極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第九章「極悪怪人と怪人狩り(後編)」

第二百九話「月刊ブタ野郎」

公開日時: 2021年2月4日(木) 09:43
文字数:4,055

 品川一等地の地下深く、魑魅魍魎がうごめく闇の底。

 アークドミニオン地下秘密基地には『暗黒聖堂』なる大広間が存在する。


 その最奥、絢爛けんらんにあつらえられた玉座の主こそ、我らがアークドミニオン総帥・黒き老翁ドラギウス三世である。


 関東一円を支配する悪の組織の首領にして、全国指名手配怪人の最上位に君臨する闇の王。

 いま日本で一番乗りに乗っている怪人組織・アークドミニオンの総帥は、ドラギウス三世をおいて他にはけして務まらないだろう。



 そんな闇の王はいま、己の玉座に正座させられていた。



「……うう。我輩、総帥なのに……」

「総帥ともあろうお方が一兵卒を隠し撮りとは。なんとも嘆かわしい」



 虐待改め取り調べ行うのは軍服姿にウサミミを生やし、片目を眼帯で覆った女怪人。

 百獣軍団のナンバー2にして、教導軍団長としてアークドミニオンの規律を他ならぬドラギウス三世から一任されている、蹴兎しゅーと怪人ウサニー大佐ちゃんである。


 ウサニー大佐ちゃんとドラギウスの間には、数枚の写真が並べられていた。


 写っているのは白銀の髪をなびかせる美少女、極悪軍団に所属する黛桐華である。

 桐華はまごうことなきドラギウス翁の孫娘であるのだが、後継問題で組織内に無用な対立をもたらさぬよう、その関係性については一部幹部を除き伏せられていた。


 事情を知らない者からすれば、還暦過ぎの爺様が齢十七歳の少女の写真を懐に忍ばせているという事実だけが残る。

 となればウサニー大佐ちゃんでなくとも一言ぐらいは物申したくなるものだろう。


 しかしながら今日のウサニー大佐ちゃんは、一言では収まらぬほどに目を血走らせていた。


「ここ、これには深いワケがあるのである。キリカはその、極悪軍団だけでなくアークドミニオンにも必要不可欠な人材ゆえ……」

「長たるドラギウス総帥には、是非とも女々しき釈明ではなく反省の姿勢を示していただきたく」

「……ご、ごめんなさいなのである」


 総帥と一介の軍団長という立場の差はあれども、ウサニー大佐ちゃんの目には法に身分の上下なしと言わんばかりの迫力があった。

 小さな塵ひとつ許さない今のウサニー大佐ちゃんを市井しせいに放てば、すぐさま市中引き回しの大名行列ができることだろう。


 ウサニー大佐ちゃんの綱紀粛正は、たとえ深淵におわす怪人の王とて例外ではない。

 もとよりその剛毅さを買われての人選だ。


「上に立つ者が率先して己を律さねば下に示しがつきません。ひいては軍全体の士気低下を招き、鉄の結束にもほころびが生じます」

「そう荒れるでないウサニーよ。もう少しこう、ゆとりをもって大目に……」

「大佐とちゃんを付けていただきたくッ!!!」


 ウサニー大佐ちゃんの手にしたムチが、大理石の床をシパァンとひっぱたく。

 さすがに総帥相手にいきなり暴力を振るうほどウサニー大佐ちゃんとて我を失ってはいないとはいえ、文字通り老体にムチが打たれるのは時間の問題であった。


「ひぇっ! 老人虐待なのである!」

「これもアークドミニオンをより強い組織にせんがため。ヒーローどもにつけこまれる前に今一度、組織内の引き締めを行わせていただきます。つきましては総裁の御裁可を賜りたく」

