ここは日本中のヒーロー組織を統括するヒーロー本部。
正式名称“国家公安委員会局地的人的災害特務事例対策本部”である。
「くっそオオオォォォォ!!! 敵に情けをかけられるなんて!!!」
レッドこと、暮内烈人の魂の叫びが、会議室にこだまする。
「それで? 尻尾巻いて帰ってきちゃったの?」
「申し訳ありません司令官! しかし極悪怪人デスグリーンは俺たちの想像を遥かに超える化け物です!」
もはや広い会議室を使う必要はあるのだろうか。
そう疑問に思えるほど、ビクトレンジャーの規模は縮小していた。
しかし、あの戦闘で深い傷を負ったものの、黄色い男は生きていた。
「あやつは弱いふりをしておったのでごわす! 一筋縄ではいかん相手でごわす! そうでなければこのわしが油断など……はふはふっ!」
ビクトイエローは全国のヒーローを見ても、頭ひとつ飛び抜けたタフネスを誇る。
あれだけの攻撃を食らってもピンピンしているのはさすがであった。
といってもさすがに受けたダメージは深刻であり、朝からずっとカロリーを摂取し続けているのだった。
「さすがイエローだ! レスキュー隊のヘリで運ばれたときはマジで死んだと思っていたぞ!」
「わしを舐めてもらっちゃあ困るでごわす! ヒーローは身体が資本、ビクトレンジャー最前線担当は伊達じゃないでごわす! むっしゃむっしゃ!」
「あのさ、カレー食べながら話すのやめない? 僕の服にも匂いつきそうで嫌なんだけど」
会議室はカレーのスパイシーな香りで満たされていた。
「これは申し訳ないでごわす司令官殿! デスグリーンめ、必ずリベンジしてやるでごわす! ごっつぁんです!」
18杯目のカレーをたいらげたイエローは、持参した胃薬をザラザラッと口に流し込んだ。
「相変わらずすごい食べっぷりだなイエロー!」
「……ごっくん、ふう。おかげさまで胃薬が手放せんでごわ……す……す……うっ……!」
次の瞬間、イエローの手から空になったコップが滑り落ち、パリンと砕け散った。
ギョルルルルルルルルルルルルルルルルルル!
という重機でトンネルでも掘っているかのような音がカレー臭い会議室に響き渡る。
「なんでごわす……? 急に、は、腹の調子が……あっ、おっほおおおおおおお!!!」
「イエローどうした? イエロー? イエロー! イエロオオオオオオオ!!!」
その日、イエローは上司と同僚の目の前で赤ちゃんに戻った。
…………。
ところかわってアークドミニオン医務室。
長身の乙女、ソードミナスが林太郎の傷の手当てをしていた。
「……下剤?」
「正確には脂肪を溶かすダイエットサプリだよ。そいつをイエローがいつも持ち運んでる錠剤とすり替えてきただけさ。すごいんだこれが、1粒飲んだらなにがなんでも30キロは痩せるらしいぞ」
「原理はわからんが……そんなもの人が飲んで大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから発売禁止になったんでしょうよ」
林太郎の手には毒々しい色のラベルのビンが握られていた。
“効果抜群すぎてアメリカでは発売禁止! 400キロの女性がたった3ヶ月で40キロに! 1粒でお腹とお尻がネオナイアガラ瀑布”
「オーバーキルなんじゃないのかそれ……」
「殴ったのはサメっちのぶん、下剤は俺のぶん」
「クリリンのぶんか」
「それ二度と言わないでね……おお、沁みる……!」
昨夜の戦闘の傷は思いのほか深い。
ハリテを受けた頬はもちろん、壊れそうなほど振り回された全身がひどく痛んだ。
だが林太郎には問いたださねばならないことがある。
もちろん魔改造されたビクトリー変身ギアのことだ。
あの禍々しい容姿はもちろん、性能面でも従来のビクトリースーツを遥かに凌駕する。
林太郎の全身をくまなく覆う痛みの原因の9割はそれのせいだ。
医務室を出ると、林太郎はドラギウス総帥のもとへと直行した。
