極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第百五十三話「炎の剣と鉄の盾」

公開日時: 2020年9月27日(日) 22:03
文字数:4,238

 特大カレー鍋の前には怪人たちの大行列ができていた。

 中には今回の出撃には参加せず、機材の整備や留守番を任されていた怪人も含まれる。


 野戦病院の一角で始まったカレー配給は、いつしか功労会と化していた。


「ソードミナスさん、俺たちもカレー食っていいんですかウィ!?」

「ああ、しっかり食べるんだぞ。おかわりもあるぞ」

「うめウィ、うめウィーッ!」

「しかし忙しいな……林太郎はいったいどこ行ったんだ……?」



 そのころ林太郎は、カレーの配膳を湊に任せてひとりエレベータに乗っていた。

 行先はタガデンタワーの最上階、タガラックの私室こと会長室である。


 ひとりだけ姿を見せないタガラックに、林太郎は言い知れぬ不安感を覚えた。

 確信があるわけではない、強いていうならば元ヒーローとしての勘のようなものだ。


(なんだか胸騒ぎがする……。また爆発してたりしないだろうな……?)


 林太郎の脳裏に、目の前でタガラックが爆破されたときの恐ろしい光景がフラッシュバックする。

 地下も含めて数百メートルをわずか数分で上昇する世界最速のエレベータも、今日はなんだか遅く感じた。



 電光掲示板が最上階を示し、重い扉が開いたその瞬間――。




「いやああああああああああーーーーーーーーーッッッ!!!!!」




 絹を裂くような乙女の悲鳴が、タガデンタワー最上階のエレベータホールに響いた。


「タガラック将軍!? くそっ、嫌な予感的中かよ!!」


 ただごとではない事態に、林太郎は自身の怪我のことも忘れて駆け出していた。


 足音のしない絨毯を蹴り、大理石の壁に身体を打ちつけながら走る。

 つい先日爆発事故があったばかりだというのに、既に痕跡も残さず修繕されているのはさすがというべきか。


「あーーーーーーれぇーーーーーーーッ!!!」

「タガラック将軍、ご無事ですか!!!」


 林太郎は勢いに任せて、半開きにされていた会長室の扉を勢いよく開け放った。



 そこで目に飛び込んできたのは――。



「やめてぇーーーッ!!」

「ぐひょひょ……よいではないか、その恥じらい顔もよく似合っておるぞ。さてこっちの具合も確かめておこうかのう……むふっ、感度は良好みたいじゃな。むひょっ、むふぉふぉふぉふぉ……」

