極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第三十三話「正義は炎とともにある」

公開日時: 2020年9月3日(木) 10:03
更新日時: 2021年12月5日(日) 18:51
文字数:4,641

 ビクトレンジャー司令官・大貫の身体が火柱に包まれた。


「あぢゃあああああああああっっっ!!!」


 薄暗い廊下がまるで炎天下のように明るく照らされる。


「ああっ、熱いッ! 焼けるッ! 僕ッ、し、死んじゃうよぉーーーッ!!」

「大貫司令官! ちくしょう、水だ! 水はどこだッ!?」


 火を消し止めるべく、下っ端たちが大貫の身体をべちべち叩く。

 しかしその勢いは衰えず、大貫は口や鼻から炎を吐きながらもだえ苦しむ。

 部下のひとりが尿をひっかけたところで、ようやく火は収まった。



 真っ黒に燃え尽き、ピクピクと痙攣する“正義の首魁”を見下ろす男がひとり。


 その胸に輝く勝利のVマーク。

 先の戦いでひび割れた真っ赤なマスク。

 灼熱の男、ビクトレッド・暮内烈人がそこにいた。



「ビクトレッド! てめえ裏切ったのか!」

「この恥知らずめ!」


 上司を黒焦げにしたヒーローに、下っ端ヒーロー職員が次々に罵声を浴びせる。

 だがレッドは意に介する様子もなく、サメっちのロープを解いた。


「俺はあまり器用じゃないから、こんな生き方しかできない。だからみんなが笑って暮らせる世界のためなら、俺は今日この瞬間に燃え尽きたっていい」


 その言葉の端々には、静かな怒りの炎が宿る。


「けれどいつも思うんだ。もしこの世界から怪人がひとりもいなくなれば、本当にみんなが笑える世界がくるのかなって……」


 解放されたサメっちは、呆然とかつて自分を焼いた男を見上げた。

 レッドに連れられた朝霞補佐官が、自爆寸前だった妹に駆け寄る。


「冴夜!」

「……お姉ちゃん!」


 再会を果たした姉妹は、お互いに腕を回して強く抱きしめ合った。



 正義のヒーローは感動の瞬間を見届けると、取り残されたザコヒーロー職員たち、そしてデスグリーンに向き直った。

 縛られて転がされている林太郎は、その景色をただ見守ることしかできない。


 怒りに拳を震わせる赤き戦士。

 その熱き男は、涙を流しながらゆっくりと口を開いた。


「悪は、誰の心に中にもいる。怪人の中にも、俺たちの中にも。だったら俺たちヒーローの使命は……正義を振りかざして怪人を傷めつけることじゃない……」

「な、なに言ってやがる! 撃てぇ! お前らこの裏切り者を撃てっ!」


 ヒーロー職員たちが銃を構える。

 しかしその銃身はレッドの怒りの熱気にあてられ、真っ赤に染まったかと思うとドロリと溶けた。


「俺たち“正義”のヒーローが為すべきことは……敢然と“悪”の心に立ち向かい……」


 握りしめた両の拳が激しく燃え上がり天井を焼いた。

 もはや拳どころか両腕が紅蓮の焔をまとい、不燃性であるはずのヒーロースーツにまで燃え移る。


「ひっ、ひいいいえええええええっ!!!??」」

「全ての愛する者たちに、“正義の心”を示すことだあーーーッッッ!!!!!」


 レッドが渾身のパンチを放つと、その怒りは極太の火炎光線となって林太郎の頭上、背中、そして尻をかすめた。

 敵を内側から焼く“バーニングヒートグローブ”で、レッドはなんと己の腕そのものを焼いたのだ!


