重いまぶたを開くと真っ白な天井が見えた。
頭が痛いのは昨夜遅くまで続いた宴のせいか。
それともあまりにも色々なことが起こりすぎて脳が追いついていないのか。
「ここは、そうか。俺、悪の組織に……」
林太郎はぼんやりと昨日のことを思い出していた。
一見すると豪華ホテルのスイートルームのようなこの部屋も、敵の秘密基地内だと思うと気が滅入る。
いっそこのままずっと眠っていようか。
林太郎がそう思ってベッドに身体を横たえたまま部屋を見渡すと、大きなトラバサミが目に入った。
……トラバサミ? その鋭く尖った刃が林太郎の顔面目掛けて勢いよく閉じ――
ガッチィンッ!!
「あっ……ぶねぇ!!」
すぐ目の前ほんの数センチで、研がれたナイフのような牙が交差する。
林太郎は思わずライオンを見つけたシマウマのように飛びはねた。
主を失ったキングサイズのベッドでは、牙をガチガチと鳴らしながら少女が寝息を立てていた。
「うみゅん、もう食べられないッスぅ……」
今まさに食べられそうになったのだが。
昨夜の記憶は曖昧だが、どうやらサメっちは林太郎が寝ている間に潜り込んできたらしい。
起き抜けにとても嫌な汗をかいた林太郎は備え付けのユニットバスでシャワーを浴びることにした。
昨夜の悪夢を振り払うように、熱いお湯を頭からめいっぱい浴びる。
ちなみに林太郎がいたヒーロー下宿ではシャワーは共用で水しか出なかった。
そう思うと怪人がこれほど恵まれた環境で生活しているという事実には、もはや乾いた笑いしか出てこない。
だがいかに住環境が整っていようがここは悪の本拠地。
数多の凶悪で無慈悲な怪人どもが巣食う魔窟である。
林太郎は一刻も早くこの窮地から脱出し、ヒーロー本部に戻らねばならない。
そして林太郎の邪悪な頭の中にはそのための計画が既にいくつか浮かんでいた。
「やるなら早いに越したことはねえ……いっちょやるか……」
「はい、タオルッス」
「ありがと……ヒヤアアアアアアアアアアア!!!」
絹を裂く乙女のような悲鳴が林太郎の口から出た。
頭ふたつ低い背丈に淡い髪色、どこから湧いたかサメっちがそこにいた。
「お前なにやってんだこんなところで!」
「お背中を流そうかと思ったッス」
そういうサメっちが手にしているのは鮫皮おろし金であった。
「そんなので流されたら血まみれになるわ! てかなんか着ろよ!」
「お風呂場で服を着るのはマナー違反だってお姉ちゃん言ってたッス!」
「そりゃそうだけれども、そもそも入ってくるなよ!」
そりゃ一糸まとわぬ女の子がシャワー中にいきなり入ってきたら男なら誰でも驚く。
それも牙を生やした凶悪な怪人っ娘ともなればなおさらである。
なにより、生まれたままの無防備な姿であるのは林太郎も同じなのだ。
そりゃもうしっかりと、鋭い両の眼でこれでもかと、ご覧になられていたわけで。
人間だろうが怪人だろうがこんな状況はお互いに教育上も精神衛生上もよろしくないに決まっている。
林太郎はサメっちを極力見ないように、タオルだけそっと頂戴してシャワールームをあとにした。
(くそっ、どうあっても俺をひとりにしない気か。怪人どもめ、やはりまだ俺を信頼していないということか……)
さしずめサメっちは監視役といったところか。
一見人畜無害そうな顔をしているが、その腹の内にどんな邪悪が潜んでいるかわかったものではない。
林太郎は頭の中で脱出計画を練り直すことにした。
荷物の中に何か使えるものがあったはずだと、今や唯一の自分の持ち物であるキャリーバッグを開く。
するとそこには――少なくとも持ち主の林太郎は未だかつて見たことのない、コードと基盤が並んでいた。
何だこれは? などと考える余地もない。
なぜならご丁寧に、大きくひらがなで「ばくだん」と書いてあるからだ。
しかも一回漢字で書こうとして諦めた痕跡があった。
「ばく……だん? ばくだんってあの爆弾?」
「ありゃ、もう見つけちゃったッスか? んもう!」
「いやコレそんなクリスマスプレゼントみたいなノリで扱う代物じゃないでしょ。なに人の荷物を勝手にテロリスト仕様にしてくれちゃってんの?」
「サメっちは気の利く女ッス。さっそく“例の作戦”に使うと思って、あらかじめ爆弾を作っておいたッス」
「例の作戦……?」
初耳である。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!