8体もの60メートル級巨大ロボが、人間大の林太郎を取り囲む。
狭山湖は西東京に水を送る貯水池であるが、その所在地は“埼玉県”である。
双方に属する特殊な場所だからこその大動員であった。
ズタボロのキングビクトリーからレッドの声が響く。
『はーっはっはっは! もはやこれまでのようだなデスグリーン! お前にやられたことをそのままお返ししてやろうじゃないか!』
敵をキルゾーンに誘い込み、伏兵を用いて数で囲んで一気に叩く。
規模は遥かに違えども、それはまさに代々木公園で林太郎がレッドに対して張った罠そのものであった。
まんまと罠にかかったサメっちは、湖畔の史跡“根古谷城跡”に頭から突き刺さってのびている。
8体の巨大ロボが、ひとり残された林太郎を取り囲むように見つめていた。
「なんてやつらだ! 卑怯だとは思わないのか!」
『『『『お前が言うな!』』』』
林太郎の叫びに対し、8体のロボから同時にツッコミが入る。
無論本来であれば地域の担当ヒーローが単騎で出張るのが筋である。
しかし既に関東一円のヒーローたちの間では、デスグリーンに関する噂が広まっていた。
曰く、デスグリーンは人間態で数多のヒーロー組織を壊滅に追いやった、近年稀に見る凶悪無比な怪人であると。
そのデスグリーンが禍々しきスーツを身にまとい、怪人態と化して目の前にいるのだ。
ヒーローたちの恐怖、名誉欲、そして復讐心はいかほどか。
『つつつ、ついに俺たちの手で、あのデスグリーンを!』
『デスグリーンを倒せば昇進間違いなしだぜーーっ!』
『林業戦隊キコルンジャーの仇は俺たちが必ず討つ……!』
8体の巨大ロボが一斉に、人間大の林太郎に狙いを定める。
「どうしてもやるってんなら、こっちにも考えがあるぞ! いいのかーーーっ!?」
林太郎はなんとか引き延ばそうと詭弁を弄するが、ひとりならまだしも圧倒的な数的有利を得た群衆相手ではまるで効果がない。
『耳を貸すな! 砲門開けーーーっ! 撃てーーーーーっ!!』
ズドドドドドドドドドドド!!!!!
カラフルなレーザービーム。
口径にして5メートルはあろうかという巨大な鉛弾。
ロケット推力で射出される鋼鉄の拳。
1体の砲撃でも、巨大化した怪人に致命傷を負わせるほどの威力である。
それらが蟻んこのように小さな林太郎へ向けて同時に発射された。
木々は燃える間もなく消滅し、大地が裂け地形が変わるほどの超密集大砲撃であった。
轟音は遥か遠く米軍厚木基地でも確認され、直近である所沢市の地震観測所では震度3を記録した。
『……やったか!?』
もうもうと立ち込める土煙が、ゆっくりと晴れていく。
デスグリーンのいた場所はもはや何もかもが消滅し尽くし、大きなクレーターがぽっかりと口を開けていた。
「欠片も残らず消滅したか……」
巨大ロボの1体、煌輝戦隊ロミオファイブの乗機『プリンスカイザー』のコックピットでは、5人のメンバーが安堵の溜め息をついた。
「なんとか勝てたみたいだな……」
「ふっ、これだけの攻撃だ。生きているはずがねえ」
「なーんだ、思ったよりあっけないんだー」
「そう言いながら脚が震えてるわよ、ウ・サ・ギ・ちゃん」
「だっ、誰がビビってるてんだよ!? ってゆーか誰がウサギちゃんだ!!」
「……君たちもう少し静かにできないのかね、相変わらず騒がしい連中だ。風紀委員長としてこれ以上は見過ごせないな」
彼らは“私立白雪ヶ丘学園”に通う現役男子高校生5人組である。
「まったくしょうがないやつらだ。はやく基地に帰って乾杯しよう。いいニルギリの茶葉が手に入ったんだ」
リーダーのロミオレッド、天竜寺レンは雑誌のモデルもつとめる元気いっぱいの生徒会長だ。
クールなロミオブルー、やんちゃなロミオイエロー、オネエ系のロミオパープル、そして風紀委員長のロミオホワイトという癖のあるメンバーを、一生懸命まとめ上げている。
すべては平和と安全と、みんなの笑顔のために!
俺たち、最強無敵のプリンスヒーロー! その名もウィーアー――。
……メキャッ……。
メリメリバキバキベリバリィッ!!
