“絡繰将軍タガラック”
アークドミニオン最古参メンバーにして、ドラギウス三世と並ぶSSS級指名手配怪人である。
タガラックによって壊滅させられたヒーローチームは全国あわせて2桁にのぼる。
それが林太郎がヒーローとして知りえるタガラックの全てである。
ヒーロー本部の資料にもその“容姿”についての情報は一切存在しない。
何故なら彼女、あるいは彼にとって性別や年齢、人種などは洋服とさして変わらないものだからである。
今のタガラックの表の顔は、タガデングループ会長の孫娘、多賀くらら嬢であった。
まるでフランス人形のような愛くるしい姿。
特技はピアノとバイオリン、趣味はぬいぐるみを集めること。
好きな花はカスミソウ、花言葉は『清らかな心』である。
「わはは! どうじゃ林太郎、わしは抜群にカワイイじゃろ?」
「おっさんみたいな笑い方しなければカワイイと思いますよ、ええ」
「そんなこと言わんとほれ! 頭なでてみい! 特別サービスじゃぞ!」
「ワーカワイー、オニンギョウサンミタイー」
「むほほ、そうじゃろう、そうじゃろうて!」
東京で最も高いビルの最上階で、金髪幼女に頭なでなでを強いられる瞬間がまさか訪れようとは。
人生何が起こるか本当にわからないものである。
「いや、こんなことさせるために俺を呼び出したんですか?」
「おおそれよ。おぬしを怪人にしてやろうと思うてな。優しいじゃろわし」
「怪人に……? 俺が?」
「極悪怪人デスグリーンはサイボーグ怪人となって、わしの絡繰軍団に入るのじゃ!」
くらら嬢ことタガラックはその平坦な胸を、大工の棟梁みたいにドーンと張った。
それを伝えるために、彼女は己の部下を送り込んでまで林太郎を呼びつけたのだ。
「なるほど、そいつが狙いってわけですか」
「無論、断れるなどとは思っておらんじゃろうなあ人間?」
タガラックは幼女に似つかわしくない、地獄の窯に罪人を突き落とすような凶悪な笑みを浮かべる。
そう、林太郎はこの幼女の姿をした悪魔に致命的な弱味を握られているのだ。
重苦しい沈黙がふたりの間に流れた。
タガラックの提案は林太郎にとって、人間を捨てることを意味する。
たとえ脅迫を受けようとも、軽々しく決断できることではない。
「迷うようなことかのう? いいことづくしじゃと思うんじゃがのう? よいか林太郎、わしは意地悪で言うとるんではないぞ。サイボーグ化はおぬしにとって3つのメリットがあるのじゃ!」
そう言うとタガラックは無駄に大きな会長机に腰かけた。
「ひとつ目はその身体じゃ。デスグリーン変身ギアが身体にかける負担は、おぬしも知っておろう」
林太郎はその言葉に覚えがあった。
タガラックが魔改造したというビクトリー変身ギア。
通称“デスグリーン変身ギア”は従来の性能を遥かに凌駕している。
だが当然のことながら、従来品にはそうできなかった理由があるのだ。
ビクトリースーツによる飛躍的な身体能力の向上は、その代償として身体に大きな負荷をかける。
デスグリーン変身ギアはそのリミッターを外し、スーツの性能を限界まで引き上げているのだ。
そんなものを継続的に利用して、生身の人間の身体が耐えられるわけがない。
「あれは怪人の強靭な肉体あってこその運用を想定しておる。人間のおぬしではせいぜい10分も着ていれば身体がボロボロになろう。じゃが機械の身体を手にすれば万事解決オールオッケイじゃ!」
「それもうロボの身体で戦えばスーツいらなくないですか?」
「むぐっ、それはそうなんじゃけど……いやいや! メンテナンスさえすれば老いることも病むこともないのじゃぞ! ほとんど不老不死じゃ! すごいじゃろー?」
タガラックは鼻でフフンと笑うと、腰に手をあてどうだと言わんばかりに胸を張った。
