動くこともままならない林太郎とサメっちに、100人のヒーローたちが迫る。
「みんなの仇だ! かかれーーーっ!」
それはヒーローというより、もはや暴徒化したデモ隊である。
手に手に武器を持ち、抵抗できない林太郎たちを袋叩きにする構えだ。
「アニキぃぃ……!」
「……ったく、損な役回りだよアニキってのはさ」
林太郎はサメっちを手繰り寄せると、優しく頭を抱いて自分の胸に顔を埋めさせた。
そしてその華奢な身体を地面に押し倒し、自分は覆いかぶさるようにして身を固くした。
「骨の30本ぐらいで済めばいいけどな」
無論その程度で済むはずがない、林太郎は最悪の事態を覚悟した。
「死ねェーーーっ! デスグリーンッ!!」
「くたばりやがれ、腐れ外道がッ!」
まるでヒーローらしからぬセリフと共に、林太郎の背中目掛けて鋭い剣が、硬い棍棒が、巨大な斧が振り下ろされる。
林太郎はギュッと目を瞑った。
ドッ! ガッ! ゴッ!
――――。
しかしいくら待てども衝撃はこない。
林太郎がゆっくりと目を開けると、黒い毛の塊のようなものが見えた。
「こんな軽い攻撃じゃあ、マッサージにもなりゃあしねえなあ!」
毛むくじゃらの大男が、林太郎とヒーローたちの間に立ちはだかっていた。
その大男はガードの姿勢も取らず、たくましい鎧の如き肉体でもってヒーローたちの渾身の一撃を軽々と受け止めていた。
「ガハハハハ! ちと遅れちまったが、後夜祭には間に合ったみてえだなあ!!」
大男は耳まで裂けた大きな口で豪快に笑うと、己の肉体に向かって振り下ろされた武器の数々を片手で束ねて持ち上げた。
「わわわっ! なんだ!? なんだーーーっ!?」
3人のヒーローが武器を持ったまま宙に浮き、足をバタバタさせる。
そのままブンッと無造作に投げ飛ばされたかと思うと、30メートルほど離れたところの岩壁に3人仲良く頭から突き刺さった。
突如現れた新たな怪人に、ヒーローたちがどよめく。
それもそのはず、関東一円のヒーローでこの男の名を知らぬ者はいない。
クマとライオンを足したような凶悪な風貌。
筋骨隆々の肉体を包むのは、荒々しい野生的な剛毛である。
その眼光は見る者すべてに野生的な原初の恐怖を想起させる。
“食物連鎖の頂点”は人間ではない、今目の前にいるこの大男なのだと。
「オレサマはあッ! 最強ッッッ!!!」
大音声に大気が震え、木々が葉を散らす。
それに乗じるように、次々と獣を彷彿させる姿の怪人たちが戦闘員を伴って姿を現す。
彼らはズラリと整列すると、声をそろえて大男を讃えた。
「「「「「最強ッ! 無敵ッ!! 百獣の王ッ!!!」」」」」
「オレサマたちはあッ! 最強ッッッ!!!」
「「「「「最強ッ! 無敵ッ!! 百獣軍団ッ!!!」」」」」
大男の掛け声に合わせて、巻き起こるコール&レスポンス。
その場の空気があっという間にその男を中心としたものに染め上げられる。
100人のヒーローさえも圧倒する爆熱沸騰のボルテージが空間を支配する。
「オレサマこそはあッ! 百獣将軍ベアリオンさまだあーーーッッッ!!!!!」
「「「「「最強ッ! 将軍ッ!! ベアリオーーーンッッッ!!!」」」」」
その大男の名は、百獣将軍ベアリオン。
秘密結社アークドミニオンが誇る最強戦力にして三幹部がひとり。
獣系怪人の長にして、アークドミニオンの最大派閥“百獣軍団”を率いる大将軍である。
「食い散らかせ野郎ども!!!!!」
「「「ガオオオオオーーーッ!!!」」」
そこから先はもう酷かった。
先頭に立って暴れるベアリオン将軍を筆頭に。
チーター風の優男が逃げ惑うヒーローを追い掛け回し。
ウサミミ軍服女子が助けを求めるヒーローの顔面を蹴り上げ。