「煌輝戦隊ロミオファイブの諸君、ごきげんよう。試乗会はやってないのかな?」
コックピットのハッチが強引に捻じ曲げられ、ひとりの男が現れた。
竜を思わせる異形のマスクで顔は見えないはずなのに、ニタァという悪魔じみた笑顔が見る者の脳裏をよぎる。
「お前は……極悪怪人デスグリーンッ!? あの砲撃で生きていたというのか!?」
「おっと、ちゃんと前を向いて運転した方がいいぞ。このコックピットを真っ赤にリフォームしたくはないだろう?」
毒々しい緑色の剣が、操縦席の後ろからロミオレッドの首筋にあてがわれる。
一斉砲火を浴びたデスグリーンは、土煙に紛れて直撃を避け、巨大ロボをよじ登ってきたのだ。
「ま、待て……! 俺を殺したところで逃げ場はないぞ!」
「殺すなんて滅相もない。俺はこう見えて平和主義者なんだ。君たちにちょっと協力してもらいたいことがあってね」
「……いったい何をやらせようっていうんだ!?」
「簡単なアルバイトさ。ロボ7体分の解体作業だよ」
なんと極悪怪人デスグリーンはプリンスカイザーを乗っ取り、ロミオファイブに残りのロボを始末させようというのだ。
「やってくれるかな? 君たち高校生なんだから、バイトぐらいしたことあるだろう?」
「いくら脅したって無駄だ! 観念して大人しく投降しろデスグリーン!!」
彼らは現役高校生とはいえ、ヒーロー本部と民間委託契約を結び西東京の平和を守る正真正銘のヒーローだ。
正義のヒーローとは、愛という名の自己犠牲そのものである。
たとえ首筋に刃物を突き付けられようと、怪人の卑劣な脅しに屈したりはないのだ。
「ロミオレッド、天竜寺レン。獅子座のB型。家族構成は父、母、それにおばあちゃんと……中学生の妹がいるんだって? 住所は……」
「ままままま待ってくれ! 家族には手を出すな!」
基本的に屈しないが、それも時と場合によるのである!
「てめえさっきから聞いてりゃ調子に乗りやがって! 今すぐレッドから離れろ!」
「君はロミオブルー、一条ハルト君だね? 母子家庭なんだって? お母さん若くて美人らしいねえ。駅前の花屋で働いているんだろう?」
「お……おま……」
「勘違いしないでくれよ。俺は君たちの個人情報を確認しているだけさ。危害を加えるつもりなんてあるはずないじゃないか。俺は素直で従順な若者が大好きなんだから」
次々とつまびらかにされていく、本来秘匿されてしかるべきヒーローの個人情報たち。
元東京本部所属ヒーローである緑の怪人は、悪しきマスクの下でニイッと口角を吊り上げた。
「言っただろう……? こっちにも考えがあるってさあ……」
……数分後。
「うわあああああああああああああ!!!!!」
『どうしたんだロミオファイブ! 俺たちは味方だぐわあああーーーっ!』
「はっはっは、やればできるじゃあないか」
プリンスカイザーの剣はオイルで黒く染まっていた。
煌輝戦隊ロミオファイブの瞳からはきらめきが消え失せ、かわりにきらめく雫がとめどなくこぼれ落ちる。
声も涙も枯れ果てたころ、荒涼たる大地に立っていたのはプリンスカイザーただ1体のみであった。
「うぅ……えぐっ……ひっく……」
「……俺たち……汚れちまったよぉ……」
「気にしちゃあいけないよ。男は流した涙のぶんだけ強くなるんだ。ほらバイト代だよ」
デスグリーンは小さな箱を置いてプリンスカイザーのコックピットを後にする。
ピッ、ピッ、ピッ。
「発破!」
頭部にコックピットを持つプリンスカイザーの目が、カッときらめいた。
…………。
タイムリミットのジャスト10分。
林太郎がデスグリーンの変身を解いたとき、8体ものロボはすべて機能を停止していた。
メガネをくいっとかけ直した林太郎は、足元に転がる少女を抱き上げた。
その身体は軽く、先ほどまで体長が60メートルあったとは思えないほどだ。
「んにゃ……アニキ……? サメっち気絶してたッス……?」
「おはようサメっち。いい夢は見れたかい?」
「……身体がバキバキッス……」
「奇遇だねえ、アニキももう立って歩くのが限界だよ」
デスグリーン変身ギアの負荷は想定以上であった。
林太郎の身体の節々は限界を超えて悲鳴を上げている。
正直なところあの狭いコックピットでロミオファイブに暴れられたら、勝ち目はなかったかもしれない。
「ちょっと休憩していこうか」
「ドキッ……アニキ大胆ッス……!」
「サメっち、時には言葉通り捉えることも大事なんだよ?」
林太郎がゆっくりと膝をついたそのとき、ロボたちの戦闘で黒煙の燻る森の木立ちから男が現れた。
「ああ……やっべ、そりゃいるよな……忘れてた……」
「アニキ……これやばいんじゃないッスか……?」
ひとり、ふたりと……その数はどんどん増え、あっという間に100人近くに膨れ上がる。
彼らは――色とりどりの戦闘用スーツをまとっていた。
「ヒーロー本部だ! ようやく追い詰めたぞデスグリーン!」
ロボが総動員されているということは、ロボを持たないヒーローチームも当然総動員されているのだ。
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