午前五時――東京湾、羽田沖。
一艘のボートが、ある男の帰りを待っていた。
「ううう林太郎、まさか南極まで女の子を迎えに行くなんて……」
「めそめそするなソードミナス衛生兵長! 軍人たるもの常に心は冷酷無比な殺戮兵器であるべきだ!」
「私は衛生兵長でも軍人でも殺戮兵器でもないんだよぉ……!」
ボートの上で待機するのは、長身の黒髪美女ソードミナス。
そして軍服ウサミミ眼帯女子ことウサニー大佐ちゃん他、数名のザコ戦闘員たちであった。
珍しい組み合わせであったが、これにはわけがあった。
なにせ南極への往復など、アークドミニオン史上初の試みである。
さらに林太郎たちとの交信が丸一日途絶えたことから、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性も高いと推測される。
帰還を迎え入れるに際して万全を期するべく、任務遂行能力と統率力に優れたウサニー大佐ちゃんが抜擢されたのだ。
このボートの乗組員は、新兵の訓練を担う教導軍団長にして百獣軍団でナンバー2の地位にいる“できる女”の人選であった。
「万が一凍傷など身体に深刻なダメージを追っていた場合、怪人とはいえ早急な治療を受ける必要がある。貴官の活躍を期待しているぞ」
「うっぷ……頑張る……ところであと何分ぐらい揺られていればいいんだ……?」
アークドミニオンで最も医療の知識に長けるソードミナスは、船酔いという自身の疾病と格闘していた。
言うなればこのボートは、アークドミニオンが用意できる限りで最高の運転手と最高の医者を乗せた救急車である。
しかしもうかれこれ真冬の海上で5時間ほど揺られ続けており、このままではソードミナス自身が病人になってしまいそうであった。
「早ければ、あと2時間といったところだ」
「に、2時間も……?」
サメっちからビクトリーファルコンの奪取に成功したとの無線連絡があったのは、かれこれ数時間前の出来事である。
それ以降は亜音速飛行をするビクトリーファルコンのせいか、それとも電波障害のためか連絡がつかない状況であった。
「心配するなソードミナス衛生兵長、今回の任務はそう難しくない。言ってしまえば、ただのピックアップだ」
アークドミニオンが行う“保護”の任務にあたって、最も警戒すべきはヒーロー本部による介入である。
特に今回保護する『暗黒怪人ドラキリカ』は、ヒーロー本部にとって極めて重要度が高いらしい。
だが神保町で壊滅的な打撃をうけたばかりのヒーロー本部には、ちょっかいをかけられるほどの力はないように思われた。
事実ヒーロー本部は覚醒したばかりの桐華の身柄確保に一度失敗している。
何も心配することはない、ウサニー大佐ちゃんは自分にそう言い聞かせた。
しかしそのウサミミ司令官のもとに不穏な知らせが届いた。
「なに? 大田区に避難命令が出ているだと?」
「ウィーッ!」
ウサニー大佐ちゃんはその赤い眼で、遠くに見える羽田空港を見据えた。
未だ明けきらぬ夜の闇に沈む東京の玄関口では、管制塔の赤い光だけが点滅していた。
…………。
マッハ1を誇るビクトリーファルコンであれば、南極から東京までは半日ちょっとでひとっ飛びである。
時差のこともあるが、コックピットから見える水平線には朝の光が漏れていた。
「アニキ! タガデンタワーが見えたッス!」
「おー、こうして見るとやっぱでかいなー」
『こちら羽田管制。ビクトリーファルコン、34Rへアプローチしてください』
「こちらビクトリーファルコン、了解」
ビクトリーファルコンは、羽田空港への着陸コースに入っていた。
なぜわざわざリスクを冒してまで空港に着陸するかというと、“怪しい航空機”のままでは日本領空へ侵入した時点で迎撃される可能性があったからだ。
