神田神保神GODの胸部に位置するコックピット内。
超巨体ゆえの広々とした操縦室は、作戦参謀本部としての機能を兼ね備えている。
この神田神保神は巨大なロボットであるだけでなく、移動しながら戦闘も可能な機動要塞型司令本部なのだ。
操縦室では10名ほどのヒーロー職員が、めまぐるしく変わる戦況に応じて常に情報の集積と分析を行う。
無論精密機器も多いためその随所には振動制御が施されており、神田神保神が多少激しく動いてもほとんど揺れを感じないほどだ。
部屋の中央後方に置かれた椅子型メインコンソールに腰掛けるのは、金ピカのヒーロースーツを身にまとった風見正行長官である。
『ははは。このパワー、圧倒的じゃないか。さすがは神の名を三つも冠するだけのことはある』
風見の言葉の通り、神田神保神はアークドミニオンのロボ軍団を圧倒していた。
『ドチクショウがあ! 卑怯だぞゴラア! 降りてきて戦いやがれえ!』
『ベアリオン将軍! それはあんまりこっちが言えた義理じゃないです!』
怪人ロボ軍団は神田神保神の腕や脚にしがみついては、そのたびに弾き飛ばされている。
いっぽうでロボの弱点である関節まで厚い装甲に覆われた神田神保神は、まったくの無傷であった。
大きいということは、ただ体格差があるというわけではない。
象や鯨の皮膚が人間よりも分厚いように、大きなライオンが小さな兎よりも速く走れるように。
性能面全てにおいて神田神保神GODは、既存の巨大ロボを凌駕していた。
『無駄、無駄、無駄だよ君たち。奪われたロボを引っ張り出してきたのは意外だったけど。所詮、神の前では有象無象に過ぎないんだよね』
神田神保神はそのアンバランスなほどに巨大な腕を構えると、ダブルラリアットの要領で腰を回転させた。
大きな腕が大地を這うように振り回され、巻き込まれた数体のロボが一斉に弾き飛ばされる。
『くそっ、人海戦術じゃ埒が明かない!』
『神田神保神GODはね、もともと複数の巨大化怪人との戦いを想定しているんだ。神保町に羽田空港……我々も敗戦に学ぶということだよ』
まさにヒーロー本部の技術の粋を結集した、一騎当千の大逆転秘密兵器である。
神田神保神のボディからは、ヒーロー本部の悔恨と怨嗟が滲み出しているかのようだ。
「あっはっは、痛快だとは思わないかね鮫島くん。東京を震撼させた怪人組織が手も足も出ずにやられていくよ」
「お見事です風見長官」
「あんまり嬉しそうじゃないねえ。気負ってはいけないよ鮫島くん、仕事はもっと楽しく笑顔でやらなきゃ」
「善処します」
ほくそ笑む風見の傍らで、朝霞はオペレーションを行っていた。
神田神保神の八面六臂の活躍により、もはや大勢は決したと言っても過言ではない。
しかし本部所属ビクトレンジャーの司令官としての職務は果たさねばならない。
「暮内さん、操縦室まで上がってきてください」
『……………………』
「……暮内さん? 聞こえますか?」
『……………………』
しかし朝霞がいくら呼びかけても、烈人からの返事はなかった。
いっぽう外では、巨大ロボ軍団が着々と数を減らしつつあった。
奮戦の甲斐あってほぼ膠着状態と化しているものの、消耗戦となれば明確に数が減っていくアークドミニオン側のほうが不利である。
林太郎はモニターで戦況を見つつ、タガラックに通信で呼びかける。
『やはり数の暴力で屈服させられる相手じゃないか……タガラック将軍、そろそろやりましょう』
『うむ……頃合いじゃな。皆の者、コントローラーの真ん中のボタンを押すのじゃ!!』
『『『『『了解!!』』』』ッス』
『むむむ、どのボタンであるか!?』
『真ん中のシイタケみたいなやつですドラギウス総帥!』
それぞれの巨大ロボを操る怪人たちは、待ってましたとばかりにボタンを押し込んだ。
ピポッという小気味良い電子音とともに、巨大ロボたちが次々とスクラムを組み始める。
それがひと組、ふた組と重なり合いついには全ての機体がひとつの大きな山と化した。
神田神保神の操縦室では、オペレーターたちが訝しげにその様子を見守る。
操縦桿を握る風見も、思わずその光景を前に眉をヒクつかせた。
「なんだ? 怪人どもめ、いったい何をする気だ!?」
「長官、敵性反応減少していきます! ……これは……まさか……!」
ググググググググ、グオオオオオーーーーーン!!!!
