極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第二百十話「ウサニー山」

公開日時: 2021年2月5日(金) 13:08
更新日時: 2021年2月6日(土) 03:46
文字数:4,424

 林太郎の私室の隅には一週間ほど前から脚立が置かれている。

 これは電球を替えるためのものでもなければ、上って遊ぶためのものでもない。



「まゆずみー? まゆずみいないのかなー?」



 脚立に上り音もなく天井のフタを外すと、林太郎は天井裏を覗き込んだ。

 懐中電灯で照らされた暗がりには寝袋や小型冷蔵庫のほか、いつの間にやら大量のマンガ本が積み上げられていた。



「黛のやつ……どんどん生活感が増してやがる……」



 林太郎の部屋の天井裏あらため、桐華の私室に人影はない。



「アニキ。キリカなら留守ッスよ」

「そりゃあ仕方ないね。じゃあ勝手にあがらせてもらおう。なにせここは俺の部屋の領空圏内だからね」



 もちろん林太郎は桐華がいないことを知っている。

 おつかいを頼んだのは他ならぬ林太郎本人だからだ。



「えいっ」



 林太郎はバンチョルフから受け取った『月刊ブタ野郎』を、桐華の部屋の中に放り込んだ。

 策というほどのことでもないが、こうしておけばバンチョルフや林太郎にウサニー大佐ちゃんのムチが飛ぶことはないだろう。


 万が一見つかったとて、桐華ならば林太郎を突き出すような真似はしない。

 せいぜい“ひとつ貸し”として利用するぐらいだ。



「ありがとうございますオラウィ、デスグリーンさん」

「いいってことよ。お前もほどほどにな」

「ウォォン! 一生ついていきますオラウィ!」



 男泣きするバンチョルフは、部屋を後にするまでずっと頭を下げ倒していた。


 あれでも極悪軍団のザコ戦闘員たちを率いるいっぱしのリーダーだ。

 こうして首輪をつけておけば、前回のようにホウレンソウを怠ることもなくなるだろう。


 そんな打算的なことを考える林太郎に、サメっちがいつになくキラキラした目を向ける。



「アニキかっこいいッス! いまのはだいぶアニキ感あったッスよ」

「おいおい、いつもはアニキっぽくないってか?」

「アニキはいつだってアニキッスよ! でもこれで“こーきしゅくせー”も安心ッスね!」

「そりゃそうさ。少なくとも俺は風紀なんて乱しちゃあいないんあだからね。いやあこりゃ清く正しすぎて怪人のお手本にはならないなあ。いっそムチでひっぱたいてほしいぐらいだよ」


