極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第三十四話「危険は後ろからやってくる」

公開日時: 2020年9月3日(木) 12:03
文字数:2,815

 アークドミニオン地下秘密基地医務室。

 ヒーロー本部庁舎から命からがら逃げだした林太郎は、サメっちから応急手当を受けていた。


「アニキ、ほんとにもう大丈夫ッスか?」

「ああ、後は自分でできるよ。怪我といっても転げ回ったときにできた打ち身と、あとはお尻をちょっと火傷したぐらいだから」

「お尻ッスか!? それは大変ッス! さあ脱いでッス!」

「大丈夫だから! 自分でできるから!」


 既に全身あますところなく見られた仲とはいえ、さすがの林太郎も年頃の少女の前で自ら尻を露出するのは避けたいところだった。

 それにもし尻に軟膏を塗らせているところを誰かに見られようものなら、またあらぬ誤解が広まってしまう。

 性豪だの獣欲の化身だのロリコンだのに加えて、これ以上悪名が増えてはたまらない。


「んじゃ先に部屋に戻ってるッス!」

「そうしてくれ。尻に薬を塗るときぐらいひとりにさせてくれると嬉しいよアニキは」


 サメっちが医務室を出たことを確認し、林太郎はそっとズボンを下ろした。

 鏡で見ると尻が少し赤くなっているのがわかる。

 レッドの火炎光線が背中をかすめたときにできたものだ。


 軟膏を指ですくい、尻の患部に塗っていく。


「おお……しみる……!」


 そのとき医務室の扉がガタンと鳴った。


「りりり、林太郎……何をやってるんだ……? その、おおお、お尻なんか出して……!」


 そこにいたのは長身黒髪の美女、ソードミナスであった。

 ふたりが無事に戻ったと聞いて居ても立ってもいられず心配で様子を見に来たら、凱旋した本人はひとりでお尻を出していたという。

 林太郎は慌ててズボンをたくし上げた。


「いや違うんだ、そういうアレじゃないんだよ」

「趣味は人それぞれだからな……邪魔して悪かった……存分に続けてくれ……!」

「待て待て行くな! 誤解しちゃあいけないよ、お前は俺をどうしたいんだ」


 またあらぬ噂を広められないよう、林太郎は必死でソードミナスを押し留めた。

 誤解をちゃんと解くまで、彼女を解放するわけにはいかない。

 林太郎は後ろ手で医務室の扉に鍵をかけた。


 一方のソードミナスはというと、なんだかいたたまれない様子であった。

 実はビクトレッドの攻撃の衝撃で、モニタリングに使用していたカメラやイヤホンが破損してしまっていた。

 そのためナビ担当であるにもかかわらず、途中から一切の連絡が取れなくなってしまっていたのだ。


 ただでさえあまり役に立てなかったことを気にしていただけに、その気の揉みようたるや想像に難くない。


 ようやく落ち着いたソードミナスは、おずおずと口を開いた。


「その……林太郎が縛られたところまでは見ていたんだが……そこから先はどうなったんだ? 酷いことはされなかったか?」


 その後の展開は知っての通り、烈人が助けに入って大貫を葬り、横薙ぎの火柱で悪徳ヒーロー職員を始末したという流れである。

 まさか自らの腕を焼くことでバーニングヒートグローブの弱点である射程を補い、必殺の火炎光線を編み出すとは。

 その攻撃の余波で林太郎の尻が焦げることになったのだが。


「おかげさまでまだ尻がヒリヒリするよ。まさか烈人……レッドの野郎があんなぶっといものを出してくるなんて、思いもよらなかったさ」

「なんだって!? し、尻をやられたのか……? ぶっといもので……?」


 ソードミナスの頭に、ビクトレッドの“ぶっといもの”によって尻を攻撃される林太郎の姿が浮かんだ。


