極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第十四話「凶器乱舞」

公開日時: 2020年9月2日(水) 02:03
文字数:3,048

 泣きじゃくるソードミナスをなだめるのもそこそこに、林太郎たちは人目をはばかり逃げ出すように上野公園を後にした。


 派手な怪人騒ぎだったので、通報を受けてヒーローが到着するまでそう時間もない。

 探知されないよう念のためビクトリー変身ギアは秘密基地に置いてきているが、ことが大きくなればそれも意味を為さなくなるだろう。


「なんてざまだよ、まるで悪の怪人みたいだ」

「アニキ、サメっちたちは悪の怪人ッスよ」


 特に今の林太郎はビクトレンジャーからしてみればメンバーの仇であり、問答無用で敵対する立場にある。

 もし残りのメンバーである一撃必殺チートのレッド、戦闘に特化したイエロー、このふたりと無策に対峙することがあれば、勝ちの目は相当に薄い。


 アークドミニオン秘密基地へと足を向けた車内では、サメっちがキラキラした目を林太郎に向けていた。


「しっかしアニキは人間態でもめちゃ強ッスね! またそんけーッス。どこで修行を積んだッスか?」

「中国の山奥にある寺でフラミンゴとムエタイして鍛えたんだよ」


 林太郎はヒーロー学校時代、特訓に明け暮れ地獄の日々を送っていたことを思い出していた。


 暑い夏の日、練習用の竹刀を熱い鉄の棒にすり替えたこともありました。

 寒い冬の日、特訓後のシャワールームでガスを止めたこともありました。

 風が強い日、訓練教官を凧に括り付けて空高く飛ばしたこともありました。

 どうしても勝負したいと懇願してきた後輩に、毒の吹き矢を用いて圧勝したこともありました。


「いやあ、懐かしいなあ……」


 ヒーロー学校を地獄たらしめていたのは主に林太郎であったことは言うまでもない。

 そんな思い出が巡るのは、死期が近いからだろうか。

 車内は危険な刃物であふれかえっていた。


「本当にすすす、すまない……」

「気にしないでほしいッス。よくあることッス、ねえアニキ」

「よくあってたまるか」


 長躯の怪人ソードミナスはうわごとのように謝罪を繰り返し、後部座席で縮こまっている。

 ハンドルを握る林太郎は、後ろからザックリやられたりはしないかと気が気ではない。


「改めて、アークドミニオンの鮫島さめじめ冴夜さやッス。サメっちって呼んでほしいッス」

「ソードミナス、剣持けんもちみなとだ。ケンちゃん……いや、もっちー……ミナたんとかどうかな?」

「いや聞かれても、そこ張り合うところじゃないからね? 俺は栗山林太郎、よろしく」

「なるほど、クリリンだな」

「二度とその名で俺を呼ばないでね」


 ソードミナス・剣持湊はこうして見ると、ちょっと背が高い普通の女にしか見えなかった。

 ヤマアラシのような正体と、感情がたかぶると身体から勝手に刃物が飛び出してしまうということを除けば。


 既に後部座席はちょっとした武器庫と化しており、シートはズタボロであった。


「こりゃまた難儀な体質ッスね。飛行機乗れないッス」

「できれば自動車にも乗せたくないね。帰ったら運転席の背もたれに鉄板でも仕込もうか」

「またまたぁ、そんなご冗談をッス」

「冗談じゃないよ、なんなら今すぐ欲しいぐらいさ。俺の背中で黒ひげ危機一髪が始まる前に」


 その後もちょっとした拍子に刃物が次々と飛び出した。

 ブレーキでグサリ、車線変更でブスリ、時速40キロを超すとドスリ。


「この前の爆弾といい、何だって危険物ばっかり運ばにゃならんのかね」

「なんかこういう映画あったッスね」

「ニトログリセリン運ぶやつだね」


 後部座席でガタガタ震える小心者は、ある意味爆弾よりも厄介だ。

 赤信号で隣に大きなトラックが停まっただけで驚き、撃ち出された槍がカーナビを貫いた。


「あーーーーッ! 思い出したッス!」

「どきーーっ!! ななな、なにをなにを!?」


 刺身用の柳刃包丁が運転席のシートを貫き、林太郎の首筋からわずか数センチの位置をかすめた。


