分に関する告げ口というのは誰だって気になるものである、悪いことをしたあとは特に。

 ウサニー大佐ちゃんが敬愛するベアリオン将軍に伝わるとなれば、本人がいてもたってもいられないのは当然のことであった。


「わかった、私はもう止めない。けど壁を蹴り壊すのは本当に最終手段ってことにしよう」

「すまないミナト衛生兵長、恩に着る」


 普段よりいくぶん小さく見えるウサニー大佐ちゃんの背中を、湊は黙って見守ることにした。




 …………。




 隣でウサニー大佐ちゃんが聞き耳を立てていることなどつゆ知らず、ベアリオンと林太郎は大きな湯船で静かに汗を流していた。


「兄弟よお。そろそろお前の腹ん中を聞かせちゃあくれねえかあ? 迷惑かけたうちの連中に落とし前をつけさせようってわけじゃあねえだろう?」

「下に示しはつくでしょうけどね。そんなことをしてもこちらに旨味がない」

「ガハハハハ! そうだなあ、お前はそういうやつだあ! オレサマは兄弟のそういうしたたかなところが気に入ってるんだぜえ!」


 そう言うとベアリオンは林太郎の肩を抱いた。

 裸の付き合いとなると急にスキンシップが増えるのは何故だろうか。


 とはいえベアリオンと林太郎は、けして気心の知れた友人同士ではない。

 それぞれアークドミニオンのいち軍団を率いる長である。


 軍団としての関係は比較的良好であり、互いに恩を着せ合う仲だ。

 なあなあ・・・・で済ませようという腹づもりがないことは、お互いによくわかっていた。


 重要なのは場所とタイミングを整え、金なり情報なりケジメなり、こちらが欲しいものを相手に差し出させる段取りなのだ。



「それでえ、なにが欲しい? 超最強日本プロレスの看板以外ならなんだってくれてやるぜえ?」

「俺が欲しいのは情報です」


 林太郎は隣のベアリオンに視線を送ることなく、湯船の水面をじっと見据えて言葉を続けた。



「鮫島朝霞について、知っていることを教えてください」



 水面に、小さな揺れが生じた。


 直接顔を見なくとも、それだけでベアリオンがどのような反応を示したか林太郎には手に取るようにわかる。



「鮫島……朝霞だあ?」



 ベアリオンは大きな笑い声ではなく、いつになく真剣なトーンで応えた。



「兄弟があの女と揉めたってのは聞いてるぜえ。だけどよお……」



 いつもはっきりと物を言うベアリオンが、言葉を濁す。


 当たりだと、林太郎は確信した。



 かつてヒーロー本部に所属していた林太郎とて、朝霞という女について客観的に知っていることはとても少ない。


 異例の若さであの守國長官の補佐官を務めていたこと。

 東京所属のエリート、ビクトレンジャーの司令官を任ぜられるほどの人物であること。


 あとはサメっちの実姉であることと、妹にお金を渡してガチャガチャを回させていたことぐらいだ。

 だが前線を退く前の彼女については、ヒーロー本部にいた頃にも耳にしたことはなかった。



 朝霞の現役時代については、サメっちに聞いてもわからないだろう。


 現役のヒーローが、実の家族に仕事のことを話すことはない。

 話せば怪人との抗争に家族を巻き込むことになりかねないからだ。



 むしろ彼女と敵対していた怪人たちのほうが、『ヒーロー・鮫島朝霞』に詳しいのは道理であった。

 そしてこのベアリオンは今でこそ気のいい熊さんだが、かつては関東最大規模を誇った武闘派怪人組織・百獣大同盟を率いていた大頭目である。


 なにかしらの接点はあると睨んだ林太郎の目に狂いはなかったというわけだ。



「なあ兄弟、リベンジしようってんならやめておけえ。ありゃあお前の手に負える女じゃあねえぜえ」

「やはりご存知でしたか」

「知ってるもなにもよお……うーむ」

「こちらから仕掛けずとも、向こうさんは必ずまた攻めてきます。俺たち極悪軍団は二度も標的にされましたが、三度目をしのぎきれる保証はないんですよ」



 ベアリオンは太い腕を組んでしばらく考え込んでいたが、ついには観念し湯船にどっぷりと巨躯を沈めた。

 プールばりに大きな湯船から、ざぶりとお湯があふれ出る。



「まあ、兄弟があの写真も見ちまったってえんなら、隠すことでもねえかあ」



 毛むくじゃらの手が、熊のような顔についた大きな向こう傷をなぞる。




「ちっとばかし、なげえ話になるんだけどよお」



 野獣のような目で遠くを見つめながら、ベアリオンはゆっくりと語り始めた。



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