極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第四十四話「最強の刺客あらわる」

公開日時: 2020年9月5日(土) 18:03
文字数:3,743

 ヒーロー学校とはその名の通りヒーローの養成機関である。

 正式名称は“対局地的人的災害支援要員養成学校”という2年制の職業訓練校であり、入学要件として義務教育課程相当の修学と、25歳以下であることが定められている。


 特に東京本校は毎年優秀な人材を輩出している。

 第49期首席の栗山林太郎、次席の暮内烈人をはじめ、全国のエリートと呼ばれるヒーローチームメンバーの約半数は東京本校出身である。


 その中にはビクトイエローこと黄王丸のように、生まれながら多くの才能に恵まれた者も少なくない。


 だが“彼女”はそんな優秀な人材が顔を連ねるヒーロー学校の歴史においてなお、他の天才たちをまるで寄せ付けないほどにずば抜けた才器を有していた。



 まゆずみ桐華きりか、17歳。


 ヒーロー関係者でその名と顔を知らぬ者はいない。

 彼女よりも才能の神に愛された者はいないと、誰しもがそう断言するであろう。


 桐華は栗山林太郎や暮内烈人のひとつ下の後輩にあたり、ヒーロー学校第50期首席の肩書を持つ若き英傑である。

 50年の歴史を誇るヒーロー学校の歴代記録をことごとく塗り替えた、まさにヒーローになるべくして生まれた少女だ。


 世界学生ヒーロー選手権で2位から5位までのスコアを全部足した数字にダブルスコアを付け、在学中に文化勲章と紅綬褒章を賜ったのも記憶に新しい。


 また容姿も端麗で、その流れるような白銀の髪と氷のように冷たく影のある眼差しは男女問わず人気を博している。

 ヒーロー学校に送り付けられてくる大量の恋文のために専用の書斎が設けられ、市場では闇グッズが高値で取引されているほどだ。

 在学中にもかかわらず、既にヒーロー学校の卒業アルバムにサウジアラビアの石油王が自家用ジャンボジェットと同額の値をつけたという噂もある。


 実力、才能、実績、容姿、その他全てにおいて神に愛されすぎた少女。

 それがビクトレンジャー6人目の戦士・ビクトブラックこと、黛桐華である。



「ようこそ勝利戦隊ビクトレンジャーへ! 久しぶりだな黛!」

「……どうも」


 ヒーロー本部、ビクトレンジャー秘密基地ではささやかな親睦会が催されていた。

 といってもクリスマスの売れ残ったケーキを半額で買ってきただけ、といういたってシンプルなものだ。

 メンバーもリーダーの暮内烈人以下、鮫島朝霞新司令官と黛桐華の3人だけである。


「しかし引く手数多のお前がうちに来てくれるとはな! よくビクトレンジャーを選んでくれた!」

「それについては本人の強い希望があり、10月には内定していましたので」


 朝霞司令官がフォローを入れる。

 事実、桐華のもとには全国100を超えるヒーローチームのみならず、国際的なヒーロー機関からも熱烈なラブコールが殺到していた。


 桐華はその全てを断ってビクトレンジャー入りを希望したのだ。


 10月といえば、まだビクトレンジャーが5人揃って活動をしていた頃である。

 殉職者1名、怪我人病人あわせて3名を出した今となっては遠い過去のことのようだ。


 望めば世界にだって羽ばたけた彼女が、どうしてもビクトレンジャーの一員となることにこだわった理由、それは――。


「そうかそうか、やはり持つべきものは良い後輩だな! 感謝するぞ!」

「……はい」


 桐華は小さく呟くように応えると、緑色のプレートがかかったロッカーに触れた。

 プレートには『ビクトグリーン・栗山林太郎』の名が刻まれている。

 虚ろな目で見慣れたその名を追い、細く白い指先で呼び慣れたその名をなぞる。


 桐華と林太郎は、ヒーロー学校でたった1年一緒に過ごしただけの間柄である。

 だがその1年は桐華にとってかけがえのないものであった。


 ヒーロー学校での林太郎との思い出が鮮明によみがえる。



『センパイ、私と手合わせをしてください!』

『よしわかった、フッ」

『ウッ! ……か、身体が……これは、毒の吹き矢……?』

『いいか黛、一瞬だって気を抜くな。心でやると決めた時から戦いは始まっているんだぞ』

『……はい、センパイ……!』



 林太郎はけして“良い先輩”ではなかった。


 しかし他の者たちと違い才能には恵まれない身でありながらも、陰で必死に努力し首席の座を勝ち取った林太郎を桐華は心から敬愛していた。

 桐華が自身の才能にあぐらをかくことなく、たゆまぬ努力を続けてこられたのは林太郎がいてくれたおかげである。


「黛さん、知っての通り現在ヒーロー本部は危機的状況にあり備品の配備もままなりません。当面はグリーン……栗山さんのロッカーを使っていただくことになります。あなたの固有武器“クロアゲハ”も緊急時以外はその中に」

