医務室前には、ウサニー大佐ちゃんによってボロボロにされた怪人たちが寝転がっていた。
数多の屍を築き上げた軍服ウサミミ眼帯女子の赤い瞳が、廊下の隅で怯えるソードミナスを捉える。
「むっ? 貴官はソードミナス衛生兵長ではないか。羽田決戦では世話になったな」
「あひィッ! お願いだァ痛いことはやめてくれェ! やだァーーーッッ!!」
「私とて誰彼構わず鞭を振るうわけではない。いいから落ち着け。おちっ……くそっ……! おい誰かモルヒネを持ってこい!」
――十分後、医務室でソードミナスとウサニー大佐ちゃんが怪我人たちの手当てをしていた。
「ううう、ウサニー大佐……ちゃん? これは私の仕事だから、手伝わなくても……」
「弛みは弛みとして戒め、怪我は怪我として癒す。上官として当然のことだ」
さもありなんと、そう言ってウサニー大佐ちゃんは手際よく包帯を巻いていく。
厳しい体罰を受けたばかりのザコ戦闘員たちは、彼女の献身的な介抱に目頭を熱くしていた。
「俺は一生、ウサニー大佐ちゃんについていくでありますオラウィッ!」
「オイラも右に同じでありますウィッ! ウサニー大佐ちゃん万歳ウィッ!」
「っしぁぬっんるるっさォンォウ!! うぉォゥンヌ!!」
彼らは己の傷をものともせず、厳しくも優しい上官に忠誠を誓うのであった。
傷の原因を作ったのは、当のウサニー大佐ちゃん本人なのだが。
ソードミナスは思う、これは賞罰を巧みに用いた悪質な洗脳なのではないかと。
全員の治療が終わったところで、ウサニー大佐ちゃんはソードミナスに礼を述べた。
「貴官の仕事を増やしてしまってすまなかったな、助かったぞソードミナス衛生兵長」
「それは構わないけど……なんでいきなりこんなことを?」
「……まったく情けない話だ。このところのデスグリーン伍長の腑抜けっぷりに、引きずられるバカが後を絶たん有様でな」
ここわずか2ヶ月足らず、デスグリーンを起爆剤としたアークドミニオンの躍進はすさまじかった。
東京23区の一角から関東一円にまで一気に勢力を拡げ、一躍日本有数の大所帯を誇る怪人組織となった。
だが急激な組織拡大は同時に多くの問題を伴う。
中でも特に顕著なのが“規律の乱れ”である。
ここ数日、ウサニー大佐ちゃんはたるみ切った空気の引き締めに奔走していたが、ついに今日堪忍袋の緒が切れたのであった。
「ただでさえクセの強い連中だぞ? 数が増えればそれだけトラブルも増える。そこにあって規範となるべき者の痴態は、風紀の乱れとして如実に現れるものだ」
「ち、痴態……?」
「聞けば遊園地でハメを外しすぎて倒れたそうじゃないか。その上、二日酔いで医務室のベッドを占領していたという報告もある」
「それはその……うん……」
いずれの案件にも深く携わっているソードミナスは、一応弁解も試みるも何も言い返すことができなかった。
「あまつさえ、ち、恥部を露出して全世界に公開ときた! ままま、まったく何を考えているんだあの男は! 今も部屋にこもって何をしているのかわかったものではない!!」
ウサニー大佐ちゃんも例の動画と“リトルグリーン”はバッチリとご覧になったらしい。
ただでさえ醜態続きで、怪人たちの風紀に悪影響を及ぼしていたところにこの仕打ちである。
加えてアークドミニオン地下秘密基地内のあちこちで、触発された模倣犯たちによるストリップショーが散発的に開催されるという始末だ。
新人教育を一任されているウサニー大佐ちゃんの怒りが、瞬間湯沸かし器よろしく怒髪天を衝くのも致し方ないことであった。
「最近加わった連中の多くは出世頭のデスグリーンを慕っている。なればこそ、軍団の長として威厳ある態度でいてもらわねば困るのだ」
「まあまあ、林太郎にも事情はあるんだ……大目に見てやってくれないか」
「……貴官は少し、甘やかしが過ぎるな」
ウサニー大佐ちゃんは赤い目をすっと細め、ソードミナスの顔をじっと見つめる。
ソードミナスはまるで先生に叱られているかのようなプレッシャーに負け、そっと目をそらした。
彼女の委縮っぷりを察してか、ウサニー大佐ちゃんは大きく息を吐き落ち着いた声音でソードミナスに語り掛ける。
「……私は貴官とは良き友人でありたいと思っている。だからこそ警告しよう。優しさは貴官の美徳だ。だがそれも行き過ぎれば毒となる。特に、男にとってはな」
「うぐっ……」
「すまない、気を悪くしたなら謝ろう」
言葉を詰まらせたソードミナスを見て、ウサニー大佐ちゃんは静かに頭を下げた。