「うん、許可する! 我輩、許可しちゃうのである!」



 かくして、闇の底で綱紀粛正の嵐が吹き荒れることとなった。




 ………………。



 …………。



 ……。




 ところかわってアークドミニオン居住区の一角。

 林太郎の私室は息をするのもはばかられるほどの緊張感に包まれていた。



「……………………」

「……………………」

「……いまだ!」

「ッスァ!」


 少女の掛け声とともに、フライパンから丸いお月様を思わせる生地が跳ね上がる。

 生地は空中で半回転すると、完全な円を維持したままキツネ色に焼けた面を上にして、もとのフライパンに収まった。


「やたっ! できたッス!」

「でかしたぞサメっちぃぃぃッ!」


 林太郎はサメっちの頭を両手でわっしゃわっしゃと撫でまわすと、両手を掴んでぐるぐると踊り回る。


 たかだかホットケーキをひっくり返しただけとは思えぬほどのはしゃぎっぷりであった。



「この調子でどんどん“悪い女”になるッス!」

「本当に悪い子だなぁサメっちはぁー! わしゃしゃしゃしゃ!」



 先の騒動から一週間が経っていた。

 失態を演じたあと、ウサニー大佐ちゃんに発破をかけられたサメっちは林太郎に申し出た。


 焦ることなく一歩ずつ確実に、自分の背丈に合わせて。

 一日ひとつずつでも、できることを増やしていきたいと。


 それはサメっちなりに名誉の回復を目指しての決意であった。



 もとより林太郎自身も、才能ではなく努力一本でヒーロー学校首席の座、ひいてはビクトレンジャーの末席を射止めた男だ。

 ゆえに林太郎はサメっちのひたむきな姿勢に応えるべく、こうして手取り足取り毎日様々なことを教え込んでいた。



「サメっち次はカレーをマスターするッス」

「おっとそれはまだ教えられないな。言っておくが俺はカレーにはめちゃくちゃうるさいぞ。今日はもうひとつ、テーブルマナーを伝授してやろう。このホットケーキでなァ!」

「わァいッス! いただきますッスぅー!」



 ふたりが実の兄妹がごとく盛り上がっていたそのとき、部屋の扉がドンドコドンドンと慌ただしくノックされた。


「デスグリーンさん、俺ですオラウィ! ザコ戦闘員のバンチョルフですオラウィ! 助けてください何卒なにとぞ、何卒ウィーーーッ!!」

「なんだってんだいったい」


 ただごとではない雰囲気に、林太郎はシャツの襟を整えながら扉を開ける。

 すると廊下では、紙袋を大事そうに抱えたバンチョルフが頭を下げてうずくまっていた。


「焼け出されでもしたのか?」

「ああ、デスグリーンさん……もう頼れるのはあなたしかいませんオラウィ……。どうかかくまっていただきたいオラウィ……!」


 バンチョルフの顔は必死そのものであった。

 あまり穏やかな話ではなさそうだと察した林太郎は、廊下を見回して誰もいないことを確認するとバンチョルフの肩を叩く。



「デスグリーンさん……!」

「人目につく、中で詳しく聞かせてくれ」



 バンチョルフは室内でもびくびくしならが辺りを見回していた。

 警戒しているというより、なにかに怯えているといったほうが正しいだろう。


 林太郎はため息を吐くと、バンチョルフが大事そうに抱えている紙袋に目をやった。



「それで、かくまってほしいってのは? そいつか?」

「……はい。少しの間、これを預かっていただきたいんですオラウィ」



 両手で大事そうに差し出された紙袋を受け取る。

 持った感触や重さからすると本かなにかのようだ。



 林太郎は黙って紙袋から中身を取り出す。


 それは一冊の雑誌であった。




『月刊ブタ野郎6月号 ~夏到来前に。白ブタさん100人がすすめる日焼け止めクリーム大特集~』




 林太郎はホットケーキに夢中なサメっちに見せぬよう、すぐさま雑誌を紙袋に戻した。




「俺の宝物をよろしくお願いしますオラウィ」

「断る!」

「そんな殺生なオラウィ! 見つかったらウサニー大佐ちゃんに粛清されちゃうオラウィ!」

「ウサニー大佐ちゃん?」



 その名を聞いて、林太郎は一週間前の出来事を思い出す。



 百獣軍団の隠し金庫に入っていた一枚の写真。


 写っていたのは百獣将軍ベアリオンと、アークドミニオンでは見かけたことのない綺麗な女性。

 そしてふたりの腕に抱かれた赤ん坊であった。


 構図からしてベアリオンの関係者であることはまず間違いない。

 抜き差しならない深い仲であるということも、容易に察しがつく。



 問題はそれを目にしたウサニー大佐ちゃんである。


 一時気を失うほどにショックを受けた彼女は、目をさますなりまるで亡霊のごとくふらふらとした足取りで林太郎の部屋を後にした。


 とはいえ百獣軍団のプライベートな問題に首を突っ込むわけにもいかず、林太郎はしばらくそっとしておくよう湊や桐華にも指示を出していたのだが。



「ウサニー大佐ちゃんの検閲が、今回はいつもに増して情け容赦ないんですオラウィ。百獣軍団のザコ戦闘員宿舎はもう焼け野原だオラウィ」



 以前にも乱痴気騒ぎを起こした結果、ウサニー大佐ちゃんが怒りをあらわにしたことがあった。


 どうやら今回も彼女の中でなにかが爆発したらしい。

 確かにウサニー大佐ちゃんは、誰かに相談してガス抜きをするようなタイプではない。


 原因は間違いなく、あの写真だろう。

 となれば林太郎にも責任の一端はあるというものだ。



「ウサニー大佐ちゃんは、俺たち教導軍団あがりには容赦ないオラウィ。その点、軍団長のデスグリーンさんなら万が一見つかっても大目に見てもらえるんじゃないかと……」

「見つかることが前提なのか」

「百獣軍団に配属された同僚は、トイレの換気扇の裏に隠していたのを見つかってはりつけにされましたオラウィ……」


 そこまで探すとはとてつもない執念だ。

 やはりバンチョルフの言う通り、今回の綱紀粛正は熱量が違うらしい。


 となるともう処分してしまったほうが早いような気もするが、このバンチョルフの思いつめようから察するによほど大事なものなのだろう。


 林太郎とて男だ、理解はある。

 バンチョルフもそれを見込んで頼みにきた以上、無下に突き返しては軍団の士気にかかわるかもしれない。


 それにウサニー大佐ちゃんのことだ、下手に処分したとて持ち主を割り出して吊るし上げるだろう。



「とは言ってもなあ……」



 林太郎が額に手を添え考え込んでいると、ホットケーキを半分ほど食べ終えたサメっちがその顔を覗き込んでくる。


「アニキはホットケーキ食べないッスか?」

「ん? いや、サメっちが全部食べていいよ。サメっちが焼いたんだから」

「サメっちが焼いたら全部サメっちのッスか? わァいッス、サメっち今日から毎日ホットケーキ焼くッス」



 そのとき、林太郎の邪悪な頭脳にひらめきが走った。



「……その手があったか」

「デスグリーンさん、妙案を思いついたんですかオラウィ?」

「うちにもうひとり居候がいるからな。そいつのモノってことにしちまえばいい。なぁに、女の子同士ならウサニー大佐ちゃんだって厳しくは怒らないだろう」



 そう言うと林太郎は、どろりと澱んだ目で部屋の天井を見つめた。



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