1月も半ばを過ぎると、正月気分なんてものもすっかり消え失せる。
正月商戦もすっかり終わって、テーマパークなんかは春休みまでの長い閑散期に入る。
綺麗に敷き詰められた石畳の上を、青いパーカー姿の少女がぴょんぴょんと跳ね回っていた。
「うひょーッス! ほとんど貸し切りッスよアニキぃ!」
「こらこら走っちゃいけないよサメっち。転んで誰かにぶつかったら、スプラッタ映画みたいに全身が粉々に砕け散るかもしれないからね」
林太郎とサメっちは、南埼玉の遊園地『所沢ムッチーランド』を訪れていた。
数々の非人道的な実験により自我に目覚めた巨大ハムスターの“ムッチー”と、彼の取り巻きたちが織りなすドタバタアニメをモチーフにした遊園地である。
ちなみにその取り巻きというのが、ムッチーを捕まえて食ってやろうと画策しながらも警戒を解くため友達のフリを続ける牧羊犬と家猫という、おおよそ子供向けとはとても思えないサイコな裏設定が存在する。
しかしてそのハイクオリティなアニメーションは世界的にも有名で、老若男女問わず人気を博している。
そしてだいたいの作品において、最後にムッチーが“いらんこと”を一言呟いて終わるのがお決まりとなっている。
「アニキ! ムッチーッス! ムッチーいたッスよ!」
『せやからそれ前にも言いましたやん』
「わあ! 本物のムッチーッスぅ! いらんこと言ってるッスぅ!」
『お前んとこのラー油の消費量半端ないな』
林太郎にはこのマスコットキャラクターの何がいいのか、さっぱりわからなかった。
しかし今日は遊びに来たわけではない、実はこれもアークドミニオンの仕事である。
この遊園地のマスコットキャラクター“ムッチー”の正体が、実は怪人だという噂があるのだ。
ドラギウス曰く、実際に現地へと赴いて確かめて来てほしいとのことであった。
「うーん、やっぱりどう見ても着ぐるみなんだよなあ」
『えっ、IHやのに中華鍋買ったん?』
「ほんとに余計なことばっかり言うなコイツ……」
『なんか君んとこの玄関めっちゃ飴の匂いするんやけど……ぐぇっ!』
林太郎はムッチーの喉元から、おもむろに手を突っ込んだ。
そして“具”の喉仏をギュムムッと掴み上げる。
ムッチーはビクンビクンと痙攣すると、ぐったりとして動かなくなってしまった。
「はわっ! アニキ、ムッチー死んじゃったッスか!?」
「寝ちゃったみたいだねえ。正月ラッシュの疲れが出たんだろうねえ」
「ムッチー、目を開けて寝てるッス……」
「おっといけない、それじゃあ手術が必要だね」
林太郎は手首をゴキゴキと鳴らすと、念のためムッチーの頭を取り外しにかかった。
ムッチー自身は着ぐるみだったが、“中身が怪人”ということも充分に考えられるのだ。
純粋な子供の眼前だろうと、林太郎はその職務を果たすことに微塵のためらいもないのである。
コキョッという子気味良い音とともに、ムッチーの首がポロリと外れる。
林太郎もよく見知った坊主頭の強面が、白目を剥いて泡を吹いていた。
「アニキぃぃぃ! ムッチーの中からバンチョルフが出てきたッスぅぅぅ!」
「そうだね、どうやら噂は本当だったみたいだね」
ムッチーの正体は秘密結社アークドミニオンに所属するザコ戦闘員のひとり、特攻怪人バンチョルフであった。
何を隠そうこの所沢ムッチーランド、経営母体は“タガデングループ”である。
すなわち、まごうことなきアークドミニオン下部組織なのだ。
「こりゃいったいどういうことだ……?」
林太郎の頭に、たくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。
そんな様子を、遠方から眺めるふたつの影があった。
ムッチーのお友達、モンゴル犬のホーさんと、家猫のスコルドである。
「どどど、どうするんだ!? いきなりバレちゃったじゃないか!」
「使えないザコですね。やはり私がムッチーに入るべきでした」
巨漢のホーさん……もとい長躯の美女・ソードミナスは、想定よりも早い作戦の破綻に大きな頭を抱えていた。
彼女たちは今回、ある使命を帯びてこの遊園地でマスコットを演じているのだ。
異様に目つきの悪い猫のスコルド……もとい黛桐華が、狼狽するホーさんを落ち着かせる。
「我々の目的はあくまでも、“極悪軍団結成記念パーティー”の準備が整うまでの時間稼ぎです。私たちも行きましょう」
