守國一鉄、またの名をアカジャスティス。
東日本のヒーローたちを統べるにふさわしい、ただひとりの男である。
彼の朝日に照らされたマスクは、色あせながらも赤く正義の色に輝いていた。
「たかが1000人と言ったかお嬢ちゃん。言っておくが俺はひとりで10万人分だぞ」
「守國長官……さすがに老いてるんじゃないですか? 拳が軽いですよ」
「もちろん手加減したんだ。これでも可愛い後輩を手にかけるのはつらいものだからな」
「そうは見えませんけど……ねぇっ!!!」
守國は桐華の尻尾攻撃を難なく受け止めると、すぐさまパンチを繰り出してくる。
ゴウッ!! という風を裂く轟音。
直撃を受ければどんな怪人でも重傷は免れない、一撃必殺の“アカパンチ”である。
同じ一撃必殺を誇るビクトレッドのバーニングヒートグローブが、このアカパンチをモチーフに開発された兵装であることからもわかる通り。
“当たれば死”……極めてシンプルでありながら、その脅威は誰かを背に守りながら戦えるほど易いものではない。
「……センパイ、ふたつお願いがあります。聞いてくれますか?」
「なんだ黛、欲張りセットか? 今の俺はピンチすぎてクッソ機嫌がいいから、何でも聞いてあげちゃうぞチクショウ!」
「ではサメっちさんを連れて逃げてください、今すぐに」
「おい、まさか……あの爺さんとひとりでやりあうつもりか?」
桐華はバッと翼を広げると、両手の鋭い爪を構えた。
それは守國――アカジャスティスと“タイマンを張る”という意思表明であった。
「キリカ無茶ッス! 巨大化したサメっちたちが20人がかりでも勝てなかったんッスよ!」
「百も承知です。だからもし生きて帰れたら……センパイ、私のもうひとつのお願いを聞いてください」
「……俺の経済力が許す範囲で頼むぞ! マンション買ってくれとかは無理だからな!」
「南極の続きをさせてください」
林太郎の脳内にひしめいていた、ありとあらゆる想定が吹き飛ばされた。
南極の続き? 南極のって何? どれのこと? アレのこと?
桐華はうるんだ瞳で、背後の林太郎を流し見る。
生命の危機に瀕した生物は種を残そうと必死になるというが。
この桐華の眼光にはそれ以上の何かがあるような気がしてならない。
「ダメ……ですか?」
「……わ、わかったからそんな目で見るな! そのかわり絶対に生きて帰れよ!」
「お任せください。これでもセンパイ以外には、一度も負けたことないんですよ」
桐華改め暗黒怪人ドラキリカは、放たれた矢のように最古のヒーロー・アカジャスティスへと突っ込んでいった。
――――。
桐華と守國による死闘のゴングが鳴らされる中、林太郎とサメっちは必然的に残りのヒーローたちと対峙していた。
「ああは言ったけど、俺が残り全部相手にしろってこと? ちょーーーっと非現実的だよねえ……」
「ここここここはサメっちが、アニアニアニキを守るッススススス!!」
「ビビるなよサメっち。こっちがビビッてるってバレたら連中一斉に襲ってくるぞ」
林太郎の読み通り、ヒーローたちは1000人という数の利を誇りながらも慎重であった。
既に100人近くが、デスグリーン&ドラキリカの犠牲になったというのも勿論ある。
だがなによりロボ8体およびチームにして30チーム以上を葬ったという、悪名通りの実力を誇る極悪怪人デスグリーンを警戒しているのだ。
しかしそんなヒーローたちの中から、彼らが先陣を切った。
「深淵に咲く真紅の薔薇! ロミオロッソ!!」
「静謐なる闇の水面! ロミオブル!!」
「悪魔囁く至上の愉悦! ロミオジャッロ!!」
「死へと誘う蠱惑の幻想! ロミオヴィオーラ!!」
「光に見放されし戒律! ロミオビャンコ!!」
「正義は敗れ幾星霜……闇の淵より甦りし魔界のプリンス……」
「「「「「ウィーアー! ダークロミオファイブ!!」」」」」
彼らはかつて極悪怪人デスグリーンによって、強制的に悪事に手を染めさせられた挙句爆破されたはずの煌輝戦隊ロミオファイブであった!
5人の若き獅子たちは敗北を喫したその日から、血のにじむような特訓を重ね真煌輝戦隊ダークロミオファイブとし覚醒したのだ!
滝に打たれ、読経をし、毎朝30キロのランニングと、ささやかな食事!
システムエンジニア、マンガ家のアシスタント、外食チェーンのホールを兼業し、自己啓発セミナーを7つハシゴした結果、完全なる闇の力に目覚めたのであった!
