極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第六十四話「赤い危険物」

公開日時: 2020年9月7日(月) 20:03
文字数:2,926

 ここは阿佐ヶ谷ヒーロー仮設本部からずーーーっと中央線を西に辿った先の高尾山。

 テントからもぞもぞと這い出したその男は、冬山の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「うむ! 今日もいい天気だ! ばっちり決まっているな!」


 暮内烈人はそう言うと、露出した褐色の二の腕をパチンと叩く。

 驚くなかれ外気温は氷点下5度、そして当然のように半袖であった。


 烈人は度重なる減給処分によりパンの耳で生活をしていたが、先だって怪人にビクトリー変身ギアを奪われるという大失態を犯した。

 それが決め手となり、ついに今月分の家賃が払えなくなって新年早々野宿を強いられているのだ。


 どのみち変身ギアがなくては休職せざるをえないため、ついでに山籠もりをしようと思い立ったのである。


「よし、やるか!!!」


 烈人は頬をパッチンと叩くと、木々に吊るした丸太を相手にスパーリングを始めた。

 つい先日高圧電流を流され上に粉塵爆発に巻き込まれ全身に大火傷を負ったとは思えない、軽快なフットワークであった。


「まだだ、まだこんなもんじゃダメだ!! あのデスグリーンに勝てない!!」


 黛桐華が倒されたことで、ビクトレンジャーの面目は丸潰れである。

 それでも烈人には、リーダーとしてビクトレンジャーを存続させるという使命があるのだ。


 ブルー、ピンク、イエローの3人は連戦の無理がたたり、既に12月の末日付で休職願を出している。

 特に年末お見舞いに行ったイエローは、直視にたえない状態であった。


『なあイエロー、俺がわかるか?』

『……おぉ……ほぉぉ……ふむぅ……』


 食事が満足に喉を通らないにも関わらず、病室では烈人も目に入らないほど食い入るように成人雑誌を読み漁っていた。

 医者曰くあまりにも急激に衰弱したため、身体が本能的に子孫を残そうと暴走しているらしい。

 よもやあれ以上酷い状態にはならないと思うが、ちょっと心配である。


「俺がしっかりしないとな!!! フンッ! フンッ!」


 烈人は軽い身のこなしで、逆立ちしながら脚で丸太を蹴り上げた。

 すると逆さまの視界に、白いロングコートの端がチラリと見える。


「おはようございます朝霞さん!」

「どうしたんですかその格好」


 その人物は烈人にとって直属の上司、ビクトレンジャー司令官の鮫島朝霞であった。

 烈人は腕のバネでビョンと身体を起こすと、ニカッと白い歯を見せた。


「朝霞さんも一緒にやりませんかトレーニング!!」

「結構です」


 烈人がテントを張っている場所は、高尾山登山道のすぐ脇であった。

 山籠もりというには、あまりにも人目に触れる立地である。

 正月レジャーで展望台を訪れている観光客が、半袖の烈人を見ては眉をひそめていた。


「今から朝飯なんですけど、朝霞さんって食べられないものとかあります?」

「遠慮します」


 野宿をはじめてまだ数日だというのに、烈人のテントからは濃厚な土の匂いが漂っていた。

 カブトムシの幼虫を食べていたりはしないだろうかと、朝霞は少し心配になった。


「それで朝霞さん、今日はいったい何の用なんです?」

「地元観光協会から多数の苦情が届いているので、あなたを連れ戻しに来ました」

「そんなあ! 俺ここを追い出されたら、どこに行けばいいって言うんですか!?」


 烈人は半泣きになりながら、朝霞のロングコートにしがみついた。

 朝霞はそんな烈人を見て大きなため息をつく。


「取り急ぎこちらで部屋を用意しますので、荷物をまとめてください」

「はいっ! 朝霞さん!」


 朝霞は正月早々、衆目が集まる中でテントの片づけを手伝う羽目になった。

