冬終盤、2月も半ばを迎えた悪の秘密結社アークドミニオン地下秘密基地。
しかし地上の寒さとは裏腹に、基地内の女怪人たちは異様なまでの熱気を放っていた。
「ぐしゃしゃしゃ……アタシの毒で動けなくしたところを……しゅるるり」
「いっそアキレス腱を切って逃げられなくするのも手だニャンな……ひょひょひょっ」
「アハァン、いっそこうなったら誰よりも早く力づくでぇ……むきむきっ!」
蛇の身体を持つ女が口から毒液を垂らし。
バーテン服を着た猫耳の少女が鋭い爪を研ぎ。
10メートルはあろうかという巨大な女が見事な筋肉をたぎらせる。
熱気は殺気と化し、求愛の炎となってそこかしこで燃え上がっていた。
恋は戦争というがひとりひとりが一騎当千の怪人となれば、もはや戦争にたとえるのも生ぬるい。
殺戮兵器じみた何十人もの女怪人たち、その誰も彼もがひとりの男を狙い略奪も辞さない構えであった。
彼女たちが狙うのは、新進気鋭にして将来有望な新設軍団を率いる若き将軍。
女たらし、好色家、どすけべ、性豪、リニアモーターカーなみに手が早いと噂される色男である。
そんなことはつゆ知らず。
当の標的、極悪怪人デスグリーンこと栗山林太郎は、アークドミニオンの今後の方針を決める幹部会議に出席していた。
「みな知っての通り、関東一円は既に我らアークドミニオンの配下にある。だが当面は百獣軍団率いる北部方面軍の立て直しを……」
戦術ではなく戦略レベルの話となると、取り仕切るのはもちろんアークドミニオン総帥ドラギウス三世、そして以下四人の幹部と副官が顔をそろえる。
各方面軍の報告会も兼ねた会合はつつがなく進行し、そろそろお開きかと思われたそのとき、ドラギウスの顔が急に険しくなった。
「……それでは最後となるが、これより最も重要な案件について議論を交わすのである」
ドラギウスの刃のような鋭い目がギラリと光る。
ただならぬ空気に、林太郎をはじめ他の幹部たちもごくりと唾を飲んだ。
「長らく三人体制であった幹部クラスも、このたび林太郎を加え四人に増えた……。それに伴い“三幹部”の呼称を改めるのであーる!!!」
ズバババババーーーンッッッ!!!
地の底から響くようなハスキーボイスと共にひっくり返されたホワイトボードには、“超重要議題”と大きく赤い文字で書かれていた。
「あの……それってそんなに大事ですかね?」
肩透かしを食らった林太郎は呆れたように指摘する。
しかしその林太郎の呟きをさえぎるように、幹部連中が次々と声を荒げた。
「ガハハハハ! それはもちろん“四武衆”に決まってるぜえ!」
「脳ミソまで筋肉なクマちゃんとインテリキャリアでプリチーなわしを、そんなゴツイ肩書きで一緒くたにせんでほしいのう。ここは“闇の四聖騎士”で決まりじゃろう!」
「其は崇高なる月の道標、静寂を以て竪琴を奏でし語り部なれば、暗夜に惑いし羊の群れを永久へと導くは白丁花の香り。夢現の岐路に立ちて梼昧なる墓守に黄金の在り処を示さんとするものなり」
「ザゾーマ様は『“Quartet”が良い』と仰っております」
「ざっけんなあ! そんな背中がかゆくなるような肩書き名乗れっかよお! おい兄弟、お前も“四武衆”がいいよなあ?」
体毛を逆立てた百獣将軍ベアリオンが、ガッチリと林太郎の肩を抱き同意を求める。
獣の目は血走り、“四武衆”への熱い思いが肉球を通して伝わってくるようだ。
「いや心底どうでもいいですよ、もういいんじゃないですか“四天王”とかで」
「ばっきゃろう! どう考えても“四天王”だけはねえだろお! どうしたんだよ兄弟、調子悪いのかあ!? もっと肉を食え肉をお!」
「かーっ! 林太郎、この期に及んで“四天王”とは……。おぬし腕は立つのにネーミングセンスはいまいちじゃのう。いまいちというか、もうトホホじゃな。トホホセンスじゃ! バカトホホ!」
「麒麟が如き瑞獣も四肢の毛一本に至らば地鼠に倣うものなれば。気高きその身を激烈なる業火に翅を焼かれ、魂さえも炭と成り果てるべし」
「ザゾーマ様は『きっと疲れていらっしゃるのでしょう、今日はもう休んだ方がいい』と仰っています」
三幹部から総叩きを食らった林太郎は、みんなから見えないように机の下でこっそりと泣いた。
副官として同席していたサメっちが心配そうに声をかける。
「アニキ、元気出してッス。誰にでも欠点のひとつやふたつあるッスよ」
「ううう……サメっち、フォローありがとう……」
「でもさすがのサメっちも“四天王”はちょっと無いかなって思うッス」
「………………」
トドメを刺された林太郎は、議事堂の壁にへばりついて灰色の石像と化した。
おざなりな返事をしたのは確かに林太郎の失態であった。
しかし“四天王”はそんなにダメだろうか。
ひょっとして怪人たちにとっては、知っていないと恥ずかしいレベルの一般常識なのだろうか。
5時間後、侃々諤々の議論の末、結局新名称は“四幹部”に決定した。
だったら四天王でも良かったんじゃないかと思いもしたが、林太郎は涙と一緒に心の中に留めておくことにした。
