極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第百五十話「煉獄怪人ヒノスメラVS極悪怪人デスグリーン」

公開日時: 2020年9月27日(日) 12:03
文字数:3,466

 元アークドミニオン最高幹部のひとり、煉獄怪人ヒノスメラ。


 組織の発足当初から絡繰将軍タガラックと並び、総帥ドラギウス三世の片腕としてアークドミニオン黎明期を支えた古参の大怪人である。


 この世にいつ生を受けたのか、どのような経緯で怪人として覚醒したのか。

 それらはもはや歴史と称しても過言ではない、気が遠くなるほど過去のことだ。


 長い年月をかけて練り上げられた人類への憎しみ、正義への恨み、世界への絶望。

 それらの根深さは、もはや“呪い”である。



 かつて数多の正義と無数の悪が彼女の前に立ちはだかったが、誰もその呪縛の鎖を断ち切ることはできなかった。



「計算づくでうちをここまで追い込むか。よう頭の回るやっちゃな、うちの部下に欲しかったわ」

「そりゃどうも。んじゃそろそろ俺の部下返してもらえる? 俺としては諦めて降参してくれると嬉しいんだけど」

「見逃してはくれへんみたいやね」



 降りしきる雨の中、海上にかかる橋の上という逃げ場のない死地に足を踏み入れ。

 ヒノスメラは、一度ならず二度までも己を窮地に追い込んだ男と正面から向かい合う。


 他の橋を落とし首都高を寸断してまで、この状況を作り出すほど用意周到な男のことだ。

 陸地を目指そうにも、橋のたもとは既に多数の怪人と放水車によって封鎖されていることだろう。


「ハッタリでも構わなかったんだけどね。効果としては充分だ。それじゃあ、そろそろ幕引きといこうか」

「どうしてもやるっちゅうんやったら、容赦はでけへんよ」


 ヒノスメラは据わった目で林太郎を睨みつけると小さく呟いた。

 そして手のひらでくすぶる黒い炎を静かに握りしめる。


 雨足は更に強まり、ヒノスメラの頭上に容赦なく降り注ぐ。

 全身にまとった炎は雨粒を蒸発させ続けていたものの、少しずつ火勢は弱まっていた。


 自慢の火炎攻撃も、撃ててあと数発といったところだろうか。


「いやあ手こずらせてくれたよまったく。さすがはヒノスメラ先輩、幹部の席に座っていただけのことはある」

「……甘ちゃんや、あんた」

「負け惜しみってのは見苦しいなあ。元幹部なら引き際ってものを心得て欲しいもんだね」


 きっとまだいくつも策をめぐらせているのだろう。

 林太郎は既にゆるぎない勝利を確信しきっているように見えた。


「それが甘ちゃんやって言うとるんよ」


 確かに弱体化した今のヒノスメラでは、正攻法で幹部怪人を相手にするのは分が悪いかもしれない。

 しかし絶対有利な状況における慢心にこそ、つけいる隙はあるものだ。


 なにより、ヒノスメラは“圧倒的火力”と“したたかさ”で成り上がった元幹部である。

 彼女と直接対峙すること自体、本来であれば絶対に避けるべき愚行なのだ。


「あんた、うちの実力を見誤っとるよ」

「なんだそりゃ? お前のワンパターンな技でこれ以上なにができるっていうんだよ」


 突如、なんの前触れもなく林太郎の足元がぐらりと揺らぐ。


「なにぃ……っ!?」


 まるで沼にでも足を突っ込んだような感触に、緑の身体が大きくバランスを崩す。


 林太郎の目に映ったのは、真っ赤に染まったアスファルトに飲み込まれつつある己の片足であった。

 マグマと化した地面に連なる赤いわだちは、ヒノスメラの足元から伸びている。


「てめぇ……まさかこの期に及んで悪あがきを……!?」

「先輩からの忠告や。相手の息の根止めるまで油断したらあかんよ」


 炎をたぎらせ文字通り爆発的な加速とともに、ヒノスメラの身体が林太郎へと肉迫する。

 十数メートルは離れていたふたりの距離が、あっという間にゼロになった。


「うちが技にいちいち名前つけるんはな、“こいつにはそれしかない”て思わせるためや」


 ヒノスメラは妖艶な笑みを浮かべると、溶けたアスファルトに足を取られた林太郎の胸をなでた。


「おいやめろ、一旦落ち着こうぜ……?」

「悪あがきかて、この距離やったら通るんとちゃうか」

「や、やめたほうがいいと思うなヒノスメラさぁん、話せばわかるよ話せば……!!」

「サメっちの手前、見逃してやりたいのは山々なんやけど……ほんまに堪忍やで、お兄ちゃん」


 細い指先に熱がこもり、残りわずかなエネルギーが充ちたところで一気に放たれる。

 ヒノスメラが目を見開くのと同時に、林太郎の全身が闇の太陽に呑み込まれた。


「ぐわああああああーーーーーッ!!!!!」