「いや……気にしないでくれ……」
「そうか、また世話になったな。私はこれで失礼するが、何かあったら私のことも頼ってくれ」
ウサニー大佐ちゃんはそう言うと、鞭を手に取り医務室を後にした。
きっとまた秘密基地内の見回りに戻るのだろう。
百獣軍団のナンバー2として事務仕事を一手に担いつつ、教導軍団の長として新人教育を任されるウサニー大佐ちゃんは極めて多忙の身だ。
ソードミナスはつくづく思う、あれほどに“強い”女性はそうそういないだろうと。
「あんな風になれたら……私も林太郎の役に立てるのかな……」
優しさと厳しさを巧みに使い分け、アークドミニオンで最も働き者である“友人”の言葉は、重く心に響いた。
ふと、ベッドの上に置かれた一冊の週刊誌が目に入った。
おそらくウサニー大佐ちゃんが、ザコ戦闘員から没収したものを忘れて行ったのだろう。
ソードミナスはかねてより、週刊誌やファッション誌に目を通すことが少なかった。
なにせ身長が高すぎるせいで、そもそも乗れる流行が限られるという事情がある。
しかしその週刊誌の表紙に書かれた煽り文句が、彼女の目を驚異的な吸引力でひきつけた。
『その恋ほんとに大丈夫? 男をダメにする女子、徹底解剖!』
「男を……ダメにする女子……!?」
ソードミナスの脳裏に『甘やかしが過ぎれば男にとっては毒になる』というウサニー大佐ちゃんの言葉が蘇る。
「は、ははは、まさか、私に限ってそんな……」
口では否定しながらも、ソードミナスは週刊誌のページをペラペラとめくっていた。
もし自分がそうであるならば、今の自分は林太郎の役に立つどころか、足を引っ張っているだけということになる。
そんな毒にも薬にもならないものを見てはいけないと思いつつも、その瞳はお目当ての記事を見つけてしまった。
「なになに……以下の特徴に当てはまるアナタは、イイオトコをワルイオトコにしてしまうダメンズ製造機です……? そ、そんなに当てはまったりしないと思うけど……」
『★特徴その1、押しに弱い。強引に迫られるとなんでもしてあげちゃう、膝枕とかでも』
「ウグーーーッ!」
初手からピンポイントで急所を突かれたソードミナスは、大きくのけぞった。
当てはまるどころか、つい先日書かれているままのことを実行したばかりである。
ソードミナスは早くも瀕死になりながら、ページをめくった。
『★特徴その2、面倒見がいい。ついつい目を離さず尽くしちゃう、二日酔いとかでも』
「ハッグゥーーーーーッッッ!!」
立て続けに週刊誌の的確なワンツーパンチが、ソードミナスの心臓を襲う。
これが試合であったならば、既にタオルが投げ込まれてもおかしくない状況であった。
ソードミナスはHPゲージを点滅させながら、ページをめくった。
『★特徴その3、自分に自信がない。すぐに助けてもらっちゃう、ちょっとしたピンチでも』
「ンンンンンンンンンンンッッッッッ!!!??」
それは記事というよりも、もはやソードミナスの日記であった。
ここまで全ての特徴と1%の誤差もなく完全に合致しており、恐怖さえ覚えるほどであった。
ソードミナスはもはや死に体となりながら、最後の力を振り絞ってページをめくった。
『★特徴その4、恋愛経験が少ない(処女である)』
「ヌワアアアアアアアアアーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!」
全身を真っ白な光に包まれたソードミナスは、大気圏に突入する人工衛星よろしく灰となって粉々に砕け散った。
断末魔の叫び声を聞きつけて、アークドミニオンの怪人たちが医務室に集まる。
「ソードミナスぅー? なんか凄い声がしたッスよ? はうッ!?」
「いったい何があったんですか……はうァッ!?」
怪人たちはその姿を見るや否や、一様に口を押さえて言葉をのんだ。
部屋の中央、真っ白に燃え尽き静かに涙を流すソードミナスがそこにいた。
「うぅ……私……製造機だった……製造機業界のシェア独占してた……」
「言ってる意味がまったくわからないッス!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーん!!!!!」
ソードミナスは皆が見守る中、サメっちの胸の中でバターナイフをボロボロこぼしながら2時間ほど泣き続けた。
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