「どこいったッスかねえ?」
「あんなデカいやつ、すぐ見つかると思うんだけどなあ」
なにせ2メートル近い背丈に加えて、あの見るからに怪しい出で立ちである。
むしろ見失う方が難しいかと思われた。
「アニキ、あそこッス!」
「うん? あのカップルはクリスマスまでに別れると思うよ」
「違うッス! その手前ッス!」
サメっちが指さす先に、ひと振りのナイフが転がっていた。
先ほど鯛焼きくんを死に至らしめた凶器と同じものである。
「逃げながら落としていったのか……って! なんじゃこりゃ!」
そこから1メートル間隔で包丁、円月刀、ククリ、カトラスなどありとあらゆる刃物が無造作に転がっていた。
中には刃渡りだけでサメっちの背丈を超えるほどの大業物まであるではないか。
「いったい何本隠し持ってたんだあいつ……」
「あ、いたッス!」
刃物の道を辿って行ったその先、綺麗に刈り整えられた茂みからコートの裾が見え隠れしている。
林太郎たちはまた逃げられないよう息を殺してソードミナスの背後から忍び寄り、一斉に飛びかかった。
「うきゃーーーっ!!!」
「確保ッスゥ!」
「こいつめ! 手こずらせやがって!!」
林太郎はソードミナスの両腕をガッチリと背後でホールドし、膝をつかせて押さえ込むとサングラスとマスクを剥ぎ取った。
元来怪人の検挙を生業とする林太郎にとって、拘束など慣れたものである。
どれだけ多くの刃物を持ち歩いていようが、背後に回って四肢を封じられれば抵抗のしようがない。
「うへへ、ようやく捕まえたぞソードミナス。さあ抵抗せず大人しくついてこい。暴れたらその綺麗な顔が涙と鼻水でドロドロになるまで辱められちまうかもなあ……」
この姿を見て林太郎をヒーローだと思う者はどれほどいるだろうか。
ソードミナスを完全拘束した林太郎の顔は、闇から生まれた邪悪そのものであった。
さながら生娘をさらって手ごめにしようとたくらむ悪徳商人である。
「やだぁーっ! 放せーっ!」
「うはははは、いい格好だなソードミナス! サメっち縄だ! 縄持ってこーい!」
「くそぅ! こんなところで捕まって……たまるかーっ!!」
羽交い絞めにされたソードミナスの全身が強張る。
次の瞬間、刃のような緊張感が膨れ上がったかと思うと――
「アニキ危ないッス!」
林太郎はサメっちによって無理やりソードミナスから引きはがされた。
次の瞬間、林太郎のいた空間、つまりソードミナスの背後を無数の日本刀が刺し貫く。
刀はコートを突き破り、ソードミナスの背中から“生えて”いた。
「そそそ、それ以上、私に近寄るなケダモノっ!」
ソードミナスが構えると、分厚い手袋を切り裂きながら大振りの鉈が出現した。
両手に大鉈、背中に無数の刀剣を携えた長身の女。
その怯えた顔は、既に半分ほど獣のそれに変化していた。
「私の名をどこで知った? 私のことをどこまで知っている? 公安か? 公安なんだな! くそっ、公安め! どうだ答えろ!」
コートの背中を切り裂きながら、次々と多種多様な刃物が文字通り剣山のように生い茂る。
剣山怪人ソードミナス、その姿はまるで外敵を威嚇するヤマアラシのようであった。
「ストップストップ! 悪かったよ! まずは俺の話を聞いてくれ!」
「うるさい黙れぇーっ!」
「自分から質問しといてそれかよ!」
林太郎は己の頭目掛けて振り下ろされる数多の刃を掻い潜りながら思い出していた。
彼が幾たびの死線を潜り抜け相対してきた存在、怪人とは元来こういうものなのだ。
粗野で、乱暴で、道理が通じず、非文化的で、無関係の人間にも平気で危害を加え、暴力で他を圧する。
それがヒーロー学校で最初に習う、怪人という存在の脅威である。
「俺たちはアンタを迎えに来ただけだ。そんなもの捨ててこっちにこいソードミナス」
林太郎はソードミナスをなだめるよう、出来うる限り友好的な笑顔で語りかけた。
ニタァ……。
