東京の地下深く、暗黒議事堂には悪の総帥をはじめ、アークドミニオンの三幹部が顔をそろえていた。
「……これまでの林太郎の功績を鑑み、極悪軍団の設立を提唱するものである。異論のある者は申し立てるがよい」
闇色のマントを羽織った老人、ドラギウス三世はそう言うと刃のように鋭い視線を三幹部に送った。
この秘密結社アークドミニオンにおいて、軍団長とは最高位幹部を意味する。
しかし林太郎は組織に所属してまだ1ヶ月、まさに異例のスピード出世劇である。
ドラギウスの提案は、三幹部の反発をある程度覚悟してのことであった。
最初に口を開いたのは、意外にもこの男であった。
「鷹は梢に遊ばず、鯨は池を泳がず、虎は鼠を狩らず。かの大器を以て雨の滴るを受けるは、仙薬を棚で腐らせるが如し。炎は焼き、水は流れ、草木は萌ゆるが定命が世の摂理なれば、我が黒き祝福もまた理の輪に従うものなり」
「ザゾーマ様は『我ら奇蟲軍団は、極悪軍団設立に賛同する』と仰っています」
真っ先に賛同の意を示したのは、パピヨンマスクで素顔を隠すも秘せぬ色香を放つ痩躯の男。
枝のように細い手足に派手な衣装をまとった、蟲系怪人の長・奇蟲将軍ザゾーマであった。
アークドミニオンの仲間たちでさえもその腹の内を読めない、最も謎多き怪人である。
その男がいの一番に己の立場を表明するというのは、ちょっとした珍事であった。
「おいザゾーマてめえ、今度はいったい何を企んでやがる?」
ザゾーマの奇行に噛みついたのは、クマとライオンを足したような筋骨隆々の大男。
かつて関東圏最大の武闘派怪人組織“百獣大同盟”を率いていた、獣系怪人の長・百獣将軍ベアリオンである。
アークドミニオンが誇る最大最強の戦力・百獣軍団にも林太郎を慕う者は多い。
しかしかつて大きな組織を率いていたベアリオンやザゾーマとは違い、林太郎はふらりと現れた放浪のいち怪人である。
実績や求心力はあれど、結論を出すには慎重を期すべきというのがベアリオンの考えであった。
「黒を闇にて染めるは愚者の行いなれば、賢人を後塵に浴するは愚帝の采配に他ならず。智を以て功と為し狂を以て咎と為すは、山野の青き、血の赤きに類するものなり。我が翅が強き光を求むるは必定である」
「ザゾーマ様は『これは妥当な判断だ。あとクマは森に帰って踊っていろ』と仰っています」
「んだとてめえ!」
ベアリオンは食って掛かるが、苦い顔ですぐにその拳をおろした。
実際のところ、解毒剤の一件において奇蟲将軍ザゾーマは林太郎に対して大きな“貸し”がある。
それが林太郎個人へのものから“極悪軍団への貸し”になるのだから、彼が軍団設立に賛同するのは理に適った話であった。
同時に百獣将軍ベアリオンにとってそれは、林太郎に対する“借り”でもあった。
打算を踏まえた上で実力も充分に備えているとなれば、ザゾーマの言う通り反対する理由はないのだ。
「オレサマは時期尚早だと思うがなあ。タガラックはどうなんだあ?」
一同の視線が、三幹部最後のひとりに注がれる。
子供のような背丈に長い白衣を引きずる、金髪碧眼の幼女。
日本最大の企業グループ“タガデン”を牛耳る、機械系怪人の長・絡繰将軍タガラックである。
「わしがダメと言うと思っとるのか? まあ欲を言えば、林太郎をわしの絡繰軍団に引き込んで最強のメカ戦士に仕立て上げたかったところじゃが……。あの憎きアカジャスティスに引導を渡した功績に見合うだけの席ぐらいは、くれてやってもよかろうて」
早口でそうまくしたてると、タガラックは手にした機械をガチャガチャといじり始めた。
それは羽田決戦で壊れた“デスグリーン変身ギア”であった。
これがなければ林太郎は、極悪怪人デスグリーンに変身することができないのだ。
すなわち人間・栗山林太郎の、怪人としての生命線である。
タガラックはその林太郎の“秘密”を握る数少ない怪人である。
林太郎の出世は、すなわちタガラックにとっても利権の拡大を意味していた。
だが打算的なザゾーマやタガラックに対して、ベアリオンは難しい顔をしていた。
百獣軍団は、けして林太郎との関係が険悪というわけではない。
むしろ林太郎の右腕たるサメっちが百獣軍団出身ということもあり、その関係は極めて良好であると言えた。
だからこそ、ベアリオンは軽々に判断を下せずにいたのである。
「では最後にベアリオン、おぬしの意見を仰ごう」
「何かあったときは百獣軍団がケツを持つ。それが条件だあ!」
林太郎という男は、ザゾーマやタガラックのように裏で人を動かすタイプではなく、自ら前線に立つタイプである。
ベアリオン自身も後者であり、前線で身体を張ることの危険性を誰よりも熟知していた。
彼があまり乗り気でないのは林太郎の身を案じてのことであった。
「ふむ……しかしベアリオンよ、それは百獣軍団にとって負担が増えるだけなのではないか?」
「構わねえさあ。だがオレサマの条件を飲めないなら、この話はナシだあ」
誰だって命の恩人や、娘のように可愛がっている少女を危険にさらしたくはない。
それは百獣の王なりの、最大限の譲歩であった。
ドラギウスはその鋭い眼光でベアリオンの目をじっと見据える。
そして彼の目に悪意や企てがないことを悟ると、大きく息を吐いた。
「では、全会一致であるな。団員の人選は軍団長クラスに一任、後見役として百獣将軍ベアリオンを付けるものとする。不服のある者は?」
「「「異議なし!」」」
「では正式に、極悪軍団の設立を宣言するのである! クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハ!!」
暗黒議事堂に、ドラギウスの悪しき三段笑いがこだまする。
それに続くように、幹部たちも口角を釣り上げその目に怪しき光をたたえる。
けして忘れてはならない、彼らの本質は善にあらず。
悪の総帥以下、四者四様の思惑を乗せて、極悪軍団の設立が可決された。
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