「ぐわあああああああああああああ!!!!」


 水平に撃ち出された火柱が、悪の心に染まったヒーロー職員たちをひとり残らず薙ぎ払う。

 炎に巻かれた職員たちは、スプリンクラーのシャワーを浴びながらビクンビクンと痙攣した。



「うおおお!? しまったやりすぎた! これは始末書どころじゃない気がするぞ!」

「相変わらず後先を考えない馬鹿だなお前は……」



 林太郎はサメっちに縄を解いてもらうと、デスグリーン変身ギアを構えながらレッドに問いかけた。


「ずいぶんとお人好しなヒーローがいたもんだ、お前も悪に目覚めちゃったわけ?」

「勘違いするな、俺は俺の正義を示したまでだ! 俺たちが守るべきはかけがえのない世界と正義の心であって、己の立場じゃない!」

「はっ、甘ちゃんすぎて反吐が出るぜ……」


 左遷されたことを未だに根に持っている林太郎には、耳に痛い言葉である。


 林太郎にとってヒーロー学校時代の同期であるその男は、再びその瞳に正義の炎を宿しバーニングヒートグローブを構えた。


「そんな格好で俺とやる気かよ。そのボロボロのスーツに割れたマスクじゃ、てめえの炎で焼け死んじまうぞ」

「だからどうした! 敵に心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいないぞ!」


 正直なところ林太郎としては、一撃必殺を無理やり遠距離に対応させたレッドとやりあうのは避けたいところであった。

 誰だって自分の腕を焼くようなやつと戦いたくはないだろう。


 しかし。



「ビクトリーチェンジ」



 林太郎の身体が緑の光に包まれる。


 まるでこの邂逅こそが宿命であるとのたまうように。


 栗山林太郎、否。

 極悪怪人デスグリーンは完全武装で満身創痍のレッドと対峙した。


「さて、ビクトレッド。ご自慢のバーニングヒートグローブは使えず、スーツもボロボロのお前に勝算はあるか」

「お互いに素手なら、俺にだって少しぐらい勝機はあるさ」

「誰が素手だなんて言ったよ」

「なにっ!?」



 言うが早いか、林太郎はマントの下から毒々しい緑色の剣を取り出す。



 そして目を見開くレッドに向かって――投げた――。



 緑の軌跡はレッドのすぐ脇をかすめ、彼の後ろに立つ男の太腿に突き刺さる。


「ぐっ……ぐげっ……!」


 レッドが驚き振り向くとそこには、黒焦げになった大貫司令官が最期の力を振り絞って対怪人銃を構えているではないか。

 あろうことか、その大きな銃口は正確にレッドの頭へと向けられていた。


「お、のれ……レッ……デスグ……リ……」


 “ニンジャポイズンソード”からにじみ出した神経毒は一瞬にして大貫の身体から自由を奪い去り、トリガーにかかった指はまるで彫刻のようにピクリとも動かなくなる。

 大貫は白目を剥きながらゆっくりと天井を仰ぎ、立った姿勢のまま塗れた床に背中からひっくり返った。



「デスグリーン……お前……!」

「勘違いするな。俺は俺の正義ってやつを示しただけさ。さあ続けようか」


 はっきり言って、満身創痍はお互い様だ。


 だが悪しき緑の仮面を輝かせ、極悪怪人デスグリーンはファイティングポーズをとった。

 ビクトレッドもまた燃え尽きたグローブを握りしめ、割れたゴーグルの隙間からニッと不敵な笑みを覗かせる。



「待つッスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」



 緑と赤が再び衝突しようとしたその矢先、対峙するふたりの男の間にひとりの少女が割って入った。


「サメっち……」

「あ、ああ、アニキと戦いたいなら、まずサメっちを倒してからにするッス!」


 その肩は恐怖でカタカタ震えていた。

 一度その身を焼かれ、あの巨大な火柱を目にした後では無理もない。


 勇気を振り絞るサメっちに、朝霞が声をかけた。


「冴夜、あなたはどうしてそこまでして怪人の肩を持つのですか。私には理解できません。」

「ごめんなさいッスお姉ちゃん。やっぱりサメっちはアニキとずっと一緒にいたいッス!」

「な……ならばデスグリーンにもあなたと同様に、特別措置を取って身柄を預かるというのはどうでしょう……それなら……!」

「嫌ッスゥーッ!! サメっちはアークドミニオンのみんなが好きッス! 竜ちゃんも、べアリオンのオジキも、くららちゃんも、ソードミナスも、みんな好きッス!」


 サメっちは思いの丈を一生懸命、実の姉にぶつけていく。


「あとサメっちはやっぱりアニキのことが大好きッス! お姉ちゃんも大好きッス! ……だからみんなで一緒に……あれッス?」


 やはりちょっと思いが先走りすぎて、ロジックを組み立てるのは苦手らしい。

 だが林太郎は思う、サメっちはこの一件で少し強くなったかもしれないと。


「お姉ちゃんも好きッスけど、でもみんなも好きだからお姉ちゃんと一緒にはいられないッス! あっそうだ! お姉ちゃんも怪人になったら全部解決ッス! サメっちはこう見えて賢いッス!」