「……いやです」

「その主張は服務規定に反しますので認められません」

「センパイは、まだ生きてる!」


 桐華は語気を荒げ、拳をロッカーに叩きつけると肩を落としてくずおれた。

 空のように澄んだブルーの瞳から、大粒の涙がこぼれる。


 勝利戦隊ビクトレンジャーに内定が決まったとき、桐華は心から喜んだ。

 こんなにも春が待ち遠しいのは、自身にとって初めてであった。

 ほとんど感情を表に出してこなかった自分にも、ちゃんと笑うという機能が備わっていたのだと歓喜したほどだ。


 わずか2ヶ月後、その無上の喜びは、奈落よりも深い哀しみへと変わった。


 それ以来、桐華はまた笑うことができなくなった。

 もともと多くはなかった口数も極端に減った。



 彼女はまだ、栗山林太郎の死という現実を受け入れられないでいる。




「立て黛……! 悲しんだところでアイツは帰ってこない……俺たちが仇を取るんだ!」

「今このヒーロー本部で、アークドミニオンに対抗できるのはあなたたちしかいません。厳しいようですが、泣くのはデスグリーンを倒した後です」


 桐華は涙をぬぐうと、その冷たい瞳に黒い闘志を宿してゆっくりと立ち上がった。



「極悪怪人デスグリーンは……私の手で始末します……必ず……」




 …………。




 一方そのころ当事者たるデスグリーンこと栗山林太郎本人は、キングサイズベッドに寝そべりながらぼんやりとテレビを見ていた。

 どのチャンネルもヒーロー本部壊滅に関するニュースばかりである。


「はぁー、年末年始ぐらい休みたいなぁー」

「このところずっと働きっぱなしッスからねえ」

「三幹部の皆さんに張り切ってもらえばいいじゃないの。俺たちもう充分頑張ったって」

「のんびりしたいッスけど、今がチャンスッスよアニキ! 今頑張れば極悪軍団結成も夢じゃないッス。そしたらサメっちナンバー2ッス!」


 サメっちの言う通り、現在アークドミニオンは多忙を極めていた。


 ベアリオン将軍の百獣軍団は北部、埼玉および茨城方面へ。

 ザゾーマ将軍の奇蟲軍団は南西部、西東京ならびに神奈川方面へ。

 そしてタガラック将軍の絡繰軍団は東部、千葉へと侵攻の準備を着々と進めている。


 橋頭保となる支部を確保次第、本格攻勢へと転じる構えだ。

 遊撃隊である林太郎の仕事はその後に控える全軍のバックアップである。


「敵つっても、どうせ関東の端っこの方のザコヒーローが相手でしょ?」

「それだけじゃないッスよ。怪人組織も一枚岩じゃないッスから、縄張りを拡げるとなると抗争になる可能性も高いッス!」

「怪人同士でやりあうってこと?」

「そうッス! たとえば群馬あたりまで行くと北関東怪人連合っていうグループが仕切ってるッス!」

「ほー、そりゃ怖いねえ。怖いから俺はもうちょっと寝てようかな」


 そのときテレビの画面が急に切り替わると、ニューススタジオが映し出された。

 ニュースキャスターが緊張した面持ちで原稿を読み上げる。


『番組の途中ですが、ただいま臨時のニュースが入って参りました。国家公安委員会の発表によりますと今朝未明、北関東怪人連合に所属する局地的人的災害108体が一斉に検挙されたとの……』


 ニュースでは空撮映像が流れており、真っ黒なスクラップと化したたくさんのバイクが埼玉群馬県境の山道を埋め尽くしていた。


「潰されてんじゃん、北関東怪人連合」

「あれれッス? ヒーロー本部って、今ヒーローいないはずッスよねえ?」

「おおかたヒーローの不在をいいことに埼玉に攻め込んで返り討ちにあったってところか。けどヒーロー本部の連中、そんな余力どこにあったんだ?」

「おかしいッスねえ?」


 林太郎とサメっちは不思議そうに顔を見合わせた。

 それと同時に部屋の扉がバンッと乱暴に開かれると、青い顔のソードミナスがナイフをバラまきながら飛び込んできた。


「たたた、大変だ林太郎! 関東大制圧作戦のために用意していた支部が、ヒーローの攻撃で破壊された!」


 林太郎は驚いた様子もなくベッドから立ち上がった。

 いくら戦力の半数以上を失ったとはいえ、東京埼玉地区以外のヒーローは健在である。

 ある程度の抵抗があることは、予想の範囲内であった。


「それで、やられたのはどこ? ザゾーマ将軍の川崎支部? それともタガラック将軍の船橋支部?」


 よもや空白地帯化した埼玉にいるベアリオン将軍の大宮支部、なんてことはないだろうと林太郎は考えた。

 そもそもあの凶悪な森のクマさんがたやすく支部を落とされる姿なんて想像できない。


 いつもの調子で飄々と尋ねる林太郎に、ソードミナスは唇を震わせながら答えた。


みっつだ! みっつ全部やられたんだよ!」

「あっはっは……冗談だよねえ? ……マジで言ってるのそれ?」


 林太郎の顔から余裕の色が消え失せた。



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