「極悪怪人デスグリーン……覚悟しろ……ッ! 秘剣ロミオスパーダ!!」
「くそっ! なにがロミオだ、シェイクスピアはイングランドだろ! なんでロミオの下に付いてるのが片っ端からイタリア語なんだよ!」
「黙れッ! 貴様の言葉にはもう惑わされんぞッ!」
ダークロミオファイブの5つの刃が林太郎に迫る。
彼らの言葉はまんざら妄言というわけでもなく、抜群の連携はデスグリーンにも引けを取らないほどであった。
「どうしたどうしたァ! 俺たちの復讐はこれからだぜぇ!」
「女神に抱かれて楽園に逝っちまいなあ!」
「だから全部イタリア語じゃねーか!!!」
ダークロミオファイブに触発され、慎重になっていたヒーローたちが手に手に武器を構え直す。
彼らの活躍はその実力以上に、恐慌状態に陥りつつあったヒーローたちを奮起させた。
ヒーローたちの士気復活は、制限時間のある林太郎にとって何としても避けたい状況であった。
「よそ見してんじゃねえ!」
「ああもう鬱陶しい!!」
ふざけた相手とは裏腹に、状況は逼迫していた。
――まさにそのときである。
羽田の海上から大きな声が響いた。
「総員上陸準備ーーーーーッ!!!」
海岸沿いにいたヒーローたちが思わず目を見張る。
東京湾を滑るように移動しながら、羽田空港に向かって真っすぐ突っ込んでくる船、船、船。
羽田の沿岸を覆いつくすのは、あわせて30艘にも及ぶ“揚陸艇”である。
それは羽田空港の異変を察知したウサニー大佐ちゃんによって、緊急招集されたアークドミニオンの援軍であった。
「林太郎ーーーッ! サメっちーーーッ! ……ヒィッ!?」
指揮艇からソードミナスが手を振るが、海岸沿いにずらりと並ぶヒーローたちを見るや否やナイフをバラまきながら船倉へと逃げ込んだ。
「上陸ーーーーーッ!」
ウサニー大佐ちゃんの号令で、揚陸艇から羽田空港の敷地に向かって次々と橋がかけられる。
橋の上を黒いタイツの集団が、ブーツの足音をいななかせながら駆ける。
「上がれ上がれーーーッ!!」
「「「ウィーーーッ!!」」」
テトラポットを乗り越えて、真っ黒なタイツの集団が次々と羽田空港の敷地内に侵入する。
ウサニー大佐ちゃんに率いられた怪人軍団の数、およそ100人!
しかし――。
「はっ! 何かと思えばザコばっかりじゃないか!」
「なんだよ! 驚いて損したぜ!」
そう、援軍として現れたのはみんなザコ戦闘員であった。
ヒーローひとりに20人がかりでも負ける、あのザコ戦闘員たちである。
「「「ウィーーーッ!!」」」
「うるせぇ! ザコはひっこんでろ!!!」
乱暴に放たれた銃弾を、軍用ブーツが蹴り落とした。
教導軍団長の腕章をキラリと光らせたウサミミ軍服女子は、そんなもの意に介する様子もなくザコ戦闘員たちに対して声を荒げる。
「喜べ! ヒーロー本部の“ザコ以下のクソザコども”がはやくも実戦の機会を与えてくださった!」
「「「ウィーーーッ!!!」」」
「厳しい訓練によく耐えた! 本日をもって、貴様らはゴミムシを卒業する!」
「「「ウィーーーーーッッッ!!!!!」」」
ウサニー大佐ちゃんに煽られたヒーローたちが、憤りをあらわにする。
「ザコ以下だとぉ……!? いきがりやがって! 力の差を教えてやる!」
「そうだそうだ! こっちは1000人もいるんだぞ! 援軍なんて想定済みだ!!」
手に手に武器を持ったヒーローたちの一部が、ザコ戦闘員とウサニー大佐ちゃんに向かって駆け出した。
だがウサニー大佐ちゃんの眼は、もはやヒーローを相手にする怪人のそれではなかった。
まるでそう、屠畜場の檻に入れられたブタを見るような蔑みの目であった。
「総員、戦闘を許可する!!」
ウサニー大佐ちゃんの号令とともに、戦闘員たちが手のひらサイズの機械を一斉に構える。
彼らの手には一様に、Vのエンブレムが輝いていた。
「「「ビクトウィーチェンジ!!!」」」
困惑するヒーローたちの目の前で、黒いタイツの集団が赤い光に包まれた。
光が収束するのと同時に、ヒーローたちの顔が困惑から驚愕へと変わる。
「「「悪がはびこる赤き光、量産型ビクトレッド! 参上ウィーッ!!」」」
若干デザインや体型にバラツキはあるものの。
その姿はまさしくビクトレッドそのものであった。
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