“有明西ふ頭公園”
東京湾に面したこの公園は、昼間でもあまり人がいない。
ましてや12月の寒空の下、深夜ともなれば人の気配は皆無である。
グレーを溶かした東京湾も、今はただ黒く闇の色に染まっていた。
タクシーを降りた林太郎は寒さに曇った眼鏡を拭き、公園内を見渡した。
すると外灯に照らされたベンチに大柄な男が座っているのが見えた。
「朝まで待つつもりにごわしたが、思ったより早かったでごわすな」
「そりゃあよかった。俺も冷凍力士を本部まで運ぶのはごめんだからね」
黄王丸……イエローと林太郎は顔を合わせるといつもこんな感じである。
しかし、こうやって軽口を叩くのも何日ぶりだろうか。
アークドミニオン秘密基地からの脱出というのも本当に呆気なかった。
デスグリーンとしての名声を高めたことが、林太郎に対する確たる信頼へと繋がったのだろう。
林太郎はすれ違う怪人たちに挨拶されこそすれ、誰にも呼び止められることなくここまで来ることができた。
もちろんあの邪魔なサメ怪人もいない。
今ここにいるのは林太郎とその同僚である黄王丸、ふたりだけである。
「……それで、本当に俺はヒーロー本部に戻れるんだろうな?」
「そいつはわしが保証するでごわす。まあ、ビクトレンジャーのメンバーを再起不能にした件は、さすがに不問というわけにはいかんでごわすが」
「覚悟はしてるつもりだよ。トバされた腹いせって言われても仕方ないさ」
「それについては、不当な左遷人事があったとして大貫司令官にも沙汰があるようでごわす。グリーンにも情状酌量が認められるに違いないでごわすぞ」
「そうかい、そりゃ痛快だね」
林太郎はそう吐き捨てると、静かに暗い海を見つめた。
冷たい潮風が痛いぐらいに頬を撫でた。
歯にはさまった小骨のように、林太郎の心にはずっと何かが引っかかっている。
「冷えてきたでごわすな、歩きながら話すでごわす」
「我が家の暖炉が待ち遠しいってね」
「帰る前に一杯ひっかけていくでごわすか?」
「やめておくよ、てめえの酒癖の悪さはよく知ってる」
夜の埠頭を男ふたり並んで歩く。
待ち望んだ家路なのだが、林太郎の足はどこか重い。
振り返っても闇がひろがるばかりで、そこには誰もいやしない。
当たり前だ、林太郎が自ら望んでそうしたのだ。
「ふっ、やはり怪人の方が性に合ってるでごわすか?」
「冗談はよしてくれ、俺は虫も殺せない男だよ」
「がはははは、ビクトレンジャーを3人も潰しておいてよく言うでごわす。減給か左遷は覚悟しておいたほうがいいでごわすぞ」
イエローの言う通り、林太郎が考えるべきは過去のことではなく、今後の身の振り方である。
当の被害者であるメンバーの嘆願があれば懲戒免職まではいかなくとも、ことがことだけに厳しい処分は免れない。
「そうだな、俺は3人も……ブルー、ピンク……ん? あとひとりは? ああ、グリーンか。俺じゃねえか」
大事な仲間だなんだとのたまう割に、大事なところで数字を間違えるところにイエローの仲間意識の軽薄さが見て取れる。
仲間“は”大切にするのが信条の林太郎は、その小さな言い間違いに微かな違和感を覚えた。
「……ったく冗談じゃないよ、勝手に殺すなっての」
そのとき、ひときわ強い風がふたりの間を吹き抜けた。
林太郎のコートから何かが転がり落ちる。
「これは……そういやこんなのあったな」
それは今や役目を終えた、手作りの“起爆スイッチ”であった。
あの日捨てるタイミングを逃して、ずっと上着のポケットに入れていたのだ。
サメっちが夜なべをして作ったせいで、配線がはみ出しまくっている。
あまりにも不格好でいびつなそれが、なぜだか林太郎の目をひいた。
「……こんなもんゴミにしかならねえってのにな」