ここで説明しておこう、林太郎は笑顔がとても苦手なのである。
どれほど表面を取り繕おうとも、心の根っこの腐った部分が顔に出るのだ。
ちなみにヒーロー学校時代、この笑顔のせいで後輩たちから『毒蛇』と呼ばれていたことを彼自身は知らない。
「ヒィ! こっ、断る! こっちにくるなっ!」
「ちっ……実力行使しかねえってか!」
ソードミナスが大鉈を振るうたび周囲に鋭い剣がバラまかれる。
それはさながら、荒れ狂う刃の竜巻であった。
局地的人的災害とはよく言ったもので、怪人というのは法的には人ではなく事象に分類される。
ゆえにヒーローとしての職務には本来、怪人との“対話”というものは存在しない。
ただ無力化し、可能な限り検挙して収容施設に送るだけだ。
もちろん抵抗が激しい場合は“鎮圧”や“処理”も許されている。
そしてその“鎮圧”こそ、林太郎が最も得意とするところであった。
「最初からこうすりゃよかったなあ……じゃあちょいと痛い目見てもらおうか」
怪人という悪しき厄災に対抗する力、それが正義のヒーローの本分である。
その言動と、とてもお茶の間に流せない悪人顔はさておき、この男は仮にも7つの組織を壊滅させたヒーローなのだ。
加えて彼が所属する、あるいは所属していた勝利戦隊ビクトレンジャーは東京本部所属のエリートである。
林太郎が持つ本来のポテンシャルは、全国でもトップクラスであるということだ。
次々とこぼれ落ちる剣の一本を拾い上げ、林太郎はソードミナスの剣筋を捌いた。
火花を散らしながら、迫りくる刃を器用に弾いて隙を作る。
ソードミナスは十数本の剣を振り回しながら、林太郎のたった一本の剣を攻めきれず苦痛に顔を歪めた。
「くっ……! なにそれぇ!? どうなってるんだよぉーーーッ!?」
「ザコには一生わからないだろうよ」
これだ、これこそが栗山林太郎という男の本性だ。
怪人たちに囲まれて祀り上げられている極悪怪人デスグリーンは偽物だ。
柄を握った手のひらから伝わる硬い感触に、林太郎は自分自身のヒーローとしての矜持を思い出そうとしていた。
「こいつが俺のやり方だ!」
「ひぃっ!」
林太郎の鋭い反撃がソードミナスに届かんとした、まさにそのとき。
「待ってほしいッスーーッ!」
凶刃がソードミナスの首筋に触れる直前でピタリと止まった。
「サメっちたちも怪人ッス! ソードミナスを助けに来たッス! ね、ね、アニキ! そうッスよね!?」
「……ソウダヨー、ボク怪人、ヨロシクネ」
林太郎の剣から濃密な殺気が霧散する。
それと同時に獣と化したソードミナスの顔が、みるみるうちに元の人間の顔に戻っていった。
「それ……ほんと?」
「ほんとッス。アニキとサメっちは秘密結社アークドミニオンの使いパシリッス」
「公安じゃなくて?」
「公安じゃないッス」
「公安ジャナイヨー」
お忘れかもしれないが栗山林太郎はまごうことなき公安、ヒーロー本部の職員である。
今は怪人デスグリーンという、世を忍ぶ仮の姿をまとっているだけだ。
「な……」
ソードミナスの手から鉈が滑り落ちる。
「なまら怖かったよおおおおおお!!!!!」
そう叫ぶとソードミナスは大声でわんわんと泣き出した。
背中からたくさん生えていた剣が、ガシャンガシャンと盛大に音を立てて周囲に散らばる。
林太郎は自分の手に未だ握られたままの剣を見つめていた。
その刀身には、ヒーローとも怪人ともつかない澱んだ瞳が映っている。
「一件落着ッスねアニキ。……アニキ? どうしたッスか?」
「いや、なんでもないよ。行こうかサメっち」
とどめを刺そうとしたあの瞬間、サメっちの叫びよりも前に、林太郎の剣は止まっていた。
(怪人に手心を加えた? ……この俺が? ……ばかばかしい)
林太郎は頭をよぎるささやかな不安と一緒に、剣を公園の池に捨てた。
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