「ご無体なァーーーーーッ!!!」



 大都市東京の夜景をバックに、衣服を着崩し目に涙を浮かべる褐色肌の見慣れぬ少女。

 そして彼女の肢体をまさぐりながら、おっさんみたいな笑い声をあげる金髪幼女タガラックがそこにいた。


「でへへへ……やはりわしの造形は完璧じゃのう……ええ? どうじゃこのきめ細やかな肌ざわり。わしそっちのほうでも食っていけそうな気がするわい……ほひょっ?」

「何やってるんですかタガラック将軍! ついに一線を超えやがりましたね!」


 タガラックの両脇をガッチリとホールドすると、林太郎は顔を真っ赤にした褐色少女からセクハラ将軍を引き剥がした。


「ぬああああ! なにをするのじゃ林太郎! いいところじゃったのにぃ!!」

「いたいけな女の子を襲うだなんて見損ないましたよ!」

「おぬし人のこと言えんじゃろうが! それにわしは自分で作った絡繰からくり人形のチェックをしとっただけじゃもんね! わし悪くないもんね!」

「絡繰人形ぉ……?」


 林太郎はいぶかしげな目を、褐色の少女に向ける。

 少女は疲れた顔で着衣の乱れを整えているところであった。


「……おおきになあ……助かったわ……」


 年齢的にはタガラックの“外見”と同じぐらいだろうか。

 ボーイッシュな短い黒髪と勝気な目、プリーツスカートの下から覗くスパッツから健康的な細い脚が伸びていた。


 よくよく見ると林太郎はその少女、もとい少女の形をしたものに見覚えがあった。


 それは以前林太郎が改造されそうになった際、タガラックからすすめられた身体のひとつである。


「ああ……プリチュアでしたっけ? どうりで見たことがあると思ったら」

「うむ、これぞ我がくららちゃんボディとついをなすわしの自信作、その名も“元気系スポーツ美少女・めららちゃん”なのじゃ」

「なんですかもう、まぎらわしい……」


 林太郎は自分が婦女暴行事件の目撃者にならずに済んだことに、ホッと胸をなでおろした。

 そして同時に、ふと浮かんだ疑問が頭をよぎる。



「待ってくださいタガラック将軍。めららちゃんの“中身”はいったい誰なんです?」



 目の前にいる褐色少女は、確かにタガラックが作り出した絡繰人形である。

 しかし今のめららちゃんは自分の足で立ち上がり、苦々しい顔をこちらに向けているではないか。


「おおーーーっと、いかんぞぉ? それはいくら林太郎でも秘密なのじゃー」

「ヒノスメラか」

「ようわかったねえ、お兄ちゃん」

「のおおおおおおおおおん! おぬしぃぃぃぃッ!!!」


 金髪幼女が叫びながら、褐色少女の胸倉に掴みかかる。

 めららちゃんはその細い手をぺしんと払いのけると、改めて林太郎と向かい合った。


 林太郎は身構えながら、めららちゃんことヒノスメラに話しかける。


「なんだ、まだお仕置きされ足りないってのか……?」

「この身体動かすんで精一杯や。そんな身構えんでも、今のうちにはでなーんもでけへんよ」



 そう言うと、ヒノスメラはシャツのボタンを外して胸元をさらけ出した。



「なんの因果か綺麗にさっぱり散ったつもりが、海の底で潜水艦に拉致られてこのザマや」



 褐色の胸の中心には黒い結晶が埋め込まれ、無数のコードで身体と繋がれていた。

 結晶の中では白く輝く炎がメラメラと燃えている。


 それを見てようやく林太郎は、怪人を封印するヒーロー本部の秘密兵器“ハーメルンハンド”をタガラックに譲渡したことを思い出した。


 こっそりと逃げ出そうとしていたサラサラ金髪の頭を、林太郎の両手がガッシリと掴む。


「あんた作戦の後半から消えたと思ってたら、なにやってるんですか!」

「わし悪くないもぉん! わしの好奇心が悪いんだもぉん!」

「なおさらたちが悪いわ! それよりどうするんですかコレ! 今さらアークドミニオンのみんなに、なんて説明するんですか!?」

「……それやったら心配には及ばへんよ」


 タガラックの頭を掴んだままぶんぶんとシェイクする林太郎を、ヒノスメラの透き通った声が制止する。

 そして小さなめららちゃんボディには不釣り合いなほど大きなリュックサックを引きずり出してきた。


「ドラギウス総帥のツテでなあ、関西の怪人組織に面倒見てもらうことになっとるんよ。京都四天王組っちゅうんやけど」


 林太郎は呆気に取られながら、黙って首を横に振った。


 そしらぬ顔でカレーをむっしゃむっしゃと頬張っていた老翁の顔が、林太郎の頭に浮かぶ。

 ドラギウス三世、やはり食えない爺さんである。


 いったいいつの間にそんな手筈を整えていたのだろうか。

 しかし京都四天王組とは、なるほど四幹部の呼称案で“四天王”が大ひんしゅくを買ったわけである。



「……アークドミニオンからは、追放されるってことか」