焼けつくほどのモーター音を響かせながら、巨大ロボの山が立ち上がった。
頑丈なジョイントで、ガッツリと固定された巨大ロボたち。
それらが折り重なったり抱き合ったりしながら、ひとつの巨大な人の形を作り上げる。
「敵性反応! ひとつになりました!!」
「馬鹿な……“合体”……したというのか!?」
風見はモニターに映し出された光景に目を疑い、その顔からはいつもの笑顔が消えていた。
それは神田神保神にも匹敵する、まぎれもない超弩級の巨大ロボットであった。
メインコックピットには無数のコードに繋がれたタガラックが座し、隣では執事とメイド、ふたりの従者がコンソールを操作する。
「接続完了。確認、構成異常なし」
「損傷確認、許容範囲内。起動準備完了」
「「DX究極タガラバトリオン、起動します」」
タガラックの目が見開かれるのと同時に、DX究極タガラバトリオンの目がビゴォンと赤い光を発する。
タガラバトリオンは両の拳を構えると、威風堂々とポーズをきめた。
『うしゃしゃしゃしゃーッ!! これがわしの究極完全体じゃあ!!!』
日本のGDPの1割を握る絡繰軍団、まさにその最強戦力とも呼ぶべき“邪神”が神保町に降り立った。
つぎはぎだらけで多少不格好ではあるものの、その威容は神田神保神と比較しても遜色はない。
『いけるッス! これなら勝てるッス!』
『ふははははーーーッ! 当たり前じゃあ、絡繰将軍タガラック様の本気というものを見せつけてやるわい!』
『闇色の歯車は回り、偽りの舞台に立ち道化は踊る。己が糸を手繰り寄せ、艶色の衣装を身にまとい、木靴を履いていざ参らん。開演のベルを鳴らし、緞帳を上げ、光を注ぎたまえ。今この場において、美こそが唯一つの真実である』
『ザゾーマ様は『我が奇蟲軍団が資源と人材を提供したことを忘れないでいただきたい』と仰っております』
雑なコントローラーの取りつけからもわかる通り、タガラバトリオンの合体はほとんど突貫工事であった。
なにせ総数20体以上、メカ単位で言えば100体以上の大合体である。
仕様も規格もバラバラのそれらを繋ぎ合わせるとなると、一晩で集めるには資材も人手もまるで足りない状況であった。
その穴を埋めたのが大量の資材を蓄えていた上、異様なまでに統率の取れた奇蟲軍団である。
奇蟲軍団のみならず、実働部隊として駆り出された百獣軍団や極悪軍団も忘れてはならない。
DX究極タガラバトリオンはまさに、悪の秘密結社アークドミニオンの総力を挙げた決戦兵器なのである。
『それじゃあわしのとっておきを食らわせてやろうかのう!! タガラバトリオンパーーーンチ!!!』
ムオオオオオオオオン!!!