「いやまさかな……ははっ……林太郎、よく無事に帰ってこられたな。もはや無事かどうかは知らんが」

「ん? まあ、あんまり無事ではなかったけどね」


 しかし本当によく五体満足で帰還できたものだ。

 林太郎はサメっちを抱えて、燃える地下収容施設から逃げ出したときのことを思い出した。

 エレベータは使えず階段を駆け上がったため、もう足がパンパンである。


「めちゃくちゃ疲れたよ、もう下半身が動かねえ」

「滅茶苦茶に突かれて、かかか、下半身が動かないだって!?」

「いやーもうパンパンでさ」

「パンパンッ!?」


 ソードミナスの頭の中では、林太郎がゲヒヒと笑うビクトレッドに下半身をパンパン突かれていた。


「あわわわわ……林太郎すまない、私が不甲斐ないばっかりに……つらい思いをしたんだな……!」


 口に手をあて涙をこらえるソードミナス。

 そんなソードミナスを見て、林太郎は少し疲れた自慢をしすぎたかなと自省した。

 あまり役に立たなかったとはいえ、ソードミナスのナビがなければサメっちを救い出すことができなかったのも事実だ。


「フォローするわけじゃないけどさ、俺はつかれるのも悪くないなって思ったよ」

「目覚めちゃったのか!?」

「は? なにが?」


 林太郎は困惑した。

 目覚めるとはいったい……ソードミナスは何を言っているのか。

 だが林太郎にはひとつ、心当たりがあった。


『大好きッスー……大好きッスー……大好きッスー……』


 サメっちのあの言葉には、さすがの林太郎もグッときたものだ。

 セルフエコーがかかっているのは記憶が美化されているからだろう。


「あー、そういや父性愛に目覚めたっていうか。娘が欲しくなったってのは少しあるかもな」

「こっ、子供を作ろうというのか!? 唐突に何を言い出すんだ林太郎!?」

「恥ずかしいから、サメっちやみんなには内緒にしておいてくれ」

「だだだ、誰にも言わない約束する! だから酷いことはしないでくれ!」

「いやしないけど。どうしたソードミナス、熱でもあるのか?」


 ソードミナスの顔にじっとりと脂汗が浮かぶ。

 尻に目覚めた林太郎の毒牙が、よもや自分に向けられようとは。

 このままでは貞操の危機である。


「そうだ、頑張ってくれたソードミナスにもお礼をしなきゃなあ……」


 そう言って笑顔が苦手な林太郎は、できる限り安心感を与えるつもりでニタァッと笑った。

 その顔はまるで卑劣な罠で女騎士を捕らえた山賊の頭目である。


「ひぃぃぃっ!!! 林太郎お前! 私のお尻をどうするつもりだ!!!」

「何言ってんの? 俺はお礼がしたいって言ってるんだよ。ほうら自分の口で何が欲しいか言ってみな」


 林太郎は何故か急に警戒心丸出しになったソードミナスを、なだめようと立ち上がった。

 しかし慌ててズボンをたくし上げていたため、なんたることかベルトがゆるゆるのままであった。


 ズボンがストーンと床に落ち、林太郎はパンツ丸出しになる。


「ななな、何を言わせようとしているんだ!? そんなモノ欲しいなんて絶対に言わないぞッッ!!」

「待ってくれ、これは違うんだ。誤解だ、話せばわかる。なにかとてもよくないことが起きている」


 逃げ出そうとするソードミナス。

 しかし医務室の扉は施錠されている!

 そこに迫るパンツ一丁で笑顔のHENTAI!!


「聞いてくれ、これは尻のせいだ、尻に薬をだな……」

「お、おおお、お尻で赤ちゃんができるわけないだろぉーーーッッッ!!!!!」


 アークドミニオン地下秘密基地に乙女の絶叫が響き渡った。

 デスグリーン性豪伝説に、また新たな1ページが刻まれた。


 その日、林太郎は朝まで泣いた。



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