烈人の背後で巨大な鉄の扉が、ずずんと重い音を響かせながら閉まる。
それと同時に、寒く薄暗い空間に明かりが灯った。
無機質な人感センサーライトに照らし出されたのは、壁一面を埋め尽くす鉄格子であった。
ところどころ錆びついた檻は、階層上に連なって高い天井付近まで続いている。
まるでドキュメンタリー再現ドラマでよく見かけるアメリカの刑務所のようであった。
「なんだここはァーーーーーッ!!!」
烈人の無駄に大きな声が、広いコンクリ打ちの空間にぐわんぐわんと響き渡った。
怪人たちの楽園となるべく作り上げられた収容施設……にしては随分と物々しい雰囲気に、烈人はぽかんと口をあけたまま呆気にとられる。
不意に、檻の中から声をかけられた。
「……おい、おめえさん」
声色から察するに男のようだが、顔はよく見えない。
男はまるで何かから隠れるように、頭からすっぽりとボロ布をフードのように被っていた。
「オメイさんって俺のこと?」
「ああそうだ。新入りか?」
男はそう言うと、ボロ布を取って顔を見せる。
存外どこにでもいそうな青年であったが、その頭からは貝のように渦を巻いた角が生えているではないか。
角はけして人間には生えないものだ、彼が怪人であることは隠しようもない。
それよりも気になるのは、いったい何から身を隠しているのかということであった。
烈人があたりをよく見回すと、どの檻にも男と同じような姿の人影が見えた。
村に収容されている怪人たちだろうか。
しかし、住んでいる、という風には見えない。
「俺はオメイさんでもシンイリさんでもないぞ! はじめまして、俺は烈人! 君の名前を教えてくれ!」
「しっ、大きな声を出すな。……こっちだ、入れ」
「お邪魔します!!!」
「あの……もうちょい静かに頼む」
烈人は角の男に促されるまま、檻の中へと足を踏み入れた。
まるで独居房のように、粗末な寝床がひとつ、剥き出しの便器がひとつ。
お世辞にも村と呼べるほどの住環境が整っているとは言い難い。
男は烈人が入ったのを確認すると、音を立てないようゆっくりと内側から鍵をかけた。
「どうして中に錠前がついてるんだ?」
「……そりゃあ、おめえさん。ここが“檻の外”だからだよ」
言葉の意味がわからず、烈人が尋ねようとしたそのときであった。
『キュルルルルオオオオオオオォォォォンッッッッ!!!!!』
閉鎖された空間の、重く冷え切った空気が嘶いた。
残響が波のようにひいたあと、烈人はようやくそれが生物の“鳴き声”であることを理解する。
それは声というよりも騒音に近かった。
時速数百キロで走る大型トレーラーが全力でブレーキを踏んだかのような音、とでも表現すればよいだろうか。
耳にしたすべての者の不安と焦燥をあおり、胸に強烈な不快感を残す音の塊であった。
「『ハルさま』がおいでなすった……。新入り、悪いこたあ言わねえ。命が惜しかったら黙って息を潜めてな」
「ああわかった! 黙って息を潜めていればいいんだな!!」
「おめえさん、話聞いてた?」
ずしり、ずしりと。
無数の牢が立ち並ぶ広い通路の奥から、なにか巨大なものが歩いてくる音が聞こえた。
音はだんだんと大きくなり、ついにはコンクリートむき出しの床を揺らす。
「うおおおおお! なんだこいつは!? こいつが『ハルさま』なのか!!?」
「頼むから静かにしてくれぇぇぇ!」
体長十数メートルはあろうかという巨体は、烈人たちのいる牢の前で立ち止まる。
『キュルルルルオオオオオオォォォォ……』
烈人は、『ハルさま』と目が合った。
………………。
…………。
……。
一方そのころ、モニタールームではちょっとした騒ぎになっていた。
「暮内長官代理がいない?」
「はい、その、どこにも……ひょっとしたら海に落ちたのかも」
「そんなまさか……」
鮫島朝霞は村職員の報告に耳を疑った。
到着直後ヘリポートからあわや転落しかけていた烈人の姿が、朝霞の脳裏に浮かぶ。
海に落ちたという話も、あながちありえないとは言い切れなかった。
朝霞は大きなため息をつくと、こめかみを指でぐりぐり押さえながら職員たちに指示を出す。
「すぐに海難救助隊に出動を要請してください。海上捜索の指揮権は海鮮戦隊ダンキュリアスに一任します。施設内で迷子になっている可能性もあるので警備責任者に連絡を」
「はっ、はいい……! ただいま!」
「村の封鎖区画に入り込んでしまっているという可能性はありませんか?」
「それは無いと思います、はい。なにせその、関係者以外がセキュリティゲートを開閉することはできませんので、えぇ」
慌てふためく職員は、何度かスマホを取り落としかけていた。
職員、この村の責任者はいかにも気の弱そうな中年男性だ。
こういったイレギュラーな事態への対応力はあまり期待できないだろう。
朝霞は険しい顔でモニター内の平面地図を見つめた。
相変わらず怪人の位置が赤い点として表示されているだけで、それ以上の情報は得られそうにない。
しかし。
「…………これは?」
朝霞はモニターを指さしながら、職員に尋ねた。
一瞬質問の意味がわからず、職員はしどろもどろに答える。
「あっ、ええ。怪人どもですか? まあその、確かに動きは少ないですが。あまり動くものでもないので、えぇ。いつもこんな感じですよ」
「違います。数を聞いているんです」
数、という言葉を聞いた職員の顔から、露骨に冷や汗がしたたり落ちる。
