なんちゃってマジメ系メガネの林太郎は、その見た目のせいで幼少の頃から不良に絡まれることが多かった。
弟の森次郎がなにかと拳で語りたがる反面、兄の林太郎はあまり事を荒立てず穏便に済ませる派であった。
暴力で相手を屈服させたがる連中の扱いは、今でも大の苦手である。
「今俺のこと見てたべやオラァン!!」
「いや……見てないっすよ……」
アークドミニオンの新怪人歓迎会は一触即発の危機に陥っていた。
リーゼントに特攻服を身にまとった灰色の狼男・バンチョルフは、肩をオラつかせながら林太郎に歩み寄る。
ついでに同じ特攻服を身にまとった取り巻きらしき連中も、次々と林太郎のもとに集まってくる。
(うわぁみんなこっちきちゃった……)
殺意むんむんの目にギロッと睨まれ、林太郎の顔に滝のような汗が流れた。
相手は怪人に暴走族という、怖いものと怖いものを掛け合わせたキメラのような連中である。
話がまるで通じ無さそうなところも含めて、正直めちゃくちゃ怖い。
「おぉん!? ッすぞオラァーン!」
「やっちゃいましょうよ総長!」
「っしぁぬっんるるっさォンォウ!!」
ダメだ話が通じないどころか、何を言ってるのかすらわからないヤツまでいる。
こうなってしまうともう人と人との対話ではなく、ただの徒歩サファリパークだ。
「てめえオラァ! マジでッすぞコラァーーーッ!!」
「落ち着きましょうよ、ね。こういう席ですし」
林太郎はなんとか荒ぶる不良怪人たちをなだめようとするが、彼らのボルテージはどんどん上がっていく。
頼みの綱である獣系怪人の長・ベアリオン将軍は、早くも酔いつぶれて大きないびきを立てていた。
しかしそんな中、サメっちはその珍妙な出で立ちに興味津々といった様子であった。
「ほあー、すごくカラフルッスねえアニキ! クレヨンみたいッス!」
「サメっち、あんまり刺激しちゃダメだよ。彼ら女子中学生なみにデリケートだから」
「お腹減って気が立ってるッスか? エビフライ美味しいッスよ?」
こういった状況において、恐れを知らない子供ほど危険なものはない。
「エビ苦手ッスか? チキンもあるッスよ?」
「誰がチキンだコラァーッ! やっちゃうぞオラァーーーッ!!」
「ひゃーーーーーッス!?」
バンチョルフは牙を剥きだしにして怒りをあらわにする。
そしてあろうことか鋭い爪が並んだ大きな手で、サメっちに掴みかかろうとした。
極悪怪人にとって、最大のタブーであるとも知らずに。
爪がサメっちの顔に触れようとしたその瞬間、眩い光と共に緑色の剣がバンチョルフの身体をリーゼントごと正中線からバッサリと斬り捨てた。
「ぐえぇぇぇーーーーーッッッ!!!」
「サメっちに指一本でも触れてみろ。その頭にへばりついたフランスパンを輪切りにしてバゲットトーストにするぞ」
竜を彷彿させるグリーンのマスク。
濃緑のマントをたなびかせた極悪怪人デスグリーンがそこにいた。
「「「総長ーーーーーッ!!!」」」
「あばばばばば……あばっ……」
狼男バンチョルフは剣に塗られた神経毒によって、指一本動かせないまま白目を剥いて失神した。
当然そんな哀れな総長の仇を討つべく、取り巻きの怪人たちがいきり立つ。
「いきなり斬りつけるなんて、何考えてんだテメェコラーッ!」
「ボッコボコのボココにしちゃうぞコラーーーッ!!」
「んぬったルァこティっすぞンァラ!!!」
頭に血を上らせ、口々に大声で騒ぎ立てる不良怪人たち。
だが刃物を持った林太郎に臆しているのか、誰も襲ってくる様子がない。
次の瞬間、不良怪人どもに黒い紐が巻き付いたかと思うと、その身体がピカッと光り輝いた。
「電撃ビリビリムチ!」
「「「アッビャアアアアアアアッッッ!!!!!!」」」
人間であれば即死するレベルの高圧電流が、不良怪人たちを一瞬で容赦なく丸焦げにした。
しゅるしゅると鞭を巻き取りながら、眼帯軍服ウサミミ女子がぼやく。
「そこらへんにしておけ、クソザコヒョウタンゴミムシども。今の貴様らでは10万人束になったところで、その男には勝てん」
場を収めたのは百獣軍団のナンバー2・蹴兎怪人ウサニー大佐ちゃんであった。
不良怪人たちはひとり残らず、ビクンビクンと痙攣しながら白い泡を吹いていた。
「デスグリーン伍長、貴官も少し優しすぎるぞ。この手の輩は問答無用で叩き潰してやらねば増長するだけだ」
