極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第四十話「恐怖のサンドイッチ」

公開日時: 2020年9月4日(金) 22:03
文字数:4,018

 ヒーロー大集合、そして大壊滅の翌日のことである。


 アークドミニオン地下秘密基地はいつだって薄暗い。

 それは地下数百メートルにあるという極悪の立地条件からか。

 はたまた悪鬼羅刹うごめく魔の中枢の瘴気ゆえか。


「クックック……それでは、勝利を祝して乾杯なのである!」


 “超超超難敵ヒーローロボ軍団大壊滅&東京埼玉地区完全制圧記念大祝賀会あとついでにクリスマスパーティー”はサンタ姿のドラギウス総帥による乾杯でもって幕を開けた。


 六本の腕で器用にピアノを弾くジョロウグモ。

 手首から紙吹雪を射出するメイドロボ。

 一心不乱に踊り狂うピンクのカバ。


 秘密結社アークドミニオン全体が、立て続けの戦勝に狂喜乱舞していた。

 林太郎の首にはカヤンの首長族もかくやというほどの花輪がかけられ、その顔のみならず全身くまなく大小色とりどりのキスマークで埋め尽くされていた。

 このまま渋谷ハロウィンに繰り出してもいいぐらいだ。


 だが当の本人は暗い面持ちであった。


「……帰りたい」


 もはや帰る場所などこのアークドミニオン地下基地をおいて他にないのだが、そんな言葉が思わず林太郎の口からもれた。


 東京埼玉地区全域のヒーローを壊滅させたことに良心の呵責を感じているのではない。

 “良心の呵責を感じていない”ことに凹んでいるのだ。


 ここアークドミニオンにきて早2週間、元ヒーローの林太郎は身も心も悪に染まり切っていた。

 頭にちょこんと乗せられたサンタ帽子がなんとも虚しい。


「林太郎よ、勝利の立役者たるおぬしがそんな顔でどうするのだ? こういうときは笑うのだ、この我輩のように。クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハッハ!!」


 サンタクロースに扮したドラギウス総帥に声をかけられ、林太郎は我に返った。

 そして改めてそのミスマッチに過ぎる恰好を目の当たりにしギョッとした。


 自前の白髪にモコモコの髭を加え精一杯サンタクロース風を装ってはいるが、その眼光はまるで1000人の侍を斬り伏せた妖刀である。

 ピエロに扮したB級ホラーのシリアルキラーを100人ぐらいギュギュッと濃縮したらこんな感じになるのだろう。


 こんなやつと深夜に自宅の寝室で出くわそうものなら、子供は泣き叫び親は心臓が止まるに違いない。

 白いプレゼント袋から血が滴り落ちていないのが不思議なぐらいだ。


「わぁいサンタさんッス!」

「クックック……サメっちよ、今年も悪い子にしておったかな?」


 ドラギウスもといサンタさんの問いかけに、サメっちはグッと親指を立てた。


「ふふふ……サメっち今年は爆弾いっぱい作ったッス!」

「サメっち、それはもう悪い子とかいう次元じゃないよ」

「実はもう1個作ってベッドの下に隠してあるッス」

「おっといたずらっ子めえ、それは聞き捨てならないぞお」


 林太郎はまだ節々に痛みを感じるが、サメっちは一晩寝ただけでもうすっかり元気いっぱいである。

 いくら身体が丈夫な怪人とはいえ、相変わらず凄まじい回復力だ。


「よかろう……ならばこのプレゼントをくれてやるわ! フハハハハーーーっ!!」

「わぁーいッス! 竜ちゃんありがとーッス!」


 かたや勇者一行に強力無比な大魔法を撃ち込む悪の帝王。

 かたやお爺ちゃんにプレゼントをもらった孫である。

 ドラギウスはサメっちとひと通り盛り上がると、林太郎の目を見て言った。


「ときに林太郎よ。おぬし、身の振り方には気をつけるのだぞ」

「なんですか急に?」

「おぬしの身柄を狙っておるのは、ヒーロー本部ばかりではないということである。おぬしには秘密もあるゆえな……」


 林太郎が受け取ったのはとんでもない警告プレゼントであった。


「狙われてる? 俺が? 誰にです?」

「それはな……おっと、我輩は世界中の悪い子供たちにプレゼントを配らねばならぬゆえ、これにてさらばなのである! フハハハハ!!」


 ドラギウスサンタは不穏な言葉を残し、煙突から立ち昇る煙のように去っていった。

 不安を隠せない林太郎に、サメっちが心配そうに声をかける。


「アニキ、秘密って何ッスか? サメっち気になるッス!」

「いいかいサメっち。大人の男には秘密のひとつやふたつあるものなんだよ」

「おおー、カッコイイッス!」


 そう、林太郎が怪人ではなく純然たる人間であることは、このサメっちにも明かせない絶対の秘密なのだ。

 事実を知るのは、アークドミニオンではドラギウス総帥と絡繰将軍タガラックのみである。


 そのアキレス腱とも言える秘密にかかわる、林太郎を狙う者とは。



「いよう、兄弟! 飲んでるかあ!? なんだよシラフじゃねえかあ!」



 豪快にビールをピッチャーであおりながら、林太郎の隣にドカッと腰かけたのは百獣将軍ベアリオンであった。


「オジキぃ~! 竜ちゃんからプレゼントもらったッス!」

「よかったじゃねえかあサメっちい! ほらよおオレサマからもプレゼントだぜえ、大人の味だぞお!!」

「ベアリオン将軍、子供にビールを与えないでください」

「ガハハハハ! 冗談だぜえ! それによお、将軍なんてカタい呼び方はしなくていいぜえ! お前もオレサマたち“百獣軍団”の家族なんだからよお!!」


 昨日に引き続き、どうにも百獣軍団への所属が既成事実化されている気がしてならない。

 表明した記憶のない軍団所属について、林太郎は一抹の不安を覚えた。


 というのも以前、同じく三幹部の絡繰将軍タガラックに脅迫まがいの絡繰軍団所属を迫られたという経緯があるのだ。


 果たして指摘して良いものだろうか。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた林太郎の危険察知レーダーが「やめとけお前……それ、やめとけー」と警鐘を鳴らしている。