「報告書によると現在収容されている怪人の総数は、収容後に死亡した個体を除いて七十八体です。しかしモニター上に表示されている反応は六十九体。数が一致しません」
「ごごご誤差、ですよ。それか、機械の故障かも……」
「弁解は結構です。今すぐに村へ案内してください。私がこの目で直接確認します」
「そもそも扉の開錠には生体認証が必須で、関係者以外は……」
頑として渋る職員の襟首が、油圧ショベルのような力で持ち上げられた。
朝霞は眼鏡の奥の目を鋭く尖らせながら、淡々とした口調で職員を脅迫する。
「鍵ならあるでしょう。ここに」
「そ、そんな無茶苦茶なァ……!」
そのときであった。
村を含む洋上プラットフォーム全体が、爆音ともに大きく揺れた。
………………。
…………。
……。
品川タガデンタワーの地下深く、アークドミニオン秘密基地では、軍団長以下数名の幹部陣が暗黒議事堂に集められていた。
とはいえ、緊急招集がかかったのもつい数分前の出来事である。
面子としては総帥のドラギウス三世をはじめ。
百獣軍団から、ベアリオン将軍と副官のウサニー大佐ちゃん。
そして極悪軍団からは林太郎とサメっちだけという、異例の少数幹部会議であった。
タガラック将軍は林太郎が襲撃された幕張の一件で、絡繰軍団の主力がすべて機能停止させられてしまったため後始末に追われている。
ザゾーマ将軍についてはよくわからないが、いかにもこういった緊急招集は苦手そうだ。
「ドラギウスの爺さまよお。オレサマはこれからまたすぐに北関東支部の巡視に戻らなきゃあなんねえ。さっさと群馬栃木を制圧しちまわねえと。これ以上あのいけ好かねえ蟲野郎に差をつけられちゃあたまんねえぜおい」
「フハハハハ! まあそう言うでないベアリオンよ。今回ばかりはおぬしが出張らぬわけにはいかぬのである」
「……ああん?」
『それについてはわしから説明するのじゃ』
どこからともなく女の子の声がしたかと思うと、暗黒議事堂に設けられたモニターに、いつになく真剣な金髪幼女の顔が映し出された。
モニター越しの絡繰将軍タガラックは、機械の身体ながら少し疲れているようだ。
幕張からリモートしているのか、背景にうっすらと東京湾岸の遠景が見える。
「おうこらタガラックよお。つまんねえことだったら承知しねえぞお」
『なんじゃい、熊公の分際で生意気じゃのー。せっかくわしが速報を届けてやろうというに。ふんだ! じゃあいいもんね! もー教えてやらんもんね!』
「ふたりとも、そこまでである。まったくおぬしらというやつは。少しは林太郎を見習うのである。急に呼び出されて文句のひとつも……。林太郎、なんであるかそのネバネバは?」
「俺には構わず続けてください」
林太郎はさきほどようやくサメっちの口内から救い出されたばかりであった。
唾液まみれの林太郎に促され、タガラックがこほんと小さく咳ばらいをする。
すぐにモニターの映像が東京近海の地図へと切り替わった。
『ついさきほど、八丈島沖の投棄された海洋資源調査プラットフォームで爆発事故があったのじゃ』
「……事故ですか? 稼働もしてないのに?」
『それよ。わしってばほら、可愛いのに優秀じゃろ? だから気になって衛星写真からちょちょいと分析してみたんじゃが。どうにもこの施設、いまはヒーロー本部の所有になっとるらしい。我ながら勘が冴え渡っとると思うての』
モニターに映し出されたのは粗い写真であったが、それだけでも判断するには十分であった。
黒煙にまぎれてはいるものの、ヘリポートに駐機されているのはまぎれもなくヒーロー本部所有の高速ヘリコプターである。
「それがどうかしたってえのかあ? ヒーロー連中が海の上で何しようが、オレサマたちには関係ねえだろう?」
『大ありじゃい馬鹿もん! この馬鹿テディベア! 筋肉おばけ! わしの見立てが間違いなければ、こいつはおぬしが長年探しておった怪人収容施設じゃ』
「なあにい!?」
『ベアリオン、おぬしずっと昔に探し人がおるっちゅうとったじゃろ。なんといったかのう……はる……はる……』
黙って幹部ふたりの会話を聞いていた林太郎は、議事堂内の空気が一変したのを感じた。
怒り、悔恨、憎悪、近づくだけで焼き尽くされるほどの殺気が、ベアリオンの全身からとどめようもなく噴出する。
「晴香だ、こんちくしょうがあ……」
「……………………」
その名に、ベアリオンの隣でずっと目を瞑っていたウサニー大佐ちゃんの大きなウサミミがぴくりと動く。
つい最近事情を知ったばかりの林太郎とて、『晴香』なる者がウサニー大佐ちゃんにとってあまり歓迎すべき人物ではないということぐらいは察しがつく。
ベアリオンが正真正銘の家族と称する女性。
百獣軍団のナンバー2というポジションに、本来もっとも近しいであろう立場であることは明白だ。
それに……本人は隠しているつもりかもしれないが。
おそらくウサニー大佐ちゃんはベアリオン将軍のことを……。
「諸君、聞いての通りである。これより怪人収容施設“村”を強襲するのである! 目標は施設の完全破壊、および虜囚となっている同胞の救出であーる!」
暗黒議事堂に、黒き老翁の檄が飛ぶ。
各々が、それぞれの胸中に想いを抱いたまま。
悪の秘密結社による村襲撃作戦の決行が宣言された。
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