ウシの角を生やした筋肉ダルマが密集したヒーローをボーリングのピンみたいに弾き飛ばした。
蜘蛛の子を散らすように遁走するヒーローたちを、猫と犬に率いられたケモミミ装備の戦闘員たちが数で包囲し硬い棒で叩きに叩く。
もはや戦闘は一方的な“狩り”へとその姿を変え、周辺一帯は阿鼻叫喚の地獄と化した。
…………。
ベアリオン将軍に顔面を掴み上げられた最後のヒーローが、人形のようにダランと腕を垂らして動かなくなる。
失神するまでボコボコにされたヒーローたちは、ひとり残らず縛り上げられ山のように積み上げられていた。
「これで終わりかウサニー!?」
「はっ、残敵ゼロであります、ベアリオン将軍!」
「こっちの被害状況は!?」
「ゼロであります!」
「ヒーロー側で死んだザコはいるか!?」
「ゼロであります!」
「上出来だぜえ!! 引き揚げるぞお前ら!!」
「はっ、総員撤収ゥーーーッ!!! ちんたらするな急げーッ!!」
ウサニーと呼ばれたウサミミ軍服女子の号令で、百獣軍団はテキパキと撤収準備をはじめた。
ベアリオンはへたり込む林太郎とサメっちの前にドカッと腰を下ろすと、ふたりの肩をがしっと掴んで豪快に笑った。
「ガハハハハ! 遅くなってすまなかったなあ! お前らが無事でなによりだぜえ!」
「オジキぃぃぃ! 間一髪ッスぅぅぅぅ!!」
「おおお、サメっちい! 巨大化したのに生き残ったんだってなあ!」
「えへへぇ、アニキのおかげッスぅ」
サメっちとベアリオンは深い面識があるようだった。
サメも魚類とはいえ動物ということで、サメっちも割と最近までは百獣軍団の一員だったらしい。
ベアリオンはまるで出張から帰ったばかりの子煩悩な父親のようであった。
最近は林太郎も似たような感じになってきてはいるのだが。
「しかし兄弟よお、お前はやっぱり大した奴だぜえ! ほとんどひとりでロボを8体も片付けたんだってなあ!?」
「ええまあ……そうですね。……兄弟?」
ロボの大半を片付けたのはロミオファイブとプリンスカイザーである。
間接的には林太郎が倒したことになるのかもしれないが。
「ガハハハハ! こりゃまた大宴会だなあ! もちろんお前が主役だぜえ兄弟!」
「ところですいません、その、兄弟っていうのは……」
「ああん? 細けえことは気にすんな、ガハハハハ!!!」
「あっはい……」
林太郎はアークドミニオン最強軍団の大殺戮を目のあたりにして、完全に委縮しきっていた。
それほどまでに百獣軍団の戦闘は凄まじく、まさに災害と呼ぶに相応しいものであった。
ドラギウスから超武闘派である百獣軍団の話は聞いていたが、ここまで一方的なものだと誰が想像できようか。
ベアリオンの配下には単騎でもヒーローチームを2、3隊食えるような怪人がゴロゴロいるのだ。
それが“群れ”で襲い掛かってくるなど、ヒーローにとってはまさに悪夢そのものである。
同じアークドミニオンに所属する身ではあるものの、できることならばあまり関わりたくないというのが林太郎の本音であった。
「ありがとうございます、ベアリオン将軍。このお礼はいずれ必ず」
「いいってことよ!! 同じ百獣軍団の家族じゃねえか!!」
「……はい? 家族?」
いったいいつ、林太郎ことデスグリーンは百獣軍団に組み込まれたのだろうか。
林太郎にはまるで心当たりがなかった。
百獣将軍ベアリオンはそんな林太郎の疑問を知る由もなく、あるいは知っていながらも意に介さず。
ガハハと笑いながら彼の背中をバンバン叩くのであった。
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