林太郎の荷物から転がり落ちたビクトリー変身ギア。
誰がどう見ても林太郎の持ち物である。
そしてここは数十人の、それもビクトグリーンに恨みを持つ怪人ばかりが一堂に集う悪の秘密基地である。
それまで騒がしかった怪人たちが、まるで水を打ったようにしんと静まり返った。
「わわーっ! ごめんなさいッス! ふうよかったッス、マグカップは無事ッス」
それは僥倖だが、もはやそれどころの話ではない。
「……アレって、ビクトレンジャーが変身するときの……?」
誰かがそう言ったのを皮切りに、動揺の波がうねりを上げてひろがった。
抜き身の槍のような視線が次々と、もう空いているスペースなんてないほどの密度で林太郎に突き刺さる。
(やばいやばいやばい考えろ考えろ考えろ! そうだこれはレプリカだ、憎きビクトレンジャーを研究するために俺が自作したということにすれば)
万が一の際に個人の身の安全を守るため、ヒーローの正体は原則として非公開だ。
彼らはまだ林太郎がビクトグリーンであるという確証を持っているわけではない。
なんとか誤魔化してこの場を乗り切る他に、生き残るすべはない。
林太郎が苦しい言い訳のために口を開こうとしたまさにそのときであった。
ピピピポポポピッ!
『あー、もしもしグリーン? 俺だ、レッドだ。もう網走に着いたか? あのさ、この前借りた1000円返しそびれちまったなって。また今度こっちきたときに何か奢らせてもらうぞ、牛丼とか』
説明しよう!
ビクトリー変身ギアには仲間との通信機能が備わっているぞ!
たとえ地下数千メートルだろうが、大気圏外だろうが、火星の裏側だろうが問答無用で繋がるスグレモノだ!
「レッド? やっぱりあれは本物のビクトリー変身ギアなのか……?」
「……それより今、グリーンって……」
滝のような冷や汗が、林太郎の鼻下まで落ちた眼鏡を濡らす。
脳裏をよぎるのは若き日の記憶。
小学1年生の冬休み、サンタクロースに扮した父親を不法侵入の罪で警察に突き出したこともありました。
中学2年生のバレンタインデー、チョコをひとつも貰えなかった腹いせに下剤入りのチョコを学年中の男子の下駄箱に入れたこともありました。
ヒーロー学校の学年別体育祭、大人げなくトリプルスコアをつけて後輩の女の子を泣かせたこともありました。
『おーい、もしもーし? あれー? 繋がってるはずなんだけどなあ。グリーン? 聞こえていないのか? どうなってんだコレ?』
「もし……もし?」
『おお、聞こえているんじゃないか。どうだ網走は? 寒いか? ってまだ着いてないよなさすがに。天気予報でやってたけど北海道すごく寒いらしいぞ。マイナス10度だって』
「お……俺は……、グリーンじゃ……ない」
『は? 何言ってんだよクリ……グリーン?』
苦し紛れの一言であった。
しかし林太郎に、もはや残された道はない。
「ふ、ふははははは! 残念だったなビクトレッド! このビクトリー変身ギアはたしかにビクトグリーンのものだが、俺はビクトグリーンではなあーい!」
『なんだって!? 貴様何者だ! クリリンをどこへやった!?』
「我が名は泣く子も黙る“極悪怪人デスグリーン”さまだあー! ビクトグリーンは既に俺の腹の中だあー! そうさあー! 俺がビクトグリーンを始末してやったのさあー!」
林太郎はギリギリと痛む胃をおさえながら、精いっぱいのダミ声を張り上げた。
その腹の中に収まっているのはビクトグリーンではなく、今朝コンビニで買って食べた焼きおにぎりである。
「ふははははー! だからこのビクトリー変身ギアを俺が持っていたところでぜんぜん怪しくないのだあー! だって俺は怪人デスグリーンなのだからあー! ではそろそろ通話を切るぞおー! 寂しくなったらまたかけてくるがいいー! ふはははー! はは……」
林太郎はおそるおそる怪人の面々を見渡した。
「ぶ……」
林太郎含めその場にいた全員が石のように固まる中、最初に口を開いたのはアークドミニオン総帥ドラギウス三世であった。
「ブラアアアアアボオオオオオオオオオオオオオオオウッッッ!!!!!!!!!!」
湧き上がる歓声。
どこからともなく舞い散る紙吹雪。
空を飛んで喜びを表現するもの。
分裂した手足でジャグリングを披露するもの。
感激のあまり泣きすぎて硫酸の涙で床を溶かすもの。
その日急遽執り行われた秘密結社アークドミニオン主催の“怨敵ビクトグリーン抹殺大成功おめでとう大祝賀会&極悪怪人デスグリーン様大歓迎会”は深夜まで続いた。
林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で60型の液晶テレビをもらった。
極上スイートルームをあてがわれた林太郎は、ヒーロー下宿よりふかふかのダブルベッドで朝まで泣いた。
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極悪怪人デスグリーンは今のところファンのみなさまの応援だけで支えられているぞ!!!!!
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