男の名は、守國一鉄。
日本初の対怪人組織、ジャスティスファイブのリーダーとして日本の未来を背負わされた男。
四人の仲間たちと共にあらゆる怪人の脅威から、戦後高度成長期の日本国を守り抜いてきた最古のヒーローだ。
ヒーローチームでは原則として“赤”がリーダーを務めるのも、全てはこの男から始まった伝統である。
『聞こえるか守國ィ! ヒーロー本部の命運はお前にかかってるんだァ! なんとしても怪人どもを叩きのめして桐華を取り戻せェぇ!!』
「……ったく丹波の野郎、相変わらず無茶を言いやがる」
ヒーローとして活動し続け30年、第一線を退いてから20年。
68歳となった守國は、再び最前線に立っていた。
羽田周辺が焦土と化す中、最古のヒーローと最強の怪人による戦闘は佳境を迎えていた。
守國必殺のアカパンチは硬い甲殻に阻まれ、桐華必殺のエネルギー砲はすんでのところでかわされる。
お互いに決定打を入れられないまま、ただ拳のぶつかり合う音だけが響いていた。
「俺のアカパンチをこれだけ受けて立っていたヤツは久しぶりだ」
「それは光栄……ですね、守國長官……!」
「だがお前ぐらいのヤツなら、俺の時代には掃いて捨てるほどいたよ」
そう吐き捨てながら、守國はその赤い拳を振りかざす。
桐華も負けじと、黒い鎧に包まれた拳で応戦する。
両者の拳が正面からぶつかり合うと、大気がいななくように震えた。
ふたりのパワーはまったくの互角……ではない。
吹っ飛ばされた黒い身体が、滑走路の端をゴロゴロと転がる。
「ウアアアアッッ!!!」
「実戦経験はまだまだ足りないようだなヒヨッコ」
「うぐ……ぐぐぐ……」
身体能力面においては、暗黒怪人ドラキリカはアカジャスティスを上回る。
しかしその性能差を踏まえてなお、守國は桐華を圧倒していた。
些細な駆け引きであったり、ほんの少しの重心移動であったり。
50年分積み重なった小さなノウハウの差が、ふたりの力量差を反転せしめていた。
「さあ引導を渡してやろう……ふんっ!」
「…………ッ!」
「ここまでされてまだ、小賢しい手を弄するか」
守國は背後から迫る長い尻尾の一撃を、一瞥することもなく掴み上げた。
完全に死角からの攻撃であったにもかかわらずだ。
秘策をいとも簡単に見破られた桐華の顔に、驚愕の色が浮かぶ。
守國は尻尾を掴んだまま、ただ力任せに桐華の身体をぶんぶんと振り回す。
ジャイアントスイングの要領で放り投げられた身体が、空港ターミナルの壁に激突した。
桐華は瓦礫に埋もれながら、呼吸を整えるので精いっぱいであった。
「小手先の技ばかり覚えて鍛錬を怠るから、いざというとき踏ん張りがきかんのだ」
「ごほっ……この期に及んで、また説教ですか。本当に老いましたね……」
「往生際が悪いぜ、お嬢ちゃん」
満身創痍の桐華に向かって、守國は銃の撃鉄のようにその太い腕を引く。
全身の細胞が悲鳴をあげ、桐華は直感的に次の拳は避けられないだろうと悟った。
守國の言う通り、幕引きの時が近づいていた。
「私はセンパイと約束したんです……」
「ほう、まだ立てるか」
脳裏をよぎるのは、ヒーロー学校での厳しい鍛錬の日々。
復讐に燃えたビクトレンジャーでの実地研修。
自分という存在の小ささを思い知った、苦い大敗北。
温かい腕の中で、涙と共に散った初雪。
肌と肌を合わせたとき、確かに感じた心臓の鼓動。
それらの全てにおいて、中心には常にひとりの男の姿があった。
桐華はフラフラとした足取りで、瓦礫を踏みしめ立ち上がる。
「よほど大事な約束なんだな。嬢ちゃんには悪いが、そいつは叶えてやれそうにない」
「叶えてみせますよ、大事な約束、私の夢……」
「だったら俺をぶっ飛ばして、この局面を超えてみせろ黛桐華ァーッ!!」
「これから私はセンパイと、いっぱい子供作るんだァーーーッッッ!!!」
赤い閃光と、黒い稲妻がぶつかり合う。
衝撃で大地に亀裂が走り、滑走路が真っぷたつに分断される。
桐華渾身の想いを乗せた拳は、守國の身体をジリジリと後退させる。
しかし桐華が林太郎への想いを背負うのと同じように。
守國もまたヒーロー本部、ひいては日本国という大きなものを背負う者である。
「ぬうううおおおおおおおおッッッ!!!!!」
守國の拳が真っ赤に燃えたぎると、一気に桐華を押し返した。
規格外のパワーを前にして、桐華の腕を覆う黒い甲殻に亀裂が入る。
「セン……パイ……!」
これが50年間、国を守り続けてきた男なのか。
桐華の顔が苦痛に歪み、直後赤い衝撃波がその身体を包み込んだ。
思わず目を瞑った桐華の身体を、ふわりとした浮遊感が包み込む。
まるで天使によって空の彼方へと連れて行かれるような、そんな感覚が桐華を抱きしめる。
痛みはない、これが死というものだろうか。
「起きろ黛、またオデコにラクガキするぞ」
桐華がゆっくりと目を開くと――。
――グリーンのマスクが太陽の光に輝いていた。
その男は桐華の身体を優しく抱いて、空港ターミナルの屋上にフワリと降り立った。
「ほう、“賢しら”がひとり増えおったか……」
「いやーはっはっは、俺を褒めても何も出ませんよ守國長官。接骨院で受付のお姉さんに言ったら、お薬多めに出してもらえるかもしれませんけどねえ」
「口ばかり達者な軟派男め……最近の怪人はお前のような腑抜けばかりだ」
「あちゃー、そりゃ大変だ。世の中俺みたいないい男だらけになったら、いい女の取り合いになっちまう」
林太郎は傷ついた桐華をそっと下ろすと、優しくその手を取った。
それは彼女への労いであると同時に、戦闘継続の意思確認でもあった。
「なあ黛、満身創痍のところ悪いんだけどさ、南極でキングビクトリーを墜としたレーザーってまだ撃てる?」
「……一発だけなら、撃てると思います」
「よーし上出来だ。なにせあの爺さんを黙らせるには、ちょっぴりカードが足りなくてね。ゆっくり休めって言ってやれなくて悪いけどさ」
「構いませんよ。センパイの無茶ぶりには慣れていますから」
桐華は林太郎の手を握り返すと、その腕に体重を預けて立ち上がった。
ふたりの怪人はお互いを信頼という糸で固く結び合い、最古のヒーローと対峙する。
「覚悟は決まったとみていいな。本気でいかせてもらうぞ怪人ども」
「それじゃあご老公には、そろそろ引退していただきましょうかね」
ヒーロー本部と怪人たちによる、第2ラウンドのゴングが鳴り響いた。
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