唸るようなモーター音とともに引かれた腕が、巨大ロボ数台分という超質量を伴って放たれる。
大地を割る轟音とともに腰の入った巨大な拳が、神田神保神GODのゴールデンなボディに炸裂した。
「ぬううううううう!!!」
「神田神保神GOD、損傷軽微! しかし外部装甲の一部にわずかな亀裂が!」
「正直驚いたよ、怪人どもがまさかここまで手の込んだ芸を披露してくるとはね」
振動制御装置が搭載された操縦室でさえも激しく揺れる。
タガラバトリオンの拳は、巨体でもって敵を圧倒するという神田神保神の設計思想を遥かに超えた一撃であった。
『ふふ、たしかに合体は予想外だったよ。だけど神の威光が揺らぐほどじゃあない』
だがタガラバトリオンの重いパンチに対し、風見も負けじと操縦桿を倒す。
今度は神田神保神の拳がタガラバトリオンの脇腹を叩いた。
『ぐえっ! 効く……のう……!』
みしりと突き刺さった拳に、一部の回線がショートし火花を散らす。
巨大ロボの集合体でしかないタガラバトリオンは、神田神保神と違いけして装甲が厚いとは言えない。
だがもちろんそんなことは承知の上である。
『ダメージ交換合戦といかせてもらうわい!』
『望むところだよ、正義の神はけして倒れないんだ』
200メートル級の大巨人が、激しいステゴロの殴り合いを展開する。
拳が振るわれるたびに、地震計が揺れの発生を検知するほどの激しい殴り合いだ。
「結構揺れるッスね」
「サメっち、酔い止め飲むかい?」
「だいじょぶッス!」
タガラバトリオンの背中のほうにぶら下がったロボのコックピットで、サメっちと林太郎は戦いの趨勢を見守っていた。
さすがのタガラックもこの大きさでは全身の制御で手一杯なので、細かい調整やオペレーションは各操縦者に委ねられている。
しかしながら背中の部分に配置されたサメっち機は、特にやることもないのであった。
「ねえアニキ」
「なんだいサメっち?」
「背中でよかったッスね」
「……そうだね」
腕の先端部に配置されたベアリオンなどは悲惨であった。
無線からも『ガッ』とか『グォエッ』という、獣たちの呻き声が聞こえてくる。
拳が振るわれるたび、交通事故のような衝撃に見舞われていることだろう。
むしろ百獣軍団の乗機ばかりが妙に腕部に集中していることに意図的なものを感じたが、林太郎は黙っていることにした。
『むっ、なんだか両脚の動きが悪いのう。おーい、そっちはどうなっとるんじゃー?』
『少し待つのであるタガラックよ。む……このボタンがAで、これがムムム……なぜBの次がいきなりXなのであるか……?』
『天馬を待ちたる者よ、剣を取りて己が天馬とならん。魂の赴くままに駒を進めよ。さすれば駿馬は天を駆ける稲光となりて地に降り立たん。不退転の決意あらばその脚は千里を駆け、その剣は神をも貫き通すであろう』
『ほほほ、左様でございますかザゾーマ様。本日の紅茶はインドはアッサム地方から直送でございますゆえ』
右脚と左脚はドラギウスとザゾーマがそれぞれ担当している。
ドラギウスは操作方法のマニュアルを読んでもちっとも理解できず、ザゾーマに至っては優雅に紅茶を嗜んでいた。
人員の配置に関しては、いささかミスがあったと言わざるをえない。
「こりゃ様子を見てきたほうがいいな……」
「アニキ、外に出るッスか!? 危ないッスよ!」
「ちょっと腰のあたりまで行ってくるだけさ、すぐに戻る」
高さ200メートルでのクライミングとなると、さすがの林太郎も少し気が引ける。
しかし、ここで躊躇ってタガラバトリオンが破壊されでもしたら目もあてられない。
タガラバトリオンを構成するアークドミニオン陣営の中で、今動けるのはふたり乗りをしている林太郎かサメっちだけだ。
もちろん林太郎としては、サメっちに危険なラぺリングをさせるわけにはいかない。
「背に腹は代えられないってね」
林太郎は自分の腰に念入りに命綱を巻き付けると、意を決してコックピットのハッチを開いた。
「「あっ」」
林太郎が見下ろすとそこには、赤いヒーロースーツの男が必死にしがみついていた。
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