自家用航空機の操縦免許を持つ林太郎とはいえ、ヒーローたちとの空中戦は避けたいところであった。
林太郎は背後でのびている烈人のふりをしながら、空港管制官の指示に従う。
管制官はビクトリーファルコンがハイジャックされていることなど、知る由もないだろう。
「着陸したらどうするんですか?」
「羽田の近くにボートを待機させてるッスよ。着陸したらそっこーで乗り捨ててダッシュッス!」
「手際がいいな、さすが頼りになるぞサメっち!」
林太郎は片手で操縦桿を握りながら、あいた手でサメっちの頭をなでくり回す。
キングビクトリーに搭載されていた衛星無線を使って、サメっちはアークドミニオンと密に交信を行っていた。
ほとんどジャンクに近い状態からたった数時間で修理したあたり、存外サメっちの手先は器用なのである。
息を吸うように爆弾を量産しているぐらいなのだから、当然といえば当然なのだが。
サメっちはふふんと鼻を高くすると、桐華に対してどうだとばかりに胸を張った。
「ふふふ……サメっちは仕事もできるいいおんなッス! むふーんッス!」
「センパイ、私もこの飛行機奪取しましたよね。まだなでてもらってないんですが」
「それひょっとして両手でなでろって言ってる? ねえ見えてるかな? センパイはいま着陸進入をしているよ? ……ん?」
林太郎は窓の外に見える羽田空港の敷地に、若干の違和感を覚えた。
しかし最終進入コースに入っていたため、復航することなくそのまま羽田空港の滑走路へと着陸する。
ドンッというわずかな振動とともに、赤い機体はようやく日本に降り立った。
ビクトリーファルコンはゆっくりと減速し、そして完全に静止する。
「よし止まった。すぐに羽田空港から脱出だ!」
「あいあいッス! ボートもこっちに向かってるはずッス!」
林太郎たちはハッチを開いて滑走路に飛び降りると、一目散に空港の端を目指して走り出した。
海までたどり着きさえすれば、品川のタガデンタワーことアークドミニオン地下秘密基地は目と鼻の先である。
先頭を走っていたサメっちが不意に、林太郎に声をかけた。
「サメっち空港はじめて来たッスけど、意外と寂しいんッスね」
「そりゃほとんど滑走路だからね。賑やかなのはターミナルの方だよ」
「飛行機ぜんぜんないッス。サメっち飛行機見たかったッス」
「……なんだって?」
林太郎の足がピタリと止まる。
改めて見渡すと、自分たちが乗ってきたビクトリーファルコン以外の飛行機が“ただの一機も”見当たらない。
羽田は1日あたりおよそ1200回の離発着がある世界でも有数の国際空港である。
どこにも飛行機が駐機していないなど、果たしてありえるのだろうか。
あるべきはずのものが無い。
違和感の正体は“これ”であった。
異様な光景を前に、林太郎の頭の中で危険信号を示すサイレンが鳴り響く。
考えられる可能性は、ただひとつである。
「どうしたッスかアニキ? もうすぐ海ッスよ!」
「サメっち、走れ! 死に物狂いで走れーーーーーッ!」
林太郎が叫ぶと同時に、空から、海から、大地から。
ありとあらゆる場所からカラフルなスーツを身にまとった戦士たちがぞろぞろと現れる。
広大な羽田空港の敷地が、あっという間に正義の色で埋め尽くされた。
「大空戦隊エアジェッター! 成層圏より華麗に推参!」
「海鮮戦隊ダンキュリアス! 海の幸食ってパワー全開だぜーっ!」
「親分戦隊ジロチョウジャー! 総勢29人、全員集合!」
「温泉戦隊ホッコリジャー! 一度はおいでよ草津に伊香保!」
「真煌輝戦隊ダークロミオファイブ! 滅べ、我が葬送曲の調べとともに!」
林太郎たち三人は、“東日本全域”から集められた総勢1000人ものヒーローに完全包囲されていた。
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