 サメっちに持ち上げられて機嫌を良くした林太郎は、ふたたびサメっちの両手を掴んでぐるぐると踊り回る。


「ようし、今日の晩御飯はアニキがカレーを作ってあげよう。すぐに全部は教えられないけど、見て覚えるんだ」

「わァいッス! サメっち、エビ入ってるやつがいいッス!」


 ひとしきり調子に乗ると、林太郎はサメっちをふかふかのベッドに放り投げる。

 サメっちはけらけら笑いながら、ベッドの上でトランポリンのように跳ね回った。


「あっはははは!」

「きゃッきゃッ!」

「じゃあアニキは調理室でエビをいっぱい貰ってくるから、大人しく留守番してるんだぞ」

「りょーかいッス!」



 グッと親指を立てる林太郎を、サメっちも同じく親指を立てて見送る。




 林太郎が部屋を出て数分後。


 ふたたび部屋の扉が激しくノックされた。


「デスグリーンさぁん! どうかご慈悲をウィィ!」

「後生でごぜぇやすウィ! 我が子をかくまってくだせぇウィ!」

「っしぁぬっんるるっさォンォウ!!」

「はいはいッス。ちょと待つッスよ」


 サメっちが扉を開けると、数十名のザコ戦闘員たちが我先にとなだれ込んでくる。

 誰もかれも血の気の引いた顔をしており、まるで大名に直訴を願い出る農民たちのようであった。


 バンチョルフから話を聞いたのか、彼ら全員が胸に大きな袋を抱えていた。

 中には夜逃げでもするのかというほど大荷物を抱えた者もいる。


「どどど、どうしようウィ。サメっちさんしかいないのは予想外だウィ……」

「やっぱり大人しくウサニー大佐ちゃんにひっぱたかれるしかないのかウィ……」

「それはそれで……あいや。今回はマズいウィ! あのウサニー大佐ちゃんのキレっぷりだと、ごめんじゃ済まないウィ!」


 思い思いに不安を口にするザコ戦闘員たちは、完全に難民と化していた。


 そんな彼らの前で、小さな救世主が腰に手をあてて胸を張る。


「ふふふッス……話は聞かせてもらったッス」

「おお、サメっちさん! ということはまさかウィ!」

「サメっちに策ありッス。アニキの留守をあずかる、この極悪軍団ナンバー2のサメっちにぜんぶ任せるッスよ」

「「「「「サメっちさん万歳! ナンバー2、万歳!」」」」」




 ………………。



 …………。



 ……。




 アークドミニオン居住区の長い廊下を歩くふたつの影があった。


 ひとりはエビの入った袋を手に下げた妙に目つきの悪い男、極悪怪人デスグリーンこと栗山林太郎。

 そしてもうひとりは、軍服姿にウサミミを生やした眼帯女子、風紀の鬼こと蹴兎しゅーと怪人ウサニー大佐ちゃんであった。



「まったく、どいつもこいつも。気の緩みが組織の存亡にかかわるという自覚がなさすぎる。そうは思わないかデスグリーン少佐」

「そ、そうだね。まったくそのとおり」


 林太郎は調理場でウサニー大佐ちゃんとばったり出くわしたのだった。


 どうやら怪人たちが調理場から毎晩お酒をこっそり持ち出していたらしく、帳簿の確認にきていたらしい。

 ちなみにその場で不正が発覚したため、調理場の担当怪人は林太郎の目の前で釜茹でにされた。


 実際目にするまでは軽く考えていた林太郎も、さすがに肝を冷やした次第である。



 一週間も部屋にこもって悶々としていたとは思えないアグレッシブさであった。

 ずだずだと廊下を歩く足音にも、どこか怒気をはらんでいるように思える。



「けどウサニー大佐ちゃん、さすがにやりすぎなんじゃ……」

「何を甘いことを言っているんだ。ベアリオン様が地方支部の巡視から戻られるまでに、なんとしてもアークドミニオンの掃除を済ませなければ。それが留守居を預かる者の役目だ」