「無理無理無理だって! 首ゴキってやられたらどうするんだ!?」
「ここは身体を張ってでも食い止めるべきところですよホーさん!」
「い、いやだぁぁぁぁぁッッッ!!!」
そう、林太郎とサメっちの耳にはまだ、極悪軍団設立の話が届いていないのである。
現在着々と準備が進められているサプライズパーティーの準備のため、林太郎をこの所沢ムッチーランドに拘束するのが彼女たちの役目であった。
ちなみにわざわざ遊園地を選んだのは、最近元気がなかった林太郎に対する労いの意味もあってのことだ。
しかし――。
「なんでアークドミニオンからの仕事だってのに、ムッチーの中に関係者が……? この所沢ムッチーランド……なんかキナ臭いな」
林太郎は彼女たちが思っている以上に仕事人であった。
ひとたび任務を請け負った以上、必ず結果を出すことが彼の信条だ。
そういうところは、ヒーロー本部にいた頃から変わっていないのである。
彼の脳内では一瞬にして数十パターンの最悪の事態がシミュレートされる。
考えうる最悪のケースは、悪の組織の内部抗争というものであった。
林太郎の活躍を妬む内部の者が刺客を送り込んだとしても、何らおかしなことではない。
「この遊園地、なにかおかしいぞ。サメっち、用心しろよ」
「わかったッス! あっ、ホーさん! ホーさんッスよアニキ!」
「言ったそばからサメっちぃぃぃぃ!!!」
サメっちはソードミナス扮するホーさんを見つけるや否や、ミサイルのようにすっ飛んでいってその大きなお腹にダイブした。
空気の詰まったホーさんの身体が、衝撃で激しく揺さぶられる。
「ホーさぁぁぁん!!!」
『うっ! ……ぐふぅ……や、やあ可愛いお嬢さん。お名前はなんていうのかな?』
「サメっちはサメっちッス! サメっち、ホーさんのブルーレイ持ってるッス!」
『そうかぁー、いつも応援ありがとう。待ってそんなに強く抱きしめないで死んじゃう』
サメっちにギュッと抱きしめられた結果、ホーさんのお腹からぷしゅーと空気が抜けていく。
まるでしおしおの干し柿みたいになったホーさんは、その両肩を林太郎にガシッと掴まれた。
「やあホーさん、ダイエット成功おめでとう。お前は誰だ? 目的は何だ?」
『あばばばばばば! やだなあ林太郎くん! わた……ボクは君たちを笑顔にするためにここにいるんだよぉ?』
「いいからさっさと本当のことを言いなって。それかムッチーみたいに目を開けたままオネンネさせてやろうか?」
『やだぁーーーッ! た、助けてスコルドぉ!』
所沢ムッチーランドに、ホーさんの切実な叫びが響き渡る。
その頃、桐華扮するスコルドはサメっちにポコポコ殴られていた。
「このッス! このッス! いつもムッチーをいじめる悪いやつッス!」
『あっはっは、まるでマンボウのような遅さですね。そんなお子様パンチじゃボウフラだって仕留められませんよ』
スコルドは着ぐるみのまま、軽快なステップでサメっちのパンチをかわしていた。
たまに有効打が入りそうになると肉球のついた手で危なげなくガードする。
子供向け遊園地のマスコットとしては破格の大人げなさであった。
「どうやら相方のほうがファンサービスは得意らしいな」
『わあああああああああーーーーーッッッ!!!』
スコルドの援軍が見込めないとわかるやいなや、ホーさんは脱兎の如く逃げ出した。
しかし中身がただでさえ運動神経の悪いソードミナスであることに加え、慣れない着ぐるみをまとっているとなるとその足は絶望的な遅さであった。
ものの数秒で林太郎に追いつかれ、背後から腰に手を回され組み伏せられてしまう。
「さあ吐け、お前は誰の命令を受けて動いている!」
『うええええーーーん! ごめんなさぁーーーい!!』
林太郎は抵抗を諦めたホーさんの襟元から、強引に手を突っ込んだ。
怪人を拘束する際、凶器や自爆装置などを隠し持っている可能性が高いからだ。
これはヒーロー学校で培ったノウハウのひとつであった。
ぎゅもにゅん!
林太郎の手のひらに、驚くべき凶器の感触が伝わった。
「……もしかして、お前……ソードミナスか?」
『どどどどど、どこで判断してるんだよぉーーーッ!』
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