サメっちは絶対安静と診断されたので今日はひとりである。
ソードミナスを連れてくるという案もあったが、本人が総帥を前にすると緊張しすぎて色々出てしまうと言うので置いてきた。
林太郎がはじめてアークドミニオンに連れてこられた際にも訪れた、暗黒密教の聖堂のような巨大空間。
目的の人物は、やはりその最奥にいた。
「クックック……フハハハハ……ハーッハッハッハッハ!! ……なんだ林太郎か。まあ待つのだ、要件はわかっておるぞ!」
大地を揺らすような笑い声、我らが総帥ドラギウス三世は悪戯っぽくニッと口角を釣り上げた。
「やはり、わかりますか」
「もちろんだとも。ずばり、ビクトイエロー撃破祝賀会のタイトルを自分で考えたいのであろう? フハハハハ、やはりそうであろうな! 今着々と準備を進めておる、しばし待つがよい。とりあえず今回は強敵……いや大敵でいこうと思うのだがどうであろうか。ううむ、やはり大が多すぎるか……」
「いやビクトリー変身ギアですよ! アレなんなんですか!」
林太郎はビクトリー変身ギアを水戸黄門の印籠よろしく突き付けた。
もちろんそれで“控えおろう”する悪の総帥ではない。
「うむ、教導軍団から要望があってな。戦闘員のスーツ改良に役立てるため、少し仕組みを調べさせてもらったのだ」
林太郎の知らないうちにヒーロー最大の機密情報が、がっつり悪の秘密結社に漏洩していたことが判明した。
「タガラックと色々いじくり回したのだが……。なんかその、触っているうちにテンションが上がってしまったのだ……フハハハハ! 我輩も男の子であるからして!」
「だからって俺に黙ってやることはないでしょうに」
「ずっと部屋に放置しておったみたいだから、ちょっとぐらいいいかなって我輩思っちゃったのであるもん」
そう言うと老紳士は頬をプウッと膨らませた。
凶悪な眼光でカワイイオーラを出されてもミスマッチ感が逆に怖い。
激辛四川料理にチョコレートソースをぶっかけるようなものである。
林太郎は常々思っていたが、この男は悪の総帥と呼ぶには茶目っ気が過ぎる。
故に、まるで霞のように真意が掴めないともいえるが。
「一応聞きますが、これ元に戻るんですか?」
「なにゆえ元に戻す必要があるのだ? 林太郎にはもう必要のないものであろう?」
「そりゃあ……そうかもしれませんが」
昨夜林太郎は自身の正義のため、遂にヒーロー本部との決別を果たした。
だが勝利戦隊ビクトレンジャーという肩書きに、未練が無いと言えば嘘になる。
『極悪怪人デスグリーンが相手をしてやる!』
勢いであんなことを口走ってしまったが、林太郎は自身が怪人になるということを未だに実感できていない。
なにせ今まで散々怪人組織を壊滅させ、多くの怪人を正義の名のもとに検挙してきたのだ。
自分の気持ちひとつで過去が変わるわけでもなければ、これから未来永劫隠し通せるわけでもない。
このアークドミニオンに籍を置くということ自体が、林太郎にとっては時限爆弾を抱えているのに等しかった。
「ククク、だが面白いものが見れた。その“デスグリーン変身ギア”はおぬしが持っておくがよい。人間のおぬしには、必要なものであろう」
「いやもともと俺のものですよ!」
思わず突っ込んだ林太郎だったが、一瞬耳をかすめた言葉に違和感を覚えた。
「……人間? 今人間って言いました?」
「どきっ! なんのことであるか? 我輩知らないのである。林太郎は怪人ではなく人間なのであるか?」
「いや人間じゃないですけどね! 確認ですよ確認、ね! 俺が人間なわけないじゃないですかやだなーもうほんとビックリしちゃうんだかららら」
「「…………」」
ふたりの間に、とても気まずい沈黙が流れた。
「……いつからご存知だったんですか?」
「……我輩、最初から知ってた」
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