 そうなのだ、一番の大きな問題点はそこである。

 問いただすべき当のベアリオンは、北関東一円に点在する百獣軍団支部の視察中だ。


 ニャンゾたちの失態を機に、軍団内の統制を取るためここ一週間ほど留守にしている。

 唯一ウサニー大佐ちゃんの手綱を握れるベアリオンが戻るまで、三日はかかるという話であった。


 少なくとも、あと三日間はこの嵐を耐え抜かねばならないということだ。

 おそらくウサニー大佐ちゃんはベアリオンが戻るまでにアークドミニオンを無菌室にすることで、例の写真の件を問いただす腹なのだろう。



「次は奇蟲軍団と極悪軍団の宿舎だな。貴官にも立ち会ってもらえると助かるのだが」

「あ、ああ、もちろんさぁ。お手柔らかに頼むよ」

「それは連中の普段からの心掛け次第だ」



 なりゆきとはいえ、林太郎はウサニー大佐ちゃんと連れ立って宿舎区画を見て回った。

 一見すると綱紀粛正に手を貸しているようにも見えるが、これも林太郎の邪悪な頭脳が導き出した結論である。


 万が一にもウサニー大佐ちゃんの逆鱗に触れるものが発見されたときのことを考えると、いつでも庇い立てられるよう行動を共にしたほうが安全だと判断したのだ。

 林太郎とて、部下をむざむざ釜茹でにされたくはない。




 だが意外なことに、極悪軍団に属するザコ戦闘員たちの部屋からは成年誌ひとつ出てはこなかった。


 そう、なにひとつ出てこなかったのである。




「すまない。極悪軍団の指導がここまで繊細に行き届いているとは。私の貴官に対する評価を改めねばならないようだ」

「いやいや当然のことだよ。うちの連中はあれでしっかりしてるから、あっはっはっは……ははっ……」



 しかし林太郎の穢れた脳内では、なぜか嫌な予感と書かれた警告ランプが灯っていた。

 あのあれほど本能に素直なザコ戦闘員たちが、果たしてそこまで鋼の自制心をもっているものだろうかと。


 だがいまのウサニー大佐ちゃんのことを思うと、見つからないに越したことはない。

 ちなみに奇蟲軍団の宿舎からは大量の昆虫図鑑が発見されただけであった。


 清廉潔白な検閲結果に、ウサニー大佐ちゃんのボルテージもかなり落ち着いたように見える。



「ことのついでだ。念のため貴官の部屋もあらためさせてもらおう。これほど部下に禁欲を敷いている貴官のことだ。いかがわしい書籍などありはしないだろうがな」

「当たり前じゃないか。俺の部屋にはサメっちだっているんだぞ」

「ふっ、そうだったな。すまない。私は少し過敏になりすぎていたようだ」

「まあね! 桐華はちょっと持ってたりするかも、だけど、ね!」



 林太郎がバンチョルフの『月刊ブタ野郎』を預かったのも、無駄ではなかったということだ。

 ここまで落ち着きを取り戻したのであれば、よもや『月刊ブタ野郎』一冊ごときで怒り狂うこともないだろう。


 それも桐華の所有物であるように偽装してあるとなればなおさらだ。



 嫌な予感はするものの、不安を顔に出すこともなく林太郎は自分の部屋の前に立った。



「じゃあどうぞ。なにも出てこないとは思うけど」

「それはどうだろうな。なに、貴官は私の期待を裏切るような雄ではあるまい。では失礼する」



 扉を開けた林太郎とウサニー大佐ちゃんの目に入ってきたのは、いつも通りの部屋とベッドの上にちょこんと座ったサメっちであった。



「ただいまサメっち」

「おか、おかか、おかえりッスアニキ」



 サメっちはどういうわけか、あわわと口元を押さえながら妙に弧を描いた天井を見つめている。


 林太郎がつられて視界を上に向けると、なぜか大きくたわんだ天井が目に入った。

 妙に弧を描いた天井板が、みしりみしりと音を立てているではないか。



「うむ。掃除も行き届いているな。では……ん? どうしたデスグリーン少佐?」




 次の瞬間、荷重限界を超えた天井がバリバリと音を立てながら崩落した。



 降り注ぐ大量のえっちな本、えっちなDVD、えっちなブルーレイ、えっちなピンナップ。

 ありとあらゆる肌色が林太郎とウサニー大佐ちゃんの足元を、雪崩のごとく埋め尽くす。



『月刊ブタ野郎6月号』


『女軍曹、秘密の個人特訓』


『アメとムチと蜜』


『臀部戦線異状なし』


『オマンドー』



 全体的にジャンルが偏りまくったえっち土石流に半分ほど埋まりながら、林太郎はズレた眼鏡を直すことも忘れ言葉を失った。



「こ、ここっ、これこれこれ、これは……?」

「あーっ! アニキが隠してたえっちなグッズが大変なことにッスぅーッ!」

「いやたしかに隠したのは俺だけど、この量は……?」



 ただでさえ血色の悪い林太郎の顔が、真っ青を通り越して紫色に染まるなか。


 目の前にこんもりと積み上げられたえっち山がガラガラと崩れ、その頂上からぴょこんと“ウサミミ”が顔を出した。




「デス、グリーン……少佐ァ……」




 煮えたぎるマグマが地中で震えるような、暗く深い声がえっち山から静かに響く。


 のぞいているのはのはウサミミだけだ。

 “彼女”がいまえっち山の下でどんな顔をしているのか、想像もつかない、いや想像したくない。



 だが林太郎にはふたつだけわかっていることがある。


 火山というものはひとたび噴火すれば、矮小な人間などに抗う術は一切ないということ。




 そして目の前のウサニー火山が、いままさに大噴火しようとしているということだ。






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