「ありがとうウサニー大佐ちゃん、肝に銘じておくよ。……ところで俺いつ伍長になったの?」
林太郎は変身を解除しながら、ウサニー大佐ちゃんに礼を述べた。
ウサニー大佐ちゃんは倒れた不良怪人どもに向き直ると、そのゴツいブーツで狼男バンチョルフの真っぷたつにされたリーゼントを踏みつける。
「北関東怪人連合だか日本暴走協会だか知らんが、田舎者どもは協調という言葉をまるで知らんらしい。寝言でアークドミニオン万歳と言えるようになるまで教育が必要だな」
ウサニー大佐ちゃんは痙攣する怪人たちを、手にした鞭でビシバシ叩いて無理やり立たせた。
不良怪人たちはまるで子羊のように震えながら、ウサニー大佐ちゃんの指示に従いその場で腕立て伏せを始める。
「おいおい、怪我してるのに何もそこまでやらなくても……」
「アニキだめッスよ! アレは教導軍団の訓練ッス!」
「……教導軍団?」
よく見るとウサニー大佐ちゃんの方には腕章がかかっており、そこには筆文字で“教導軍団長”と書かれていた。
「戦いが苦手な怪人は、ああやって教導軍団で訓練を受けて一人前の戦闘員になるッス」
「なるほど……あの全身黒タイツはああやって量産されてるのか……」
いかにも喧嘩できますという見た目の怪人たちだったが、実はそうでもなかったらしい。
確かに見た目通り強かったらみんなしてヒーロー本部に捕まることも、群れてイキリ散らすこともなかっただろうに。
「キリキリ歩けブタども! マーライオンみたいに“敬意”が口から溢れ出てくるまで、徹底的にしごきあげてやる!」
ウサニー大佐ちゃんは小さな身体に見合わぬ怪力でバンチョルフを担ぎ上げると、不良怪人たちの尻をひっぱたきながら去っていった。
神奈川方面戦勝祝賀会、ならびに新怪人歓迎会は深夜まで続いた。
林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で本格中華鍋7点セットをもらった。
ふかふかのベッドで朝まで寝よう……とした矢先、林太郎のスマホに着信の文字が浮かんだ。
「…………ん? 知らない番号だな、誰だろう? はいもしもし?」
「森次郎さん私です、黛桐華です。明日会えませんか?」
林太郎は天井を見上げながら、眠れない一夜を過ごすことになった。
…………。
一方その頃。
鮫島朝霞は阿佐ヶ谷での仕事を終わらせ、自宅である下高井戸のマンションに帰ってきていた。
最上階2LDKの間取りは、ひとり暮らしには広すぎるぐらいである。
しかしいつもはひとりで帰るところだが、今日はもうひとり……あろうことか男連れであった。
男の名は暮内烈人、朝霞直属の部下である。
「部屋を用意するって……朝霞さん本当にいいんですか!? 俺たち上司と部下なのに!?」
「構いません、この方が効率的かと思われます」
「ででででも! 一夜の過ちとかあったらどうするんですか!!?」
烈人は柄にもなく緊張していた。
年上の女性と今日から一つ屋根の下で、共同生活を送ろうというのだ。
これまで正義一筋脇目も振らず走り抜けてきたことに加え、致命的なまでに空気が読めない烈人でもさすがに身構えるというものである。
烈人は褐色のイケメンではあるが、暑苦しすぎるという理由から女っ気はからっきしなのであった。
「過ちですか? それは具体的にはどのような状態をさすのでしょうか」
「そそそ、それはですね! なんというかその! 男と女の仲でありますからして!」
「冗談です。もしそうなったら南極基地へ行っていただきます」
朝霞は眉ひとつ動かさずにそう言うとおもむろに窓を開いた。
目の前には東京の夜景が広がっており、冷たい冬の風が朝霞の髪を撫でる。
烈人はその寂しそうな横顔に、一瞬見とれてしまった。
「あの、朝霞さん……」
「今日からここがあなたの部屋です」
「待って朝霞さんベランダ! ベランダだよ!」
「ベランダではありません。屋根がないのでバルコニーです」
「ホントだ屋根ないや! うわあ週末雪降るらしいですよ朝霞さん!」
烈人は月を見上げながら、ひとり寂しく朝までぐっすり寝た。
今日の更新はここまで。
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