極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第八十話「栄光は枯れず」

公開日時: 2020年9月11日(金) 18:03
更新日時: 2020年11月6日(金) 14:46
文字数:2,570

 男の名は、守國一鉄。


 日本初の対怪人組織、ジャスティスファイブのリーダーとして日本の未来を背負わされた男。

 四人の仲間たちと共にあらゆる怪人の脅威から、戦後高度成長期の日本国を守り抜いてきた最古のヒーローだ。


 ヒーローチームでは原則として“赤”がリーダーを務めるのも、全てはこの男から始まった伝統である。


『聞こえるか守國ィ! ヒーロー本部の命運はお前にかかってるんだァ! なんとしても怪人どもを叩きのめして桐華を取り戻せェぇ!!』

「……ったく丹波の野郎、相変わらず無茶を言いやがる」


 ヒーローとして活動し続け30年、第一線を退いてから20年。


 68歳となった守國は、再び最前線に立っていた。




 羽田周辺が焦土と化す中、最古のヒーローと最強の怪人による戦闘は佳境を迎えていた。


 守國必殺のアカパンチは硬い甲殻に阻まれ、桐華必殺のエネルギー砲はすんでのところでかわされる。

 お互いに決定打を入れられないまま、ただ拳のぶつかり合う音だけが響いていた。


「俺のアカパンチをこれだけ受けて立っていたヤツは久しぶりだ」

「それは光栄……ですね、守國長官……!」

「だがお前ぐらいのヤツなら、俺の時代には掃いて捨てるほどいたよ」


 そう吐き捨てながら、守國はその赤い拳を振りかざす。

 桐華も負けじと、黒い鎧に包まれた拳で応戦する。


 両者の拳が正面からぶつかり合うと、大気がいななくように震えた。


 ふたりのパワーはまったくの互角……ではない。

 吹っ飛ばされた黒い身体が、滑走路の端をゴロゴロと転がる。


「ウアアアアッッ!!!」

「実戦経験はまだまだ足りないようだなヒヨッコ」

「うぐ……ぐぐぐ……」


 身体能力面においては、暗黒怪人ドラキリカはアカジャスティスを上回る。

 しかしその性能差を踏まえてなお、守國は桐華を圧倒していた。


 些細な駆け引きであったり、ほんの少しの重心移動であったり。

 50年分積み重なった小さなノウハウの差が、ふたりの力量差を反転せしめていた。


「さあ引導を渡してやろう……ふんっ!」

「…………ッ!」

「ここまでされてまだ、小賢しい手を弄するか」


 守國は背後から迫る長い尻尾の一撃を、一瞥することもなく掴み上げた。

 完全に死角からの攻撃であったにもかかわらずだ。


 秘策をいとも簡単に見破られた桐華の顔に、驚愕の色が浮かぶ。


 守國は尻尾を掴んだまま、ただ力任せに桐華の身体をぶんぶんと振り回す。

 ジャイアントスイングの要領で放り投げられた身体が、空港ターミナルの壁に激突した。


 桐華は瓦礫に埋もれながら、呼吸を整えるので精いっぱいであった。


「小手先の技ばかり覚えて鍛錬を怠るから、いざというとき踏ん張りがきかんのだ」

「ごほっ……この期に及んで、また説教ですか。本当に老いましたね……」

「往生際が悪いぜ、お嬢ちゃん」


 満身創痍の桐華に向かって、守國は銃の撃鉄のようにその太い腕を引く。

 全身の細胞が悲鳴をあげ、桐華は直感的に次の拳は避けられないだろうと悟った。

 守國の言う通り、幕引きの時が近づいていた。


「私はセンパイと約束したんです……」

「ほう、まだ立てるか」


 脳裏をよぎるのは、ヒーロー学校での厳しい鍛錬の日々。

 復讐に燃えたビクトレンジャーでの実地研修。

 自分という存在の小ささを思い知った、苦い大敗北。


 温かい腕の中で、涙と共に散った初雪。

 肌と肌を合わせたとき、確かに感じた心臓の鼓動。


 それらの全てにおいて、中心には常にひとりの男の姿があった。

 桐華はフラフラとした足取りで、瓦礫を踏みしめ立ち上がる。


「よほど大事な約束なんだな。嬢ちゃんには悪いが、そいつは叶えてやれそうにない」

「叶えてみせますよ、大事な約束、私の夢……」

「だったら俺をぶっ飛ばして、この局面を超えてみせろ黛桐華ァーッ!!」

「これから私はセンパイと、いっぱい子供作るんだァーーーッッッ!!!」



 赤い閃光と、黒い稲妻がぶつかり合う。



 衝撃で大地に亀裂が走り、滑走路が真っぷたつに分断される。


 桐華渾身の想いを乗せた拳は、守國の身体をジリジリと後退させる。


 しかし桐華が林太郎への想いを背負うのと同じように。

 守國もまたヒーロー本部、ひいては日本国という大きなものを背負う者である。



「ぬうううおおおおおおおおッッッ!!!!!」



 守國の拳が真っ赤に燃えたぎると、一気に桐華を押し返した。

 規格外のパワーを前にして、桐華の腕を覆う黒い甲殻に亀裂が入る。


「セン……パイ……!」


 これが50年間、国を守り続けてきた男なのか。

 桐華の顔が苦痛に歪み、直後赤い衝撃波がその身体を包み込んだ。



 思わず目を瞑った桐華の身体を、ふわりとした浮遊感が包み込む。

 まるで天使によって空の彼方へと連れて行かれるような、そんな感覚が桐華を抱きしめる。



 痛みはない、これが死というものだろうか。




「起きろ黛、またオデコにラクガキするぞ」




 桐華がゆっくりと目を開くと――。

 ――グリーンのマスクが太陽の光に輝いていた。



 その男は桐華の身体を優しく抱いて、空港ターミナルの屋上にフワリと降り立った。



「ほう、“さかしら”がひとり増えおったか……」

「いやーはっはっは、俺を褒めても何も出ませんよ守國長官。接骨院で受付のお姉さんに言ったら、お薬多めに出してもらえるかもしれませんけどねえ」

「口ばかり達者な軟派男め……最近の怪人はお前のような腑抜けばかりだ」

「あちゃー、そりゃ大変だ。世の中俺みたいないい男だらけになったら、いい女の取り合いになっちまう」


 林太郎は傷ついた桐華をそっと下ろすと、優しくその手を取った。

 それは彼女への労いであると同時に、戦闘継続の意思確認でもあった。


「なあ黛、満身創痍のところ悪いんだけどさ、南極でキングビクトリーを墜としたレーザーってまだ撃てる?」

「……一発だけなら、撃てると思います」

「よーし上出来だ。なにせあの爺さんを黙らせるには、ちょっぴりカードが足りなくてね。ゆっくり休めって言ってやれなくて悪いけどさ」

「構いませんよ。センパイの無茶ぶりには慣れていますから」


 桐華は林太郎の手を握り返すと、その腕に体重を預けて立ち上がった。

 ふたりの怪人はお互いを信頼という糸で固く結び合い、最古のヒーローと対峙する。


「覚悟は決まったとみていいな。本気でいかせてもらうぞ怪人ども」

「それじゃあご老公には、そろそろ引退していただきましょうかね」


 ヒーロー本部と怪人たちによる、第2ラウンドのゴングが鳴り響いた。



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