 やはりこれだけの大事件と怪我人を出した者を、組織内に留め置くわけにはいかないということなのだろうか。

 言いにくそうに尋ねる林太郎に、ヒノスメラはふふっと笑って答えた。


「勘違いせんといてね、うちが決めたことやさかいに。せやけどモメるんはわかっとったから、他のもんには気づかれんうちに出ていくつもりやったんやけどねぇ」

「なあ、サメっちにも黙って出ていくのか……?」


 林太郎の言葉に、ヒノスメラは少し寂しそうに目を伏せる。

 そして沈黙が答えだと言わんばかりに林太郎を見つめ返した。


「やっぱりあんた、肝の据わったええ目しとるわ。あんた嘘は得意やろ? 生まれながらの嘘つきの目やで」

「それ褒めてるの? それとも喧嘩売ってるの?」

「さあ? お兄ちゃんが感じた通りやと思うよ?」


 ヒノスメラは林太郎を軽くいなすと、今度はふかふかの大きな椅子に座ってムスッとしているタガラックに声をかける。


「もう身体のチェックはええのん?」

「わしの整備しためららちゃんボディに、不備などあるわけなかろう」

「あらおおきに、ほなこの身体はもろてくよ」

「はーっ、さっさと行かんかこの負け犬ぅ! おぬしの顔などもう見飽きたわい! ねっ! さっさと去ねばかたれぇ!」

「おおこわぁ。ほなそろそろおいとまさせてもらおかしら」


 ヒノスメラは褐色元気系スポーツ少女らしからぬ妖艶な笑みで、舌をぺろりと出す。

 そして踵を返すと、重そうな荷物を背負って会長室の扉を開いた。


「ほなまたね、お兄ちゃん。サメっちのこと、よろしゅう」


 林太郎はその背中に何かを言いかけたが、彼の言葉がつむがれるよりもはやくヒノスメラは会長室を後にした。

 まるでそれが自身とアークドミニオンへの、ケジメだと言わんばかりに。


 重い扉が音もなく閉じると、会長室は静寂に包まれた。

 腕を組んで眉毛を吊り上げたタガラックが、沈黙に耐えかねて林太郎に話しかける。


「だははははーっ! ようやくめららちゃんボディを処分できてせいせいしたわーい!」

「タガラック将軍、あなた最初からこのつもりでヒノスメラを回収したんですね」

「なななっ、なにを言っておるんじゃ林太郎! わしはただ手ごろな実験動物モルモットがほしかっただけじゃもんねーっ!」


 会長椅子の上で、金髪幼女がびょいんびょいんと飛び跳ねた。

 その姿は一見すると、友だちと喧嘩をして意固地になっている子供そのものである。


 しかしこの幼女は、かつてヒノスメラと並び称されたアークドミニオンの古参幹部なのだ。



 “炎の剣、鉄の盾”と呼ばれたアークドミニオンの二枚看板。

 そこにどのような絆や物語があったのか、林太郎は知る由もない。


 ヒノスメラとタガラックの関係性について、林太郎が知っていることはただひとつ。

 十年前の富士山爆発災害を期に決別した、かつての仲間であるということだけだ。


「めららちゃんボディの製造年月日、十年前の日付でしたよ」

「ほっ……ふぬっ……それはおぬしの見間違いじゃっ! わしゃ知らん、知らんもんね!」

「あなたといい、ドラギウス総帥といい、ヒノスメラといい。まったくどいつもこいつも怪人ってやつは、素直じゃないんだから」



 タガラックは椅子に腰かけたまま、バツが悪そうに東京で一番高い場所から街を見下ろす。

 光り輝く夜景の中で、焼け野原と化した銀座の街だけがまるで穴が空いたように真っ暗だった。


 金髪碧眼の幼女は林太郎のほうを振り向きもせず、呟くように抗議する。



「おぬしにだけは言われとうないわい」



 口を尖らせ頬を朱に染めたその顔は、ばっちりと窓ガラスに映っていた。



「そりゃどうも、お褒めにあずかり光栄です」



 林太郎はわざと窓ガラスに顔が映るよう、ニヤリと笑ってみせた。




第五章これにて完結です。


ヒノスメラとの出会いと別れを経て、サメっちはまたひとつ強くなりました。

いつか京都編でまた会えることでしょう。


物語は再び一旦幕を閉じます。

しかし彼らの物語はまだまだまだまだ続きます。


明日からは第六章に突入します。

ストックがなくなってきたので更新ペースは少し落ちるかな!


基本的に昼と夜の2回更新になってくると思います。

引き続きよろしくお願いいたします!



たびたび熱いご声援、宣伝拡散のご協力、身に余る評価の数々、感謝の言葉もございません。

これからも末永く、夢のボリウッド映画化までお付き合いくださいませ。


みんなありがとう! ありがとう言うの大好き! もっと言わせて!


みなさま今章も楽しんでいただけましたでしょうか。

面白かった? そうか! じゃあ思いの丈を俺にぶつけてくれ! さあはやく!

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