燃える診療所をバックに、ふたりの怪人とふたりのヒーローが対峙していた。
勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダー・ビクトレッド。
アークドミニオンの最強戦力・百獣将軍ベアリオン。
史上最強のヒーロー・ビクトブラック。
そして史上最凶のヴィラン・極悪怪人デスグリーン。
いずれも劣らぬ猛者中の猛者である。
その中でも一際激しく闘志を放つのが、ビクトブラック・黛桐華であった。
流れるような銀髪が、全身から湧き立つ凄まじい怒気によってざわつく。
「極悪怪人……デスグリーン……ッ!!!」
「あれま、ラブコールだ。それじゃそっちの赤いのは頼みましたよベアリオン将軍」
林太郎にとっては、後輩との久々の再会である。
無論桐華はデスグリーンの正体が林太郎本人であることなど知る由もない。
今は敵対する立場な上、彼女からデスグリーンには異常なほどのヘイトが向けられていた。
「そんなに怒ったらキレイな顔が台無しだぞ」
「センパイの顔で……センパイの声でそんなことを言うなッッッ!!!」
「はいはいわかりましたよ。ビクトリーチェンジ!」
緑の光が林太郎の全身を包む。
竜を模したマスク、有機感あふれるヨロイ、深緑のマント。
この姿こそ異形の戦士、極悪怪人デスグリーンの完全体である。
対する桐華はウサニー大佐ちゃんの電撃ビリビリムチ攻撃によって、ビクトリースーツを剥ぎ取られている。
さしもの最強ヒーローといえど、生身では勝算が無いかに思われた。
――しかし。
「狙撃班!」
「うおぉぉマジでかッ!?」
林太郎が間一髪身を翻すと、マントに大きな穴が開いた。
直後に地面がえぐれ、衝撃と共にズドンッと腹に響くような銃声が轟く。
「この音と威力……対物ライフルってのは考えたな」
「ご明察です。意外と耳がいいんですね」
「聴き慣れた音なもんでね」
500メートルほど離れた位置にそびえる高層ビル。
その屋上ではビクトレンジャー司令官の鮫島朝霞が観測手を従え、デスグリーンに狙いを定めていた。
「はずれ、左に15センチそれました」
「構いません。私たちの目的はあくまでもデスグリーンの動きを抑制することです。次弾装填、発射」
「はずれ、命中コースでしたが避けられました」
朝霞が1回引き金を引くごとに、大気がビリビリと震える。
扱う得物はNTW-20、その威力は絶大であり戦車の装甲に穴を開けるほどである。
強靭な怪人の肉体だろうが、防弾防刃性に優れるヒーロースーツだろうが、直撃すればその部分は消し飛ぶだろう。
狙撃により体勢を崩したところに“クロアゲハ”の斬撃が迫る。
林太郎は“ニンジャポイズンソード”で凶刃をいなすと、桐華から距離を取った。
かつて初代ヒーロージャスティスファイブの切り込み隊長、アオジャスティスによって数々の怪人たちを葬り去ったという剣術・無月一刀流。
若くしてその免許皆伝を賜った桐華相手に、近接戦闘は不利である。
しかし距離を取った瞬間、今度はライフルの狙撃にさらされる。
「……ちっ、やりにくいな!」
「“強敵に挑むときは、まず自分が得意とする環境に持ち込め”」
桐華はかつて林太郎から教わった言葉を呪文のように口にした。
その教えの全てを駆使して、必ずや仇を討ち果たすのだという強い決意を胸に抱いて。
「無月一刀流、深山鴉!」
「ぐえっ! いってぇーーーっ!!」
林太郎はここにきて初めて、桐華の攻撃を弾き損ねた。
否、弾いたつもりだったが、実際には別の角度から一撃を貰ったのだ。
達人同士の剣戟は殺気の読み合いである。
桐華は殺気によって放たれる偽物の剣筋と、殺気を消した本物の剣筋を同時に放つことで相手の弾きを無効化したのだ。
これこそが無月一刀流が誇るガード不能の必殺剣技、深山鴉である。
「“必殺技は出し惜しまず、初手から仕留めるつもりでいけ”」
スーツの防刃性のおかげで深手は免れた林太郎だが、これを何度も受けて立っていられる保証はない。
さらに驚くべきはいくら狙撃で阻害を受けているとはいえ、デスグリーンスーツをまとった林太郎に生身で迫る桐華の身体能力であろう。
林太郎とてあらゆる策を用意してきているのだが、こうも肉薄されては対応するだけで精いっぱいである。
「“相手に手札を切る隙を与えてはいけない”」
「こりゃあ、本格的にヤバいぞ……!」
マスクに覆われた林太郎の頬を、一筋の汗が流れ落ちた。
…………。
