ビルの屋上に設けられた“ムーンシャイン水族館”は、今やヒーローと怪人の決戦の場へと姿を変えていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何言ってるんだ、俺だよ、ビクトグリーンだよ」
「貴様がその名を口にするな! それに貴様が極悪怪人デスグリーンであるという証拠もある!」
レッドはそう言うと上着から一枚の写真を取り出した。
そこにはあの日、廃工場で爆弾を捨てた後、車に乗り込もうとする林太郎とサメっちの後ろ姿がバッチリ写っていた。
ブルーが上空100メートルまで吹っ飛ばされたとき、あの現場にいたという動かぬ証拠である。
「確かにそれは俺だが、誤解だ! アレは事故だったんだ!」
「馬鹿を言うな! グリーンは救いようのない正真正銘のクズだったが、仲間を傷つけるような男じゃない!」
「グリーンは男の風上にも置けない陰険なド外道でごわしたが、仲間は大事にしていたでごわす!」
「そうよ! グリーンくんは地味で性格破綻者で人の心の汚い部分だけを寄せ集めたようなゴミキメラで犯罪者予備軍の目をしていたけど、仲間想いだったわ!」
幸いなことにビクトグリーンとしての栗山林太郎は仲間を大切にする男だと思われていたらしい。
そして当の仲間からの評価があまりにも無慈悲であったことが今しがた判明した。
「何故なんだ! 俺は俺だ、信じてくれよぉ!」
「女児をかどわかすような下衆の言うことを信じられるものか!」
「かどわかされてるのはこっちなんだよぉ!」
林太郎の必死の懇願に耳を傾ける者はおらず、ただ人徳のなさが悔やまれた。
人徳の不足については本人の素行によるところが大きいが。
「正直、本物とか偽物とかどっちでもいいのよねー。アタシたちの仕事はデスグリーンを名乗る怪人を鎮圧するだけだから……さっ」
言うが早いかピンクの弓から、林太郎の心臓めがけて矢が放たれる。
すんでのところで回避した林太郎は、サメっちを抱えて転がるように水槽の陰へと逃げ込んだ。
「あっぶねぇ! 当たったらどうすんだよクソピンク!」
「当たったところで死にはしないわよ怪人なんだから!」
そう、極めて頑丈な怪人の肉体ならば、この程度で致命傷を与えることはできないだろう、怪人ならば。
対怪人武器の殺傷力は極めて高く、もし丸腰で生身の人間に直撃した場合、致命傷で済めばラッキーである。
「チクショウ! あいつら本気で俺を殺る気だ!」
「アニキひょっとして作戦失敗ッスか!?」
「大失敗だよ!」
もはやこの期に及んで栗山林太郎は弁解の余地なくビクトレンジャーの敵である。
腕の中で林太郎を見上げるサメっちの顔にも、不安の色が窺えた。
サメっちの小さな手には、先ほどお土産コーナーで買ったサメ型の水鉄砲が握られている。
――そのとき、林太郎の邪悪な頭脳にひらめきが走った。
「どどど、どうするんッスかアニキ!」
「ここは俺に任せろ! サメっちの協力が必要不可欠だ、できるな?」
アニキの言葉を聞いた瞬間、サメっちの顔がパァッと明るくなった。
「任せてほしいッス! サメっちなんでもやるッス!」
「頼もしいぞサメっち! よおし行ってこーーい!」
林太郎はサメっちの軽い身体を抱え上げると、ビクトレンジャーに向かって放り投げた。
「あーーーれーーーッスーーーッ!!」
「ちょっ! 危ないッ!」
ピンクは慌てて飛んできたサメっちの身体を受け止めた。
その豊満な胸元に、サメっちの頭がボッフンと埋まる。
「おおおおおッ! うらやま……いたいけな幼女を放り投げるとは、なんという鬼畜だッ!」
「ぬううううッ! 眼福……怪人の風上にも置けぬ悪鬼がごとき所業でごわすぅッ!」