 好き放題やってくれるヒーローを相手にするというのは、司令官としても頭が痛い限りであった。




 …………。




 一方その頃、秘密結社アークドミニオンの地下秘密基地。

 ちょうど林太郎がサメっちをおぶって帰ってきたところだった。


 げっそりとやつれた林太郎を、長身の黒髪美女ソードミナスが出迎える。


「おかえり林太郎。……なんか疲れてないか? サメっちもオネムみたいだし」

「ああ、ちょっと疲れて寝ちゃったみたいでね」


 サメっちがトイレから出てくると、林太郎の姿はどこにもなかった。

 迷子センターで待ちぼうけを食らったサメっちは、林太郎の顔を見るなり大声で30分以上も泣き続け今に至る。


「なんかサメっちの目の周り……腫れてないか?」

「そりゃもう大変だったんだよ、すげー泣いちゃってさ……」

「ふたりして疲れるようなことをして……サメっちを“鳴かせた”……? あはは、その……すまなかったな、詮索するような真似をしてしまって……!」


 ソードミナスは顔を真っ赤にして、とてもぎこちない笑顔を見せた。

 また何かあらぬ勘違いを植え付けたような気がしないでもないが、林太郎には否定する気力もなかった。


 林太郎はソードミナスの手を借り、サメっちを部屋まで運んでベッドに寝かせた。

 そして大きなソファに腰かけてドッと疲労を吐き出す。


「疲れた……! もうやだ……!」

「弱音を口にするなんて、らしくないな林太郎」

「ちょっと古い知り合いに会ってね」

「そうか……お疲れ様」


 ソードミナスは紅茶をいれながら、それ以上聞こうとはしなかった。

 後天的に怪人覚醒し辛い思いをする者が多いことから、怪人にとって過去の話はご法度である。


 “怪人ではないこと”を隠している林太郎にとっては、都合のいいことなのだが。

 しかしどの道、ことがことだけに相談できるような相手もいない。



 ピピピポポポピ!



 そのとき、聴き慣れた電子音が部屋に響いた。

 ビクトリー変身ギアの呼び出し音である。


「…………あれ?」


 林太郎は自身のギアを確認するも、着信はきていないようだった。

 そもそも音の出どころからして、林太郎の上着からではなかったように思える。



 ピピピポポポピ!



 再び電子音が響く。


 林太郎がソードミナスの方に目をやると、長躯の乙女はティーカップを握りしめたまま額から大量の汗を流していた。

 長い睫毛の下で、気弱な瞳がドーバー海峡でも渡ろうかという勢いで泳ぎに泳いでいる。


「ねえソードミナスさん? まさかとは思うんだけど?」

「……なんのことか、わかんにゃい……」


 林太郎がテーブルの下を覗くと、ソードミナスのズボンの裾からペーパーナイフがぽろぽろと滝のようにこぼれ落ちていた。



 ピピピポポポピ!



 林太郎はソードミナスの上着を問答無用で剥ぎ取りにかかった。


「コイツとんでもねえもの隠し持ってやがった!!」

「わざとじゃなかった! わざとじゃなかったんだよぉ!」

「うるせぇ出せ! さっさとブツを出しやがれ!!」

「はぅんっ! 自分で、自分で出すからやめっ、やめてぇーっ!!」

「どこだぁ!? どこに隠したぁ!? ここかぁーーっ!?」


 騒ぎを聞きつけた怪人たちが、慌てて林太郎の部屋の扉を開いた。

 そしてふたりの様子を見るやいなや、何も言わずに静かに扉を閉めた。




 10分後、息を切らせたふたりの前に“赤い危険物”が置かれていた。

 そいつはまるで自己主張でもするかのように、延々と電子音を鳴らし続けている。


 林太郎は黙ってその着信を切った。


「いつ拾った?」

「……さいたま新都心で」

「3日も隠し持ってたのか」

「い、言い出せなかったんだよぉ……」


 それは本来ビクトレンジャーのリーダー、ビクトレッドこと暮内烈人の所有物。

 奪われた“レッドのビクトリー変身ギア”であった。



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