「ふたつ目は立場じゃな。機械化して怪人となればおぬしは真にアークドミニオンの一員として認められよう。今おぬしの置かれた状況がいかに危険か、それはおぬし自身が最もよくわかっておろう?」
当然、それは林太郎も考えていた。
ビクトレンジャーと敵対し、ヒーロー本部と決別した今、林太郎の後ろ盾となりえるのは悪の秘密結社アークドミニオンだけである。
もしこのまま完全に怪人としての人生を歩むというのであれば、極めて不本意ではあるが怪人となってしまうことがもっとも現実的かつ合理的だ。
そして現在の立場を守る上で林太郎が人間であるとことは、タガラックの言う通りアキレス腱となっていることもまた事実である。
本来ならば明確なデメリットとなる怪人化も、林太郎にとっては必ずしもメリットの無い話ではない。
「それは確かに仰る通りですけど。そもそも俺が怪人じゃないことを証明できる手段がないでしょう。俺が怪人態になりたくないと言えばそれまでだ」
「ふぬぅーッ! 悪魔の証明というわけじゃな……おぬしなかなかやるではないか……!」
だがタガラックは、林太郎の顔に一瞬浮かんだ迷いの色を見逃さなかった。
タガラックは確信したように邪悪な笑みを浮かべる。
そしてトドメであるとばかりに言葉を続けた。
「ならば心して聞くがよい! これがみっつ目じゃ!」
タガラックが指をパチンと鳴らすと、会長室内の壁がどんでん返しのようにグルリと回転する。
「これは!?」
「うひゃひゃ、そーの顔が見たかったのじゃー」
壁面に並ぶ20体ほどの人形の数々。
否、近くで見ても人形であると気づける者は少ないだろう。
人形たちはそれほどまでに精巧に作られていた。
だが問題はその造形の緻密さではない。
「こいつは……プロ野球の大滝選手!? それにこっちはアイドルの森本ネリカか……!? それにこっちは内閣官房長官……!?」
壁一面を埋め尽くす人形たち。
そこに居並ぶのはみな芸能界、政界、その他あらゆる日本を代表する人物たちである。
その面々たるや、もはや和製蝋人形館といった様相だ。
「それはきゃつらの|スペア《・・・》じゃ。頭の切れるおぬしならば、この意味がわからぬということもあるまい?」
経済界のドン・多賀蔵之介をはじめとする、タガラックが作り出した人形たち。
あるいは自ら望んで“タガラックの人形”となった者たちは既に日本中に、人々の生活の中に無数に溶け込んでいるのだ。
それこそが、ヒーロー本部が長年かけても掴み切れなかったアークドミニオンの一角にして正体。
神出鬼没な地下組織が誇る鉄の盾、タガラック率いる絡繰軍団の実態であった。
「なんなら“本物と入れ替わる”なんてこともできるのじゃぞ? なりたい自分になれるというのは、おぬしら人間の最大の願望であろう? ほれおぬしの望みを言うてみい。何になりたい? アイドルグループのセンターか? 天才ミュージシャンか? それとも正義のヒーローか?」
邪悪に微笑む幼女は、もはや誰がどう見ても立派な悪の怪人であった。
古来より悪魔は代償と引き換えに、人の願望を叶える。
それがどれほど醜いものであっても。
「どうじゃ林太郎! 肉体、立場、願望。わしについてくればすべてが手に入るのじゃ。おぬしの夢はすべてわしが叶えてやろうぞ! そうじゃ、身体を見繕ってやろう。わしと対になるようなこの黒髪ショートの活発系美少女『めららちゃん』なんかどうじゃ? わしのおすすめじゃぞー」
「お断りします」
「そうじゃろうそうじゃろうて。おぬしもリアルでバ美肉したかろう…………なんじゃと?」
美少女人形のスパッツを撫で回していたタガラックは己の耳を疑った。
驚きのあまり林太郎の顔を見返した勢い余って、タガラックの首が360度回転する。
「こここ、断る? 何を言っとるんじゃ林太郎? おぬしこのチャンスをみすみす逃すというのか? おぬしの夢が叶うと言うておるのじゃぞ?」
