百獣軍団前橋支部は一見すると、ただのさびれた工場跡地である。
しかしこう見えて、関東一円を制圧した悪の秘密結社アークドミニオン、その勢力圏の最北端にあたる立派な前線基地だ。
この基地を預かるのはアークドミニオンでも最大の武闘派、三幹部の百獣将軍ベアリオンと彼が率いる百獣軍団である。
怪人の中でも無類の巨体を誇るベアリオンは、前橋支部を背に自身以上の巨漢と対峙していた。
「百獣の王ラリアットォォォッッ!!!!」
「ゴワスーーーーーッッ!?」
3メートルを軽く超える巨体がぐらりと傾くと、轟音と共に大地のマットに倒れる。
「ゴワス、ゴワスゥ……!」
「ちっ、なんてタフな野郎だあ。まだ意識があるのかよお!」
クマとライオンを足したような大男、ベアリオンの眉間に深いしわと焦りが刻まれる。
相対するのは黄色いヒーロースーツをまとった、人間と思しき謎の生物である。
生物としての規格を無視したその城塞が如き筋肉量は、もはやヒーローというよりも怪人……否、怪物と呼ぶほうが正しいだろう。
しかしその戦闘力は侮りがたく、突如として現れたこの謎の怪物によって、百獣軍団は既に多くの負傷者を出していた。
「ゴワァ……ゴッツァン、デス……ゴッツァンデエエエエエス!!!!!」
黄色い巨体がまるでダメージなど無いかの如く、叫びながらガバッと起き上がる。
かつて全国のヒーローでも、無類のタフネスを誇ったその男の名は、黄王丸。
勝利戦隊ビクトレンジャーのイエローにして、現役横綱を屠ったこともある力士である。
黄王丸は相撲の“立ち合い”の構えを見せると、巨体からは想像もつかないほどの速度でベアリオンに向かって突進する。
「ドスコオオオオオイッッッ!!!!!」
まるでロケットエンジンでも積んでいるかのような爆発的な加速により、地面には大きな轍が描かれ大量の砂埃が舞う。
軽自動車なみの巨体から繰り出される突進の衝撃は横綱10人分以上に達し、瞬間のインパクトは20トンを軽く超える。
――しかし――。
「ゴワッ、ゴワスゥッ!?」
「ガハハハハ! ノミにでも刺されたのかと思ったぜえ!」
ベアリオンは怪物の突進を真正面から、ガードの姿勢も取らずにその身体ひとつで受け止めた。
あらゆる攻撃を回避も防御もせず、ただひたすら鍛え上げた肉体で真正面から愚直に受け止める。
これぞまさにベアリオン本人が言うところの“スーパー最強ストロングスタイル”である。
逃げも隠れもしない暴力的なまでに剛直な戦闘スタイルこそ、百獣将軍ベアリオンこと熊田巌の神髄であった。
これこそがかつて関東最大の武闘派怪人組織“百獣大同盟”を率いていた伝説の頭たる所以である。
「オレサマはア! 最強ッ! 無敵ッ! ベアリオーーーンッ!!!」
ベアリオンは両手を広げ天を仰ぎ、雄たけびをあげた。
ダメージを感じさせないその堂々たる雄姿は、まるで岩塊を積み上げた巨城の如く。
良質かつ圧倒的な筋肉による攻防一体の威容は、まさしく肉体のマジノラインである。
「オラァ攻守交代だあ! オレサマ必殺の百獣の王ミサイルキックを食らいやがれえッ!!!」
建造物を足場に天空高く飛び上がったベアリオンの両足が、ほぼ直上に近い角度から黄王丸を強襲する。
怪人隕石と化したベアリオンの巨体は、黄色い怪物の胸骨の中央を正確に踏み抜いた。
「ゴワワワアアアアアァァァーーーース!!!??」
……ズズウウウウウンン……!
