東京郊外にそびえる廃工場。
かつては化学薬品工場として戦後の地域経済を担っていたのであろう。
しかしそれも今や荒れに荒れて形骸を残すのみである。
立ち入り禁止の看板さえもツタに厚く覆われており。
触れれば倒れてしまいそうなサビだらけの鉄柱が今にも崩落しそうな天井を支えている。
わざわざこのような廃墟を訪れる理由というのはそう多くない。
仲間内での根性試しか、マフィアの闇取引か。
あるいは人に見せられないものを隠すとか、例えるなら爆弾なんかを。
「慎重に運んでくれよ、落としたらドカンだぞ」
「だーいじょぶッス。サメっちは力仕事も得意ッス」
「なるほどそいつは頼もしい。じゃあまずスキップしながら運ぶのをやめようか」
今朝はやく、林太郎はわけを話してアークドミニオンから車を借り受けた。
途中で爆発したりしないだろうかと、林太郎は気が気ではなかったが、車は無事目的地へとたどり着いた。
そして今、林太郎とサメっちはふたりがかりで大量の爆弾をこの廃工場へと運び終えたところだ。
「こんなところで爆発させるんッスか? 都心からはずいぶん離れてるッスよ」
「いいかいサメっち、これは一時的に保管しているだけだよ。なくなったりすると大変だからね」
「なるほどッス!」
「よーしいい子だ。じゃあアニキは野暮用でちょっと行ってくる。すぐ戻るから、目を離すんじゃないぞ」
「了解ッス、アニキ!」
そう言って林太郎はサメっちをひとり、爆弾とともに廃工場に残して車に戻る。
野暮用などというのはもちろん大嘘である。
「これであの青くて目障りなヤツは木っ端みじんだ……そうすりゃ俺を監視するやつはいなくなる。自由を手にした俺は組織に帰れる。みんなハッピーってわけさ、ククク……」
邪悪にほくそ笑む林太郎の手にはサメっちお手製の起爆スイッチが握られていた。
車のエンジンを始動し、ラジオをかける。
そして一切の躊躇なく、その起爆スイッチを押した。
「ちょっと早いクリスマスプレゼントだ。サンタさんに感謝しなベイビー」
走り去る車の背後で50メートル近い火柱が上がった。
直後に轟音が響き渡り、衝撃がサイドミラーを震わせる。
林太郎の右手には、既に役目を終えた不格好な起爆スイッチだけが残された。
「……所詮これが俺のやり方だ、見たかコノヤロウ」
「バッチリ見てたッス! いやーすごい爆発だったッスねえ」
「なんでいるんだよ!」
驚きのあまりブレーキを踏み込むと車がタイヤを滑らせながら一回転した。
林太郎は対向車をギリギリでかわすと華麗なドリフトを決め、かろうじて走行車線に戻った。
「サメっち、ちゃんと言われた通り目を離さず見てたッス、アニキの雄姿を!」
そう言ってサメっちは鋭く尖った牙を見せながらニッと笑った。
その笑顔はまるで、一度食らいついたら放さないぞと言っているようだった。
「……ああ、うん、そうだね。今度からもうちょっと正確に指示を出さなきゃだね」
林太郎はサメっちに気づかれないよう、そっとカーナビの目的地をヒーロー本部からアークドミニオン秘密基地に切り替えた。
――ところかわって数分前。
「こちらブルー。反応があったのはこの建物に間違いねえぜ」
ビクトブルーこと藍川ジョニーは、グリーンの“ビクトリー変身ギア”の反応を追って東京郊外にそびえる廃工場に潜入しようとしていた。
今回どうしてブルーが一人かというと、何故かビクトレンジャー全員のロッカーが木工用ボンドでガチガチに封印されていたからである。
かろうじて武器一式を取り出せたのはブルーただひとりであった。
『こちら司令部。でかしたぞ、指示があるまで待機せよ』
「了解だぜ。いやちょっと待て、誰か出てくる」
人の気配を感じ、近くの茂みに身を潜める。
ブルーが到着したとき、廃工場前には怪しい車が一台停まっていた。
なんのことはない、ブルーはその車から発信されるビクトリー変身ギアの反応を追ってきたのだ。
ギアの持ち主とは、故ビクトグリーンの遺物を所持している人物。
すなわちヒーロー本部がマークする正体不明の“極悪怪人デスグリーン”である可能性が高い。
「顔は見えなかったが、男だぜ」
『ブルー、写真は取れるか?』
「ああ、撮影する。……ッ!? ダメだ、もうひとり出てくるぜ!」
ブルーが茂みの中で息を殺していると、小さな足音が男の後を追っていった。
「本部聞こえるか。子供だ、子供が怪人と一緒に車に乗った。後ろ姿だが今画像を送ったぜ」
『こちら本部、受領した。車はこちらで衛星追跡を行う』
「OK、ヤツらいつ戻ってくるかわからねえ。オレは今のうちに中を確認するぜ!」
そう言うや否や、ブルーは廃工場内にまるで隙間風のように音もなく滑り込んだ。
廃工場の内部は予想通りもぬけの殻である。
だがたとえ怪人で溢れていようとも、ブルーの侵入に気づけた者はごくわずかだろう。
ここで説明しておこう!
ビクトブルーこと藍川ジョニーは元警察官である。
それも有事の際に建物へ潜入・鎮圧するプロフェッショナル。
千葉県警突入救助班、通称ARTで数年前までエースを務めていたのだ。
その速さと判断力、そして射撃の腕前はビクトレンジャーにおいても遺憾なく発揮されている。
「こちらブルー、連中がここで何をしていたのか突き止めてやるぜ」
『了解、充分に注意しろ』
厚い埃に埋もれた廃工場。
その中でただ一つ、まるで新品のようにキレイな光沢を放つ緑色が目に入った。
「こちらブルー、早速とんでもないものを見つけたぜ! グリーンのバッグだ!」
それはまぎれもなく、グリーンこと栗山林太郎が失踪時に所持していたキャリーバッグであった。
「こいつに何かの手がかりが残されているに違いねえ!」
ブルーがバッグを開くと、そこにはコードと基盤が並んでいた。
何だこれは? などと考える余地もない。
なぜならご丁寧に、大きくひらがなで「ばくだん」と書いてあるからだ。
「……冗談キツいぜ!」
次の瞬間ブルーの身体は火柱と衝撃に包まれた。
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