 しかしこのまま流されていて状況が好転するものだろうか。

 否、これまで流れに身を委ねてきた結果、ロクな目にあっていないではないか。

 ここは頑として譲るべきではないと、林太郎は腹をくくった。


「あのぉ……家族というのはぁ……? 俺ってばいつ百獣軍団に入っちゃったんですかねぇ……?」


 弱い! 林太郎は蚊の鳴くような声でおずおずとベアリオンを問い正した。

 格下相手には滅法強い林太郎だが、七面鳥をフライドチキンみたいにムッシャムッシャ食べる熊さん相手に素手で強がれるほど豪胆ではない。


 動物園というものは柵があるから楽しめるのであって、息がかかるほどの距離で猛獣と触れ合えるのはムツゴ●ウさんか自殺志願者ぐらいのものである。

 当然のことながら機嫌を損ねるような物言いなどできようはずもない。


「あ゛あ゛ん゛?」


 ベアリオンはその恐ろしい牙を剥くと、林太郎をギロリと睨みつけた。

 林太郎はなんとか失禁せず耐えた自分を心の中で褒めた。


「ガハハハハ! 細かいことは気にするなあ!!」


 そう言うとベアリオンは、林太郎の背中を肉球のついた大きな手でバンバンと叩いた。

 何も解決していないが林太郎はそれ以上踏み込める気がしなかった。




 ――しかし。


 林太郎本人は異議を唱えられなくとも。

 この祝賀会場には彼の気の毒な処遇について異議を唱える者がいた。


「高嶺の花の美しさは月下に一輪あってこそ、その心に一滴の蜜をもたらす。徒花咲き乱れる野にあっては、月もかの者を見初めること能わず」


 サーカスのマジシャンを彷彿させる派手な衣装に、枝のように細く長い手足。

 派手なパピヨンマスクを被った痩躯の男が、上機嫌のベアリオンに因縁をつけた。


 その奇怪なる出で立ちの怪人こそ、三幹部最後のひとりにして蟲系怪人の長。

 アークドミニオンのトリックスター、奇蟲将軍ザゾーマであった。


「ああ? またてめえかザゾーマあ、オレサマに文句いちゃもんつけるたあいい度胸だなあ!」


 ベアリオンの全身を覆う剛毛が逆立ち、闘気が膨れ上がる。

 並の人間であればその気にあてられただけで恐慌し、涙を流しながら助命を乞うだろう。

 しかしザゾーマは怯んだ様子もなく言葉を続けた。


「新月の大いなる闇は空を翔ける者からその翼を奪い、地を這う者からはその爪と牙を奪うもの。嗚呼、悪しき魂の君よ。宵の帳を纏いて朔を喰らわん」

「んだとこの野郎! やろうってのか!?」


 林太郎にはザゾーマが何を言っているのかまったく理解できなかった。

 おそらく激昂しているベアリオンにも理解できていないだろう。


「ザゾーマ様は『デスグリーン様は百獣軍団のようなゴミ溜めではなく、我ら美しき奇蟲軍団にこそ相応しいお方である。無作法なクマゴリラは巣に帰れ』と仰っています」


 カミキリムシのような顔をした従者風の男が、ザゾーマの言葉を代弁する。

 通訳を引き連れるぐらいならば、普通に喋ればいいのではなかろうかと思う。


「誰がクマゴリラだゴラァッ!!!!!」

「閨の睦言は彼方へと轟き、雷霆は清水の囁きが如し。言の葉は秋風に揺らぎ、儚き雲を散らしたもう」

「ザゾーマ様は『うるさいしね』と仰っています」

「その雑な通訳いります?」


 百獣将軍ベアリオンと、奇蟲将軍ザゾーマ。

 アークドミニオンを代表する三幹部のふたりは、林太郎を挟んで一触即発の危機にあった。

 ドラギウスの言う“林太郎を狙う者”とは彼らのことであったのだ。


 林太郎の頭上で赤き憤怒の炎と、青き静寂の炎が激しくぶつかり合う。

 生きた心地がしないとはまさにこのことであった。


 彼らは林太郎こと極悪怪人デスグリーンを自分の軍団に引き入れるためならば、血で血を洗う抗争も辞さない構えであった。


「ややや、やめてふたりとも! お願いだから俺のために争わないで……っ!」

「サメっちいいこと思いついたッス! いっそ半分こするってのはどうッスか?」

「それはナイスアイディアだねサメっち。アニキは断固として反対するけどね!」


 結局、ドラギウスサンタが間に入ってくれたおかげで、なんとか最悪の事態だけは回避できた。

 その日、林太郎はアークドミニオンに連れてこられた日以来の恐怖を感じたのだった。


 “超超超難敵ヒーローロボ軍団大壊滅&東京埼玉地区完全制圧記念大祝賀会あとついでにクリスマスパーティー”は深夜まで続いた。


 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会でまるごと洗える低反発まくらをもらった。



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