「サメっち、無茶を言っちゃあいけないよ。お姉ちゃん困ってるだろ?」


 サメっちに決別を宣言された朝霞は、無表情のまま目の照準が定まっていなかった。

 鮫島朝霞という女はサメっちと共に過ごすため、本当にあらゆる手を尽くしてきたのだろう。


 糸が切れ、力が抜けたようにがっくりと項垂れる。

 その肩をレッドが心配そうに優しく抱いた。


「朝霞さん! しっかりしてください!」

「……少し、疲れました」



 レッドに支えられながら、朝霞はデスグリーンとサメっち、ふたりの怪人に向き合った。


 確かな意思がこもった、まっすぐな目をした妹。

 そしてズタボロになりながらも、敵の本拠地まで妹を助けにきた兄。


 お互いに強く手を握るその姿は、まるで人間の兄妹そのものだ。



「……我々の庇護下に入らない以上、ヒーロー本部は全力であなたたちを狙います。それがヒーローの使命であり、怪人の宿命です。極悪怪人デスグリーン、あなたに覚悟はおありですか?」



 朝霞の問いに、林太郎はサメっちの肩を優しく抱きかかえ、大仰に笑ってみせた。



「使命だの宿命だのはよしてほしいね。俺はただの平和主義者なんだから。まあ本気で俺の命を狙うってんなら巨大ロボの5、6体は用意すべきだろうな」

「ヒューッ! アニキ、かっこいいッスー!」


 マスクの下で皮肉めいた笑みを浮かべる林太郎に、サメっちが純粋な笑顔で応える。

 その兄妹の姿を見て、朝霞は小さな、深い溜め息をついた。



「冴夜、こんなところまで助けに来てくれるなんて。いいお兄ちゃんですね」




 そして初めて“お姉ちゃんらしく”悲しそうに微笑んだ。




「もちろんッス! アニキは最高の怪人ッス!」

「まあそういうわけだお姉ちゃんとやら、これに懲りたらまた別の手を考えるんだな。安心しろ、サメっちは良い子にしてるよ」

「サメっちは良い子じゃなくて悪い子ッスよ! この前だってアニキのベッドでおねしょしたッス!」



 その一言で、温かな結末を迎えそうだった空気が一変した。


 11歳女児が血縁関係のない26歳成人男性とねやを共にしているというのは、あまり大きな声で他人に話すようなことではない。

 ましてや保護者を前にして堂々とのたまうようなことではけしてない。



「い、いいい、いっしょに寝ているのですか……?」

「待ってね、ちょっと誤解があるみたいだ。けしてやましいことをしているわけじゃない。そうだろうサメっち?」

「そうッス! アニキは毎晩ベッドでサメっちを抱いてるだけッスよ! アニキ、こういうのを“からだだけのかんけー”って言うんッスよね?」



 ピシッ……。



 そのとき、林太郎は空気が凍る音を確かに聞いた。



「……サメっち? それはちょっと説明が足りないとアニキは思うよ」

「一緒にシャワーも浴びたッス! あとこう見えて結構激しいところもあるッス! あっでも、なでるときは優しいッスよ! なでなでされると気持ちいいッス!」

「サメっち、そこらへんにしておこうか。アニキはもうお腹いっぱいだよ」


 朝霞とレッドの顔が徐々にひきつっていく。

 林太郎は自分に向けられた正気を疑うような視線をビシビシと感じた。


「ちんちんも見たッス!」

「全職員に告ぐ! 侵入した怪人を至急確保してください! 男の方は生死を問いません!」

「やはりお前は生かしておくわけにはいかない!! 覚悟しろ外道!!!!!」

「ちくしょうやっぱりこうなった!」


 サメっちを抱えると、林太郎は全力で逃げた。

 それはもう足が千切れるんじゃないかというほど走った。


「アニキ……サメっちは、またアニキに力強く抱かれてるッスね……」

「よおしサメっち、秘密基地に帰ったら国語のお勉強をしよう」

「アニキが手取り足取り色々教えてくれるんッスね!」

「おっと待った、なんだか嫌な予感がするぞお」



 林太郎とサメっちは、騒がしくヒーロー本部を後にした。





一件落着!!


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