ベアリオン以上の巨体を誇る黄王丸とてさすがにこの一撃には耐えかね、ついに口から泡をふいて倒れ伏した。
「ふーっ、ふーっ……これでようやく一匹か。まるで手が回りゃしねえ!」
ベアリオンは悪態をついて首をゴキゴキと鳴らすと、前橋支部の建物にゾンビの如く群がる“ヒーローたち”と向かい合った。
…………。
既に前橋支部の内部には、100人を超えるヒーローたちが雪崩れ込んでいた。
異様なことにその誰も彼もが身体のどこかに包帯を巻き、瞳孔はギンギンに開いている。
彼らの鬼気迫る突撃に、血気盛んで知られる百獣軍団も苦戦を強いられていた。
「くそーっ! こいつらキリがねえよーっ!」
「いったいどれだけ湧いてくるんだよーーっ!!」
脅威はその数だけではない、真に恐ろしいのは殉職さえも眼中にない彼らの驚異的な精神力である。
ヒーローたちはどれだけ打ちのめされようが、命など惜しくないとばかりに立ち上がってくるのだ。
例えるならRPGで敵のHPがゼロになっても戦闘が終わらないようなものだ。
「グシャシャーッ! どきやがれ頼りない獣どもめ! 冥府の淵から蘇ったこの俺の大顎でヒーローどもを噛み砕いてやる!!」
「あれは! 大顎怪人パニックダイルさん改めリベンジダイルさん!」
「リベンジダイルさん! やっちゃってください!」
巨大な鰐を彷彿させる大男が、ゾンビヒーローたちの前に立ちはだかる。
大口を開けて待ち構えるリベンジダイルさんに、無策にもヒーローのひとりが突っ込んだ。
「ガブウウウウウ!!」
「ぐわあああああでござるゥーーーーーーッ!!!」
赤い忍者装束を模したヒーロースーツの男が、ワニの顎に挟まれたままぶんぶんと振り回される。
しかし絶叫をあげるその男もまた、焦点の合わない目で狂気じみた笑みを浮かべていた。
「絆と愛は不滅でござるぅぅぅぅ!!!」
「グシャシャーーーッ!? なんだとーーーーーッ!?」
男はリベンジダイルさんに噛まれたまま、手にした爆弾の導火線に躊躇うことなく火を灯した。
退避の時間をまるで考慮していないほど短い導火線は、一瞬で燃え尽きる。
「ワニィィィィーーーーーーーッッッ!!!」
「「リベンジダイルさあああああん!!!」」
リベンジダイルさんは赤い忍者の捨て身の作戦によって、紅蓮の業火に包まれた。
真っ黒こげになったふたりは、地面に共倒れとなってぴくぴくと痙攣する。
「ウオォォォ!! 天晴でござるアカニンジャン殿ォォォ!」
「よくぞ、よくぞ死んだでござるぅぅぅぅぅ!!!!!」
「我ら光風魔戦隊シャイニンジャジャン! アカニンジャン殿に続くでござるぅぅぅ!!!」
「「「ガンジャンホーラム! ガンジャンホーラム!」」」
彼らの戦法は完全なる捨て駒であったが、それゆえに戦局に与える効果は絶大であった。
死をも恐れぬ彼らはヒーローという職務に殉じているのではない、新興宗教“光臨正法友人会”の教義に殉じているのである。
有利に展開しつつある戦場の様子を、前線から一歩引いたところで見守るふたつの影があった。
「立派よシャイニンジャジャン……デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様も喜んでいらっしゃるわ……」
「なんで俺がこんなサイコピンクとコンビを組まなきゃいけないんだぜ……」
「あらブルー、日曜礼拝に興味があるのかしら? ねえ見て、光臨正法友人会の法話会にはWEBからでも参加できるのよ」
「おっ、俺は悪魔の取引には応じないぜーっ!」
まるで噛み合わない会話を交わしながらも、彼らの手にする“アルケミストライクボウ”と“ジェットカッターマグナム”は、遠距離から次々と怪人を射抜いていた。
「うふふふふ……攻め落とすのも時間の問題かしら?」
「攻めてるったって、こんな消耗戦じゃ長くはもたねえぜ!」
勝利戦隊ビクトレンジャーのイエロー、ピンク、ブルー。
そして新興宗教の洗礼を受けたヒーローたちの急襲作戦により、前橋支部は大混乱に陥っていた。
しかしベアリオン将軍が健在ということもあり、徐々にその混乱も収まりつつある。
彼らが体勢を持ち直し、大掛かりな反撃に出るのも時間の問題であった。
もしそうなれば、攻め落とすことを前提として捨て身の作戦を展開しているヒーローたちに勝ち目はない。
『ンーッフフフフ! ご心配には及びませんわ!』
ピンクとブルー、ふたりのビクトリー変身ギアから同時に甲高い女の笑い声が響いた。
誰あろう、この無謀な襲撃を立案した参謀本部長様こと小諸戸歌子である。
『まもなく私たちも現地に到着いたしますわ。ンフフ見ていてくださいまし、ピンクさんが開発した“例の兵器”で一網打尽にしてご覧に入れますわよ!』
『任せとけ……獣狩りが西部開拓の礎を築いたのさ』
『HAHAHA! いいぜえ、こいつはGOKIGENだぜウタコ!』
ブルーこと藍川ジョニーは、黙ってギアの無線を切った。
小諸戸参謀本部長が前線に出張ってくるというだけで、もう鋼鉄製の頭が痛くなる。
半月ほど彼女の下でこき使われた続けた結果、ジョニーはようやく気づいた。
あの女の頭にあるのは指揮官として矢面に立つだとか、そういった職務に対する使命感ではない。
ただ自分の目で、自分の作戦によって敵が倒れるところを見たいというサディスティックな欲求だ。
無論、ヒーロー学校から内勤を経てコネで作戦参謀本部の席に座った小諸戸歌子に、今さら怪人と戦う力などほとんどありはしない。
個人で怪人と対等に戦えない者は、足を引っ張るだけだから前線には出てこないで欲しいというのがジョニーの本音であった。
「これならまだ朝霞司令官の方がマシだったぜ。いったいどこ行っちまったんだぜえーーッ!!」
ジョニーの魂の叫びが、息を吹き返しつつある百獣軍団前橋支部に響く。
しかしいくら作戦参謀本部から冷遇されているとはいえ、朝霞は司令官という立場にありながら丸々2週間以上もいったいどこをほっつき歩いているのだろうか。
ジョニーとしては、朝霞ひとりがいたところで今の歌子の暴走を止められるとも思えないのだが。
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