「鯛焼きくん、買い直してもらってないッス!」

「よしサメっち、アニキとゲームをしよう。今から秘密基地まで一言も喋らなかったらアニキがホットケーキを焼いてあげるから黙ってようね」


 幸いなことに、車は誰かが血を流す前にアークドミニオン秘密基地へとたどり着いた。


「修理いくらかかるんだコレ……」

「本当に申し訳ない……」

「だいじょぶッスよ。前に溶岩怪人マグマイザーさんを連れてきたときは全焼しちゃったッスけど、次の日には直ってたッスから。それよりさっさと顔合わせするッス。竜ちゃん待ってるッス」

「……竜ちゃん? 誰それ?」


 アークドミニオン心臓部、暗黒密教の聖堂を彷彿させる大講堂に、悪魔のような笑い声が響く。


「クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハッハ!! よくぞ参った、我輩はドラギウス三世! 秘密結社アークドミニオンの総帥であーるっ!」

「けけけ、剣山怪人ソードミナス、ですっ! あわばばばすごい、本物だ!」

「そう硬くなるでない。まずはゆるりと身体を休めるがよい。フハハハハ!!」


 この世の邪悪を煮詰めたような老紳士は、無尽蔵に溢れ出るバターナイフをものともせず、ソードミナスの手を取って温かい言葉をかけた。

 林太郎は、この迫力で“竜ちゃん”は無理があると思う次第であった。


 たださすがの怪人たちもソードミナスの特異体質には近づき難いらしい。

 結局、林太郎とサメっちがしばらくソードミナスの面倒を見ることになった。


 シャワーを浴びたソードミナスはTシャツにスウェットという、ずいぶんラフな格好に着替えたものの――


「なんというか、目の毒だな」

「丈がぜんぜん足りてないッス」


 なにせ2メートル近い長身を誇るソードミナスだ。

 とりいそぎ手ごろな服を貸し与えたものの、上はへそ出し、下は七分丈という有様である。

 またコートを着ていた時にはわからなかったが、薄着になった途端そのスタイルたるや刃物以上の凶器であることが判明した。


「あああ、あまり見るなよ……恥ずかしいじゃないか」


 すらっと長い脚もさることながら、締まるべきところはしっかり締まり、出るべきところはしっかり出ている。

 世界中の女の嫉妬と、世界中の男の欲望を、伝説のパン屋が丹精込めてこね上げじっくり焼いたらこういう形に仕上がるのではないだろうか。


 それに加えて、涼しげだが伏し目がちに潤んだ瞳と、おどおどした嗜虐心を煽る気弱な態度が、危険な相乗効果を生み出している。

 男ならば誰しもが肩を抱かずにはいられないだろう。

 全身を刺し貫かれる覚悟があればの話だが。


「あーーーーッ! 思い出したッス!」

「どきーーっ!!」


 次の瞬間、ソードミナスの胸元がテントのようにグググッと張ったかと思うと白刃がきらめいた。

 林太郎のたるみきった顔面目掛けて刃渡り三尺の大太刀が振り下ろされる。


「うおおお危ねええ!!」


 林太郎はとっさの真剣白羽取りでギリギリ受け止めることができたが、

 一瞬でも反応が遅れていたら唐竹のように正中線で真っぷたつに割られていたことだろう。


「ホットケーキッス! アニキ、ホットケーキ焼いてくれるって言ったッス!」

「いやサメっち、アニキってば今それどころじゃないよ? ねえ見えてるかな?」

「あわわわわ、すまない林太郎! 大丈夫か!?」


 申し訳なさそうに林太郎の顔を覗き込むソードミナス。

 しかし林太郎の視線はその潤んだ瞳の下、内側から切り裂かれたTシャツの隙間で露になった鎖骨のラインと、深く柔らかな山谷に注がれていた。


「林太郎? いったい何を見て……る……あっ」

「総員退避ーーーーっ!!!」


 文字通り絹を裂く乙女の悲鳴が、アークドミニオンの秘密基地中に響き渡った。

 ショットガンの如く撃ち出された無数のナイフは、あとで林太郎が数えたところ250本にも及んだ。



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