 林太郎は断末魔の絶叫とともに業火に焼かれ、やがて糸が切れたように倒れ伏す。

 黒く焦げたマスクはもはや原形を留めておらず、さきほどまで林太郎だったものは頭の先からつま先までただの炭と化していた。


 同時に黒い炎の力を使い果たしたヒノスメラの身体から、緊張とともに熱が失われていく。



「やってもうた……ほんまに堪忍や、堪忍やでサメっち……」



 全身を覆う炎がみるみるうちに小さくなっていく。

 しかしまだ膝をつくわけにはいかないと、ヒノスメラは懺悔ざんげの言葉を口にした。


 奪う必要のない命だったのかもしれない。

 しかしヒノスメラは奪った。


 デスグリーンがヒノスメラの命を狙う以上、それは致し方のないことである。


 奪い奪われる関係にある者は、同じ世界にふたり並び立つことはできない。

 ひとたび怪人として覚醒した以上、死の連鎖からは逃れられないのだから。


 ならばせめて奪った命のぶんまで、泥をすすってでも生きることが奪う者の礼儀というものだ。


「けどサメっちはうちのこと、ごっつ恨むんやろうな……」


 命を奪う覚悟とは裏腹に、そのことだけがヒノスメラにとって気がかりであった。


 今後サメっちが意識を取り戻すことがあったとしても。

 彼女がアニキと慕う男はもうこの世にはいない。



 純粋で真っ白なサメっちの心は、いったいどんな色に染まるのだろうか。


 復讐の色か、絶望の色か。

 それとも純粋な、暗く澱んだ闇の色か。



「許してくれとは言わんけど……。サメっちに恨まれるんは……ははは……。ちょっと、こたえるなあ……」



 ヒノスメラは燃える身体を抱きしめながら、自分自身をあざけった。

 ようやく手にしかけた救いを、ヒノスメラは自ら手放したのだ。


 きっと“器”がサメっちでなかったならば、この苦痛を感じることさえなかったのだろう。

 しかしまったくの偶然であったにせよ、ヒノスメラはサメっちを“器”に選んだ。


 それこそが恨みの罪におぼれた、ヒノスメラへの罰であった。




 ヒノスメラは黒焦げになった林太郎の屍を見下ろすと、ゆっくりと膝を折る。

 器となったサメっちのぶんまでアニキの魂をとむらってやろうと、燃える手でそっとその胸に触れた。



「サメっち、お兄ちゃん、堪忍したってな……」




 ジジッ……ピーガガ。




『はーいストップお嬢さん、最近だと男の胸触ってもセクハラなんだよねえ』




 男の声は、確かにヒノスメラの眼前から聞こえた。

 黒炭と化し横たわる極悪怪人デスグリーンの口から。


「…………は? え?」


 状況はホラーだが、男の口調は状況にそぐわず軽妙であった。

 しかし彼の胸に触れるヒノスメラの手からは、もちろん何の生命の鼓動も感じない。


 戸惑うヒノスメラの眼前で、黒焦げの頭がぐるんと回転する。

 溶けたゴーグルの下で、澱んだ瞳が緑色に光った。


『後輩からの忠告だ。相手の息の根を止めるまでピーガガガ!』

「まさかあんた……!」


 ヒノスメラがなにかに気づくのと同時に、頭上からバケツいっぱいの水が降り注ぐ。


 彼女の背後から冷や水を浴びせかけた人物は、手にしたバケツとマイクを放り投げた。


 そして濡れた髪をかきあげ、眼鏡をくいっとかけなおす。



「……油断しちゃあいけない。だったか?」



 デスグリーンスーツすら身にまとわず、林太郎はヒノスメラを見下ろした。

 しかし彼の顔に、いつもの下手くそな笑顔はない。



「ぐっ……あぁぁ……!」

『だーひゃっひゃっひゃ! ヒノスメラよ、おぬしの勝ち誇った顔はばっちりムービー撮影しておいたのじゃー! ピーガガガ!』


 黒焦げになったデスグリーンの身体に内蔵されたスピーカーから、安全圏にいるであろう幼女の声が響く。

 タガラックの声に呼応するように、デスグリーン型の絡繰からくりはギギギという鈍い音を立てついにその役目を終えた。


「相変わらず悪趣味なことで。あとでそのムービー共有してくださいよ」

「うああああああああああああッッッ!!!」


 ヒノスメラは濡れて少女サメっちのそれに戻っていく身体から、水気を飛ばそうとのたうち回った。

 しかしすぐに無駄な努力であることを知る。


 肉体のコントロールが、消えゆく火のように急速に失われていく。


「あああ……あああそんな……うちの身体がぁ……」

「そりゃお前さんの身体じゃねえ、サメっちの身体だ。返してもらうぞ」



 栗山林太郎は濡れて縮んでいくヒノスメラを、冷ややかな澱んだ目で見つめていた。




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