ソードミナス襲撃作戦の事後処理がようやく片付いたころ。
阿佐ヶ谷のヒーロー本部では小諸戸歌子が、尻尾を巻いて逃げかえってきた男たちを前にギャンギャンと喚いていた。
「目的も果たせずになんてザマですの! わざわざ網走からあなたたちを呼びよせた意味がありませんわ!!!」
「そりゃないぜウタコ。多少のトラブルはあったが、俺たちはよくやってる」
ウィルとラマー、ビクトレンジャーの新しいレッドとグリーンは、作戦の失敗はあくまでもデスグリーンの横槍のせいだと主張していた。
そもそも援軍の到着を許したのは、彼らがのんびり標的をいたぶっていたからに他ならないのだが。
「ウィルの言う通りだ! だいたいよぉ、あんなCRAZYなカウボーイがいるなんて聞いてねえぞ!」
「デスグリーン……せいぜい頭のねじが2、3本飛んでいる程度だと思っていたがな。ありゃとんでもねえセクシーテロリストだ」
「時速200キロで暴走するトラクターの相手をしてる方が、まだEASYってもんだ。ケツの穴の心配をしなくて済むからな!」
「「HAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!」」
ウィルとラマーは大声で笑い合うと、意味もなくハイタッチを交わした。
彼らの何ら悪びれる様子もない態度が、歌子のプライドをさかなでる。
「ムッキィィィィィィィッ!!! この私の作戦に失敗などあってはならないのですわ! だいたい他のメンバーは何をしていましたの!?」
「派手に散らかしたバカどもの尻ぬぐいだぜ。参謀本部長様直々のご命令でな」
「うぐっ! りっ、臨機応変という言葉を知りませんの!?」
ブルー、ピンク、イエローの本来の任務は、ウィルとラマーのバックアップである。
予定通りソードミナスひとりを相手にするのであれば、むしろ出る必要すらなかった。
しかし想定を遥かに上回る“デスグリーン軍団”の機動力、即応力に振り回され、介入する機会を逃したのだった。
ヒーロー本部の者たちは知る由もないが、極悪軍団の“速さ”は林太郎とタガラックによって編み出されたものである。
林太郎は事件発生から怪人保護までを迅速に行うべく構築されたアークドミニオン情報網に目をつけ、これを応用したのだ。
かつてビクトブラックこと黛桐華に壊滅的被害を受けた教訓から、ヒーロー側のゲリラ戦術に対抗すべく編み出された相互支援システムであった。
「ぐぬぬぬぬぅぅぅぅ……! 各個撃破するにはやはり手練れの方面軍を狙うしかないですの……? このしょぼい戦力で……?」
「人の身体をこんなんにしておいて、その言い草はねえぜ……」
「そう仰るなら成果を示していただきたいものですわ!」
ふんすふんすと鼻息を荒げる歌子に、ジョニーは大きなため息をついた。
これならまだ冷徹だが過干渉をしてこないだけ、朝霞司令官の方がマシである。
しかしジョニーとて、黙って無能のそしりを受けるのは本意ではない。
「収穫ってわけじゃねーが……例の“最弱ちゃん”がこんなものを落としていったぜ」
ジョニーが装甲の下から取り出したのは、一粒の禍々しい錠剤であった。
毒々しい紫色にドクロのマークが描かれたそれは、怪人細胞を活性化させる劇薬……通称“巨大化薬”である。
未だ解明に至らず、その製法やメカニズムは一切不明の代物だ。
無論、人間が飲み下せば命の保証はない。
「ブルーさんあなた! そんなナリしてゴミ拾いしかできませんの!? こんなもの何の役にも立ちませんわッ!!」
「そうでもないわよ」
激昂する歌子の言葉をさえぎるように、沈黙を守っていたピンクこと桃島るるが口を開いた。
彼女の双眸は瞳孔が開ききっており、目の周りにはクマを隠すためのアイシャドウがたっぷりと塗られている。
デスグリーンと対峙して厚化粧を溶かし尽くされた日以来、この数ヶ月でゲッソリと痩せ細ったるるの容姿はさながら妖怪人間である。
夜道でばったり出会えば、地縛霊と勘違いする者が後を絶たないであろう。
口を開くたびによくわからない神の名を叫ぶため、彼女に関しては歌子も持て余しているようであった。
「……どういうことですのピンクさん?」
「これは貴重なサンプルだわ……私のラボで預からせてもらえないかしら。ふふ……まあ、期待していて頂戴」
ピンクは錠剤を摘み上げて、自前のポリ袋に入れた。
そして口腔に糸を引きながら、ニチャァと怪しい笑みを浮かべる。