もはや用をなさないガラクタであったが、林太郎はそれをなんとなく拾い上げようと屈みこんだ。
その瞬間――。
「イナズマハリテ!!」
林太郎の顔を、横合いから殴りつけるような衝撃が襲った。
ふわりと浮くような感覚が全身を包んだ直後、林太郎の身体は硬いコンクリートの壁に打ちつけられた。
眼鏡のレンズが砕け、フレームはひしゃげて宙に舞う。
「な……なにを……!?」
「ふむ、やはりビクトリースーツなしでは殺し切れぬでごわすか」
奥歯が折れたのか、口の中いっぱいに血の味がひろがる。
偶然にも屈みこんだことで芯が外れたとはいえ、脳を激しく揺さぶられて視界が回る。
林太郎がイエローのハリテをもろに食らったと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「イエロー……なんで……?」
「ビクトリーチェンジ!」
イエローがビクトリー変身ギアを構えると、その巨体が眩い黄色の光に包まれた。
「パワーみなぎる黄の光、ビクトイエロー! さあ、これでフルパワーでごわす。覚悟せい怪人デスグリーン!」
勝利戦隊ビクトレンジャー。
その正装であるビクトリースーツを着用した黄王丸。
林太郎への敵意をむき出しにしたビクトイエローがそこにいた。
胸に光るVマークは勝利のVサインである。
かつてこのVを見て無事だった怪人はいない。
「ちくしょう……騙しやがったなイエロー……ッ!」
「それはお互いさまでごわすぞ、偽物のグリーン」
「偽物じゃねえつってんだろ!」
林太郎はふらふらと立ち上がりながら怒号した。
衝撃で押しつぶされた肺が痛いほどに震える。
「それがどうかしたでごわすか? グリーンが偽物だろうが本物だろうが、何もかわらんでごわそう? 人々の平和を脅かす怪人も、仲間殺しの裏切り者も、どちらも正義の敵にごわす! イナズマハリテェェッ!!」
イエローの手のひらが光ったかと思うと、巨大な手の形をした衝撃波が放たれた。
満身創痍の林太郎は、すんでのところでイエローのハリテを避ける。
直後、コンクリートの壁が爆発音と共に粉々に砕け散った。
ビクトリースーツは身体能力を飛躍的に向上させる。
イエローが放つ本気のイナズマハリテは射程こそ極端に短いものの、直撃すれば快速特急を正面から弾き返すほどの威力があるのだ。
「ちくしょうハメやがったな、このクソ野郎がっ!!」
「ちょろちょろ逃げ回りよって、このミドリムシめ!!」
横っ飛びに転がりながら、林太郎は自分の判断を悔いた。
この男、イエローは最初から“これ”を狙っていたのだ。
仲間を装って呼び出し、林太郎がのこのこ現れたところを始末する。
実に簡単な仕事だが、成功すれば怪人デスグリーン掃討の名声は独り占めだ。
「ずっと思ってたけど、てめぇ本当にクズだな!!」
「鏡を見て言えクソミドリ! それに十何年も怪人どもと戦っていれば“こういうこと”は嫌でも身につくものでごわす。ほらほらどうしたイナズマハリテ連打ァ!!」
ドドドドドという地鳴りと共に、地面に次々とクレーターができる。
まるで建設現場の重機が暴走したかのようだ。
いくらビクトグリーン・林太郎とて、事前に策も用意せず、更に初撃で大きなダメージを受けたまま逃げ回っていては勝ち目がない。
(捕まるだけならまだしも、完全に殺しにきてやがる。ここで口を封じるつもりか!)
そのとき林太郎の視界がぐらりと傾いた。
林太郎のボロボロの身体が、膝から崩れ落ちる。
この絶対絶命の局面で、蓄積されたダメージが脚にきたのだ。
「やっべ……」
「もらったでごわす!!」
黄色く光る巨大な手のひらが、林太郎に迫る。
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