…………。
その日の夜、“祝『四幹部』呼称決定記念大祝賀パーティー”が大々的に行われた。
何かと理由をつけて騒ぎたがるアークドミニオンの怪人たちであったが、今日はなにやらいつもと様子が異なっていた。
なんというか、男女ともにそわそわしているのだ。
「なんだ? 今日はいつもに比べて、みんなずいぶん静かだな」
「林太郎、ひょっとして気づいてないのか……? その……」
妙にみんなから距離を置かれていた林太郎に最初に近づいてきたのは、先日晴れて林太郎の部下となったソードミナス・剣持湊であった。
んんっと咳ばらいをすると、湊は綺麗にラッピングされた小袋を林太郎に手渡す。
なかば強引に押し付けられたその袋からは、ほんのりと甘い香りがした。
「ありがとう……なあ湊、これって……?」
「みなまで言うな、私だってその、恥ずかしいんだ」
林太郎がリボンを解いて袋を開けると、中にはハートの形をした小粒のチョコレートがたくさん詰まっていた。
その段になってようやく林太郎も理解する。
「そうか! 今日バレンタインデーか!」
「みっ、みなまで言うなって言ってるだろぉ! 違うんだぞ、これはそのアレだぞ! 日頃の感謝を込めてだな……。手作りといったってこれは試しに作ってみたもので……」
「本命?」
「ほんっ……!」
湊の頭の上からポンポンと、汽車の煙のようにテーブルナイフが飛び出す。
耳まで真っ赤になった湊は「うわあああ!」と叫びながら走り去ってしまった。
後にポツンと残された林太郎であったが、その肩をポンと叩かれる。
「相変わらずの色男であるな、林太郎?」
「どっ、ドラギウス総帥!?」
「クックック……そう、我輩である! 今日は覚悟しておいたほうがよいぞ?」
そう言われて林太郎が周囲に目をやると、あちらこちらに林太郎へ熱い視線を注ぐ女怪人たちの姿が見えた。
誰しもが恥ずかしそうに顔を伏せ……たりはせず、まるで村人をさらってきた山姥のように狂気的な笑みを浮かべている。
中にはクラウチングスタートばりに姿勢を低くして、突撃の機会を伺っている者もいた。
「モテモテであるな林太郎! だが我輩の若いころはもっとモテたのである!」
「なんですかアレ、俺の命を狙う殺し屋か何かですか?」
「クックック、みなタイミングをはかっておるのよ。気を抜けば津波のように一斉に押し寄せてくるぞ」
「なるほど、お互いに牽制しあってるってわけですか」
そんな中、女たちの垣根を割ってひとりの少女が颯爽と歩み出た。
パーカーフードを揺らしながら、サンタクロースのように肩から大きな袋を下げたサメっちである。
「アニキぃー、竜ちゃーん。探したッスよーぅ」
サメっちはふたりの前で袋をゴソゴソと漁ると、青いリボンで巻かれた手のひらより少し大きなサイズの箱をドラギウスに差し出した。
「サメっちは今年もみんなにチョコ配るッスよ、はい竜ちゃんのぶんっス」
「フハハハハ! 今年もありがとうなのであるサメっち! ハァーッハッハッハ! 見よ林太郎、毎年我輩のチョコが一番大きいのである! 見よこれぇ!」
満面の笑みを浮かべたドラギウスは、自慢するかのように林太郎に綺麗な箱を見せびらかした。
「はいアニキのぶんっス! アニキのは特別に一番大きいやつッスよ!」
「ああ、ありがとうサメっち……いただくよ」
「……ふはっ、ふは……」
「………………」
林太郎が受け取った箱は、ドラギウスが貰った箱と比べて3倍ほどの大きさであった。
「それじゃサメっちはオジキたちにも配ってくるッスよー、また後でッスー!」
「………………………………」
「………………………………」
去っていくサメっちの背中を見送りながら、林太郎は真横からこれまでに感じたことのないプレッシャーを感じていた。
ドラギウスがいったい今どんな顔をしているのか、恐ろしくてとても首を横に振ることができない。
「…………………………………………」
「……………………………………あの」
息が止まるほどの沈黙のあと、ドラギウスが音もなく立ちあがった。
そしてスゥッと息を吸い込むと――。
「なるほどぉーっ! 林太郎は今甘いものが食べたい気分なのであるかーっ! では我輩はそろそろお暇するのであーるっ!」
「ちょ、ちょっと待っ……!」
林太郎の目の前で空間が闇色に裂け、ドラギウスはまるで闇に溶け込むように姿を消してしまった。
そしてドラギウスの言葉を引き金に、何十人という女怪人が一斉に林太郎へと殺到する。
「デスグリーン様あああああああッ!!!」
「オラッ! とっととチョコ食うんだよオラッ!!!」
「私のチョコ食えや! むしろ私を食えや! 今すぐここでいけや!」
「っしぁぬっんるるっさォンォウ!!!」
ハイエナの檻に突き落とされた死にかけのライオンの如く。
抵抗する暇すら与えられず、林太郎の姿は雌の波の狭間に消えた。
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