「これもすべて、デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様のお導き……ガンジャンホーラム、ガンジャンホーラム。行くわよ黄王丸」
「……ゴワス」
ピンクは音もなく身体を左右に揺らしながら部屋を後にした。
もはや大きなペットと化したイエロー・黄王丸もそれに続く。
そうして彼女たちは、歌子のネチネチとした小言の嵐から体よく逃げ出した。
……とジョニーが気づいたのは、ようやくお説教から解放された翌早朝のことであった。
…………。
煌々と輝くモニターの中で、仏頂面のコメンテーターたちが専門家の肩書を振り回す。
『本当に恐ろしいですねー、子供たちにはとても見せられませんねー』
『やはりですね、怪人というのはこう、根本的に人間とは思考形態が異なるわけです』
『この怪人さんデスグリーンって呼ばれたはるんでしょ? 今日から怪人デスエレファントに改名したらええんとちゃいますかね?』
悪人の醜態という恰好のエサを前に、安全圏にいる彼らは言いたい放題であった。
テレビもネットも、連日都内に突如として現れた変態怪人のニュースで持ちきりである。
己の痴態が全世界に拡散された事件から一週間、林太郎はずっと部屋に引きこもっていた。
「うう、元はと言えば私のせいでこんなことに……」
ソードミナスはあの日以来、林太郎と一度も顔を合わせることができないでいた。
自分のうかつな行動が招いた結果、という自責の念が彼女の心を重くする。
扉一枚へだてたわずかな距離が、妙に遠く感じてしまう。
「林太郎、いるのか……? みんな心配しているぞ」
おそるおそる語りかけるも、返事はない。
扉に耳をあてると微かにすすり泣く声が聞こえてくるので、中にいることは間違いないようだ。
「その……気が向いたら顔を見せてくれ」
隣に立っていても聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、ソードミナスは小さく呟いた。
彼女は静かに長い睫毛を伏せると、仕方なく己の職場である医務室へと足を向ける。
栗山林太郎という男が絶不調でも、彼女がどれほど心を揉んだとしても、時計の針は待ってはくれない。
何百人という怪人が共同生活を送るアークドミニオン地下秘密基地では、怪我人・病人は後を絶たない。
医務室の前にはいつも2、3人の治療を待つ患者が……30人ぐらい横たわっていた。
「なんだこれはーーーーーッ!!!」
「ああ、ソードミナスさん……おはようございますウィ」
「おはようじゃない! いったいナニゴトだ!? 誰にやられた!?」
ザコ戦闘員らしき男は、全身に高圧電流でも浴びたかのような悲惨な有様であった。
ソードミナスが駆け寄ると、彼は震える声で言葉を口にした。
「綱紀……粛正……ガクッ」
ザコ戦闘員が気を失うのと同時に、廊下の向こうから喉が張り裂けんばかりの絶叫が響き渡る。
地下秘密基地の薄暗い廊下の先で青白い光が激しく明滅していた。
ソードミナスが急いで駆けつけると、黒い縄のようなもので全身を巻かれたザコ戦闘員が涙目でこちらを見つめていた。
「あああ、ソードミナスさぁん! たすけてくださいでありますオラウィッ!」
「待ってろ、今ほどいてやるからな!」
手を伸ばそうとしたその瞬間、黒い縄が青白く発光し、ザコ戦闘員の全身を高圧電流が駆け巡る。
「電撃ビリビリムチ!!!」
「あばばばばばばばばばばばばばーーーーーッッッ!!!」
ザコ戦闘員は口から煙を吐き出しながら、ゴミでも捨てるかのようにドチャッと解放された。
ゴツい男物の軍用ブーツが、ビクビクと痙攣する身体を踏みつける。
「ぐええええッ! ビクビクッ!」
「ふん、往生際の悪いクソザコヒョウタンゴミムシだ」
「ごめんなさいでありますオラウィ……ウサニー大佐……!」
「ちゃんを忘れるなこのマヌケッ!」
叱咤と共に、大の男が小柄な少女に蹴り転がされる。
ザコ戦闘員は長い廊下をごろごろと転がって、医務室待機列の最後尾にスッと収まった。
「どいつもこいつもデスグリーン伍長に影響されおって……最近たるんでいるぞ貴様ら!」
士官風のミリタリールックにいかつい眼帯、そしてそれらにまるで似合わないウサミミとツインテール。
彼女こそアークドミニオンでもっとも風紀に厳しい女子、蹴兎怪人ウサニー大佐ちゃんであった。
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