レッドとイエローが憤りをあらわにする。
だがその視線はピンクの胸元に釘付けなのであった。
「役に立たない男どもね! ……ねえ君、大丈夫!?」
「すきありッス!」
ピンクが心配そうにサメっちを覗き込んだ瞬間、その顔に向かって水が放たれる。
サメっちが手にした水鉄砲により、ピンクは至近距離からの連射を受けた。
「うわっぷぷぷぷ! なにすんのよ、ビショ濡れじゃない!」
変身していなかったこともあり、上から下まで濡れそぼるピンク。
水槽を破壊してしまうことを懸念してビクトリー変身ギアを使わなかったことが、ここにきてアダとなった形だ。
全身しっとり水分を含んだシャツが、ピンクのわがままなボディラインをあらわにする。
「大丈夫かピンク! その、なんというか、すごっ、すごいな!」
「おちおち、落ち着くでごわすレッド! これはわしらの心を惑わす策にごわす!」
「くそっ、なんて卑怯なんだ! 俺としたことが……目を逸らすことができないっ!」
「くうう、敵の策にまんまとハマってしまったでごわす! 自らの意思に反してピンクの肢体をガン見してしまうのも仕方ないことなのでごわす!」
「ざっけんじゃないわよっ!!!」
鼻の下を伸ばすレッドとイエローに、ピンクが吠えた。
「よくやったぞサメっち! 後はよろしく!」
林太郎はその様子を見届けると、そろりそろりと後退をはじめた。
ビクトレンジャーたちの隙を作りつつ、サメ怪人を捨て駒にする。
まさしく一石二鳥、林太郎の作戦は完璧であった。
林太郎に見捨てられたとも知らず、サメっちは作戦成功とガッツポーズを決めていた。
だがこの瞬間、誰もあずかり知らぬところでとんでもない異変が起きていた。
ポトッ……。
濡れそぼったピンクの足元に、何か黒い毛虫のようなものが落ちる。
「ピンク……! その顔……!」
最初に気付いたのはレッドであった。
続いて異変を察したイエローの顔が恐怖に引きつる。
「え? なに? どうしたのよ?」
「ピンク……顔が……顔が溶けてるでごわす!!!」
そう、落ちたのはピンクのまつ毛であった。
その他にも眉毛、唇、アイライン――。
ピンクの顔面のパーツが次々と重力に引かれ、下へ下へとずり落ちていくではないか。
「酸だ……強力な酸だーっ! 伏せろイエロー!」
「やばいでごわす! ピンクがやられたでごわす!」
「なにがどうなってるのよ……え?」
ピンクが目にしたのは水槽のガラスに映った自分の顔である。
そこにあったのは勝手知ったる自分の顔……ではない。
その顔面全体が溶け落ちる様子たるや、まるでパニックホラー映画に出てくるゾンビである。
「ウギギギギギギギギィィィィィヤアアアアアアア!!!!!」
声帯が裂けるのではないかというほどの叫び声と共に、ピンクは泡を吹いて卒倒した。
ピンクたちの様子を遠巻きに見ていた林太郎は、ドン引きしていた。
そこにさも当然のように凱旋し、いい笑顔で親指を立てるサメっち。
「アニキ、作戦成功ッス!」
「ああ、うん、おかえり……サメっち案外ポテンシャル高いね」
「えへへー、褒められたッスぅ~」
「ねえサメっち、マジで酸とか入れちゃったの?」
「これ入れたッス!」
サメっちの手には、空になった試供品のボトルが握られていた。
“超強力メイク落とし『ネオアルマゲドン鬼』落ちすぎてアメリカでは発売禁止!!”
「なんかスゴそうだったから水のかわりに入れてみたッス!」
「うん、日本でも発売禁止にしたほうがいい」
パニックに陥るビクトレンジャーをよそに、林太郎とサメっちは手を繋いでムーンシャイン水族館を後にした。
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