ヒーロー本部地下には一部の人間だけが知る極秘の怪人収容施設が存在する。
そこへのアクセス権限を持つ者はごく少数である。
林太郎をはじめ、アークドミニオンに収容施設への入り口を知る者はいない。
だが“そこから出てきた者”ならばいる。
「ひやああああっ!! 落ちるうううううっっ!!!」
『林太郎、聞こえるか? そこを降りたら左に曲がってくれ』
「いやいやいやいや、これ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
林太郎はソードミナスのナビゲートを頼りに、暗く曲がりくねった排気管の中を転げ落ちていた。
数日前、ソードミナスはこの施設からの脱出を図り、アークドミニオンの庇護を受けた。
彼女の存在こそが、このヒーロー本部侵入の鍵であった。
そして今、林太郎は脱出の際に利用したというルートを逆走しているのだが。
『あ、違う。ふたつ前を右だった。すまん林太郎、戻ってくれ』
「いやこれ戻れないと思うなあ、さっき20メートルぐらい滑り落ちたもの」
『あれぇ?』
記憶頼りのポンコツナビで、ハッキリしていたのは本当に“入り口”だけであった。
「こんな冷たい管の中で迷子になるなんてごめんだぞ……帰ったら覚えてろよ……!」
『はっ!? ままま、まさか私の身体をおもちゃにするつもりなのか!? 知ってるぞ、そうやって弱味を握って私を嬲りものにするつもりなんだなッ!? けっ、けけけ、けもののようにッ!!!』
「今そういうのいいから。どっちに行けばいいかだけ教えてくれ」
『えっと……さっきのところを左だな』
「お前さんは一生助手席に座らないほうがいい」
…………。
林太郎が着々と遭難しつつあるころ、地下収容施設の廊下では鮫島朝霞長官付き補佐官と大貫司令官が言い争っていた。
「議事録において、局地的人的災害203号の処遇は私に一任されるとあります。彼女の利用価値については作戦参謀本部にて検討いたします」
「いまさら検討とか、なに言ってんの朝霞ちゃん。君がデスグリーンを仕留めるためにサーメガロをさらってくるよう指示したんだろ? 僕ってば久々に現場に出てまで頑張ったんだからね!」
己の立場を守るため、大貫司令官も必死である。
大貫の見立てでは、かの少女こそ極悪怪人デスグリーンのアキレス腱であった。
ならばなんとしてもサメっちを自分の駒として利用し、手柄をあげねばならない。
「デスグリーンをおびき出す作戦の要はあの小娘なんだよ!」
「私はそのような作戦を“想定している”と申し上げたと記録されています。追って作戦参謀本部より指令が下りますので、今はお引き取りいただくのがよろしいかと」
戸籍上の続柄が失効しているとはいえ、朝霞はサメっちの実姉である。
妹を手に入れるために危ない橋を渡った彼女も、譲る気は毛頭なかった。
「納得できるわけないでしょ!? あのチビっこは今どこにいるの!?」
「規則ではお答えする義務はないことになっています」
「きーっ! もういいよ自分で探すから!!」
大貫は怒りをあらわにしながら去っていった。
彼が向かった先は独房である。
捕らえた怪人は“ケージ”と呼ばれる独房に入れるよう規定されている。
強化ガラスに囲まれ、24時間監視体制の整った特殊監房だ。
しかし当のサメっちは現在、この廊下と壁一枚を隔てた朝霞の個室に軟禁されていた。
便宜上は敵対心なしとみなし、取引のための面談中ということになっている。
そのためサメっちには大貫と朝霞の言い争う声が筒抜けであった。
「うるさかったでしょう、ヒーロー本部の壁は薄いことで有名ですから」
「……お姉ちゃん、サメっちはここにいていいんッスか?」
「もちろん、規則上は何の問題もありません。それよりも冴夜、あなたはサメっちでも牙鮫怪人サーメガロでもありません。鮫島冴夜、私の妹です」
「サメっちはアークドミニオンの怪人ッス! アニキの一番舎弟のサメっちッス!」
サメっちは胸に手をあて訴えかける。
だが朝霞はそんな妹の言葉を一蹴した。
「誰であろうと、あなたを怪人扱いはさせません。あなただって知っているでしょう。ここで怪人がどのような扱いを受けているか」
「お姉ちゃんは、怪人のみんなに酷いことするッスか……?」
朝霞は一瞬、氷のような目をサメっちに向けた。
しかしすぐに薄い笑みを浮かべると、誤魔化すようにサメっちの頭を優しくなでる。
「……そういえば、ホットケーキの材料を買ってきてあります。お姉ちゃんが焼いてあげましょう。冴夜はホットケーキが大好きだったでしょう?」
姉は妹の問いかけには答えなかった。
答えなかったが、それは肯定であることを示していた。
朝霞がステッカーまみれの冷蔵庫を開いたそのとき、施設内に警報が鳴り響いた。
『B2区画に侵入者、各員対応にあたれ……繰り返す、B2区画に侵入者……』
「想定よりもかなり早いですね。アークドミニオンの実行部隊は優秀です。しかし無策に突っ込んでくるというのは、所詮は怪人といったところでしょうか」
朝霞がモニターをつけると、そこにはたくさんの警備に追われる林太郎の姿が映っていた。
「アニキ! アニキッス! やっぱり来てくれたんッスね!」
「……アニキ? 私には冴夜以外の兄弟姉妹はいなかったと記憶していますが」
…………。
鳴り響く警報。
林太郎は赤く照らされた長い廊下を駆けていた。
「このルートは安全だって言ったよねえ!? 思いっきり警報鳴ってるんだけど!?」
『おかしいな……出るときは触っても鳴らなかったんだが……』
「警報装置あるのは知ってたんだね。そこ君が思ってるよりだいぶ重要なところだよ?」
こうなるともはやナビは役に立たない。
いや最初からあまり役には立っていなかったが。
林太郎は蜘蛛の巣のように張り巡らされた通路を縦横無尽に逃走する。
とっさに横道に滑り込む林太郎の背後を、レーザー光線がかすめた。
「死ぬかと思った、死ぬかと思ったよ……」
『林太郎、伏せろーっ!』
「だから遅いんだよ言うのがさ。なんなの? ブラジルから通信してんの?」
その直後林太郎の頭上で火花が散った。
薄い壁を突き破りチェーンソーの刃が通過する。
間一髪かわしたものの、反応が一瞬でも遅かったら林太郎の首が飛んでいた。
「うおおおお! 危ねえええ!!!」
『だから言ったじゃないか伏せろって!』
「ありがとう! 嬉しくておしっこ漏れそうだよ」
『いまタガラック将軍がハッキングに成功した。こちらで監視カメラの映像を見ながら指示を出すから安心しろ!』
「そいつは頼もしいな、それで今度はどこに向かえばいい?」
飛んでくる手裏剣を指の間で受け止めながら、林太郎はソードミナスに指示を求めた。
『あー……その、林太郎すごく言いにくいんだが』
「もったいぶるなよ、こっちは命がかかってるんだ」
『既に完全包囲されている』
林太郎の頬をレーザー光線がかすめた。
チェンソーが壁を突き破り、手裏剣が節分の豆みたいに飛んでくる。
「粒子戦隊レーザーファイブ! ビビッときめるぜ!」
「林業戦隊キコルンジャー! 悪の大木は伐採だ!」
「風魔戦隊ニンジャジャン! 超忍法とくと味わうでござる!」
説明しよう!
ヒーロー本部職員は全員ヒーローなのである!
『なんだその……がんばれ!』
「お前もうナビかわれ!!!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!