一方、ビクトレッドとベアリオン将軍の戦いは決着を迎えようとしていた。
「くそっ! 俺のバーニングヒートグローブが通用しないなんて!」
「オレサマはそんじょそこらの怪人とは鍛え方が違うんだよ!」
ビクトレッドのバーニングヒートグローブは、拳が直撃した相手を内部から焼き尽くし噴出した火柱で相手を包み込むチート武器である。
だがベアリオンはその“身体の内側から焼き尽くす炎”を、身体の内部……すなわち筋肉のパワーで抑え込んでいた。
ただでさえ無類の頑丈さを誇る怪人の肉体である。
それを刀鍛冶の如く徹底して鍛え上げた筋肉の集合体は、まさに動く鋼鉄の城塞であった。
ベアリオンは圧倒的な筋肉の圧力でもって、レッドからの攻撃を受けると同時に内部に灯った炎を握り潰しているのだ。
他の相手ならいざ知らず、ことこのベアリオンの肉体に関してだけはバーニングヒートグローブが通用しないのである。
ベアリオンの巨大な拳のラッシュが、洪水のごとくレッドを襲う。
「オラオラァッ! こねえならこっちから行くぜえ!!」
「ぐっ……このままでは押し切られる……っ!」
ベアリオンの戦い方は、一切ガードも回避もしないスーパーウルトラストロングスタイルである。
鍛え上げられた鋼の筋肉でもってあらゆる攻撃を真正面から受け止め、圧倒的パワーでもって真正面から叩き潰す。
極めてシンプルでありながら、同じ“力”で戦う相手には無類の強さを誇る。
レッドのような最前線担当にとってはまさに天敵なのであった。
――しかし。
「ウオォォォ!? なんだこりゃあ!?」
先ほどまでレッドを正確に捉えていたベアリオンの拳が、突然空を切る。
ベアリオンの視界はぐにゃぐにゃと歪み、鋼の肉体から力が抜けていく。
「やっと効いてきたみたいだな!」
「ちくしょうがッ! どうなってやがるんだあッ!」
…………。
少し離れたところでは、サメっちがウサニー大佐ちゃんを介抱していた。
「くっ……不甲斐ない……!」
「ウサニー大佐ちゃん! しっかりするッス!」
「うぅ……伝えねば……! このままだと、あのふたりは負ける……!」
ウサニー大佐ちゃんの視界もまた、ベアリオンを同じようにぐにゃぐにゃと歪んでいた。
「これは、毒だ……! あの黒い刀には、毒が仕込まれていたんだ……!」
そう、桐華が振るう“クロアゲハ”にはたっぷりと毒が塗り込められているのだ。
それも林太郎がよく使う即効性があるものの数時間で効果が切れる神経毒ではなく、じわじわと視界と体力を奪い、最終的には死に至る猛毒である。
防刃性に優れたヒーロースーツをまとうデスグリーンには効果がないものの、生身で戦う怪人相手には極めて有効なのだ。
怪人特有の強靭な肉体を過信したウサニー大佐ちゃんとベアリオンは、既にクロアゲハの一撃を貰っていた。
サメっちとウサニー大佐ちゃんが見守る中、レッドと対峙するベアリオンの動きは明らかに鈍っていった。
頼りのデスグリーンも、桐華の猛攻に押されて防戦一方である。
「はわわわわ……えらいこっちゃッス! アニキとオジキが死んじゃうッスぅ!」
「……私の『フルパワードロップ蹴兎』でどちらかの首をへし折りさえすれば……うっ、目が回る……」
絶大な威力を誇るウサニー大佐ちゃんの必殺キックも、視界が定まらなければ当てることすらままならない。
むしろ今の状態で放とうものなら、下手すると仲間に命中しかねない。
「それならサメっちが助けに入るッス!」
「待てサメっち二等兵、貴様では足手まといにしかならん……!」
ウサニー大佐ちゃんの言う通り、サメっちが加勢に入ったところで相手は猛毒の刀と、一撃必殺のバーニングヒートグローブである。
下手すると一発退場した上に、状況をさらに悪化させかねない。
「せめて、あの狙撃さえどうにかなれば……!」
ウサニー大佐ちゃんが指をさす先には高層ビルが建っている。
その屋上からはデスグリーンに向けて、断続的に狙撃が行われている。
しかし高層ビルまでは500メートル以上の距離があった。
今から走って向かったところで、屋上へとたどり着く前にこちら側の決着がついてしまうだろう。
この距離と高さを一瞬で埋める方法さえあれば――。
そのときサメっちの脳裏に電流が走り、頭の中の小さな豆電球に光がともった。
「サメっちひらめいたッス!」
「えっ、ちょっ、待っ! やめっ!」
サメっちはウサニー大佐ちゃんを押し倒した。
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