回りすぎた首を元の位置に戻しながら、タガラックは机を飛び降りて林太郎に駆け寄る。
タガラックはこれまで気に入った人間を次々と“勧誘”してきた。
そして提案を断られたことは一度たりともない。
断られるなど、あってはならないことであった。
「わかったわかった、いきなり性転換はちょっとハードル高かったのう! それじゃあこっちの超絶イケメン『タツヤくん』ならどうじゃ!? それともこっちの金髪ショタボディ『クリオきゅん』のほうがよかったかのう?」
まるで服を売りつけるアパレル店員のように、タガラックはいろいろな肉体をとっかえひっかえ林太郎に見せた。
しかし当の林太郎は黙って首を横に振るばかりである。
林太郎は額に手をあて少し考えると、背の低いタガラックの視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「そのご提案だと、俺の夢は叶いそうにないんで」
「そそそ、そんなバカな! おぬしは人間じゃろ? これ以上の夢があるはずなかろう!」
タガラックが見せる夢は、人間の願望そのものである。
この誘惑を断ち切れる人間などいるはずがない。
今回はそれに加えて弱味まで握ってアプローチをかけたのだ。
よもや断られることなど、あるはずもない。
「夢ってほどのことじゃあないんですが、ここ数日でちょっとやってみたいことができましてね」
このアークドミニオンに来てからというもの、本当にいろんなことがあった。
怪人たちに怪人として祀り上げられ、あまつさえ古巣のヒーローと拳を交えることになった。
人間と怪人といういびつな関係の中で、人間でも怪人でもない林太郎にしかできないことがあるはずだと。
林太郎の頭の中にはまだ輪郭も曖昧なほどぼんやりとだが、そのような考えが浮かんでいた。
「それは人類の願望にも勝るというのか!? ならば答えよ、おぬしの夢とはなんじゃ!?」
林太郎は腹を決めることにした。
そして先ほど強いられた時とは違い、優しく金髪幼女の頭を撫でた。
「平和を愛する緑の光らしく、“世界平和”ってのはどうです? 極悪怪人っぽい良い答えでしょう?」
そう言うと林太郎は仰々しく両手を広げ、歪な笑顔でニッと唇の端を釣り上げてみせた。
「それじゃ、俺はもう行きますね。それともうひとつ、リボンだけは似合ってますよ」
ちょっと惜しいことをしたなと思いつつ。
林太郎は唖然とするタガラックを尻目に踵を返し、会長室を後にしようとした。
――が。
「待てーぃ! わしは諦めんぞ林太郎-っ!」
そう叫ぶや否や、タガラックは林太郎に飛びかかってきた。
「えええええっ!? すごくいい感じにかっこよくシメたと思ったのに!?」
「うるさーいっ! こんなの無効じゃーっ! インチキじゃーっ! むきぃーっ!」
頭から蒸気を噴き出す金髪幼女によって、ふかふかの絨毯の上に押し倒される林太郎。
といっても体重や腕力はタガラックの見た目通り、幼女のそれである。
「おぬしは美少女になるのじゃーっ! そしてわしと一緒にプリチュアをやるのじゃーっ! わしが色白清楚お嬢様枠であるからして、おぬしは元気系褐色スポーツ美少女になれぇーっ!」
タガラックは自分の願望を喚き散らしながら、林太郎に馬乗りになってその胸板をポコポコ殴りつける。
林太郎が対応に困ったそのとき。
「そこまでである、タガラック」
地の底から響くような声、それと同時に空間が闇色に裂けた。
夜より暗いその隙間から、黒衣を纏った老紳士が現れる。
そして音もなく林太郎とタガラックの前に立った。
「“賭け”は我輩の勝ちであるな」
ドラギウス三世は勝ち誇った顔でそう言った。
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