極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第八十一話「ヒーロー本部長官・守國一鉄」

公開日時: 2020年9月11日(金) 20:03
更新日時: 2020年11月6日(金) 14:45
文字数:3,700

 羽田空港に接岸したアークドミニオンの船には、次々と怪我人が運び込まれていた。

 いくら頑丈な怪人といえども、1000人ものヒーローや巨大ロボを相手にしては負傷者も多く出ようというものだ。


「ウィーッ! ウィウィッ!」

「あの……できれば普通に話してくれないか?」

「ウィすいやせん、左腕をやられやしたウィっ!」

「これはヒビが入っているな。固定して鎮痛剤を出しておこう」


 忙しさに目を回しながらも、手際よく処置をこなしていくひとりの女がいた。

 彼女の名は剣持けんもちみなと、またの名を剣山怪人ソードミナス。


 成人男性を上回る高身長に、抜群のスタイルが怪我人たちの目を引く。

 涼しげだがどこか加虐心を煽る切ない目元と、そのぎこちない手つきは男たちの羨望を射止めてやまない。


 しかしその“体質”を知ってなお、彼女に手を出そうという者はあの男・・・ぐらいしかいないだろう。


「ソードミナス先生! また怪我人だウィ、診てやってくださいウィ!」

「気を失っているのか。そこに寝かせるんだ、ゆっくりと。頭は揺らさないように」


 次々と運び込まれてくる赤いスーツの怪人たち。

 そんな中でも、この男の容体は特に危険度が高いように感じられた。


「実はハンマーに真上から叩き潰されましてウィ……」

「だとすると頸椎をやられている可能性があるな。ヘルメットを外してやってくれ、慎重にな」

「ウィ……! おいしっかりしろウィ、もう安全だウィ!」

「頭部に出血はないようだな……はうあっ!!!?」


 赤いヘルメットが取り外された瞬間、ソードミナスは驚愕のあまり腰を抜かした。

 切り揃えられた爽やかな黒髪と褐色の肌、そして仔犬のような人懐っこさを感じさせる童顔。


 ソードミナスは、その男の顔に見覚えがあった。


「ほぎゃあああああああああッッ!! びびび、ビクトレッド!!!??」

「ソードミナスさん!?」


 ソードミナスの全身から汗が滝のように流れるが如く、コンバットナイフがボロボロとこぼれ落ちる。

 さいたま新都心で一方的に顔を見たきりだが、彼の特徴的な顔を見間違うはずもない。


 怪我人は勝利戦隊ビクトレンジャーのリーダー・本物のビクトレッドこと暮内烈人であった。


 ソードミナスは慌てて手元にあった包帯で烈人をぐるぐる巻きに縛り上げると、そのままずるずる船外へと引きずり出した。


「待ってウィ、ソードミナスさん! そいつをどうするんですかウィ!?」

「こうするんだ……」


 船の縁にスマキ状態の烈人を乗せると、ソードミナスはえいっとその身体を東京湾に突き落とした。

 気絶した上スマキにされた烈人は、東京湾をプカプカと漂いながら沖へと流されていった。


「ソードミナスさん、ひょっとして彼はもうウィ……」

「こうするしかなかったんだ……早く次の患者を連れてこい」

「そう、だったんですねウィ……ぐすっ」


 戦闘員たちはみんなで甲板に立ち、流されていく烈人を敬礼で見送った。

 中には花束を海に投げ込んでいる者もいた。




 …………。




 ところかわって羽田空港滑走路。

 周囲の決着はほぼつこうかという頃、最古のヒーローアカジャスティスはひとりで正義の気概を見せていた。


「アカパンチ!!」

「あっちぃーっ! かすっただけでスーツ越しでも火傷するとか、どんだけだよ!」


 あれだけの啖呵を切っておきながら、林太郎は防戦一方であった。

 多少息が上がっているとはいえ、守國のアカパンチの威力は絶大である。

 それを何度も紙一重でかわし続ける。


 タイムリミットのある林太郎としては、明らかに不利となる立ち回りであった。


「センパイ! あのパンチ、一発でももらったらヤバいです!」

「見りゃわかるってのぉ! ……ふんぬっ!」


 迫る真っ赤な拳を、林太郎は手にした“ニンジャポイズンソード”で受け止める。

 剣の刃に拳を突き立てるなど、一歩間違えればその拳が真っぷたつに裂けようものである。

 しかし守國は一切ためらうことなく、その唯一の必殺技を放つ。


「アカ……パンチ!!!」

「うげぇッ!!?」


 緑色の剣が、ついにその拳を受け止めきれず粉々に砕け散った。


 雨の日も風の日も、林太郎とともにあり続けたニンジャポイズンソード。

 仲間たちからは陰で“ニンポ剣”と呼ばれていたビクトグリーンの固有武器。


 刀身にたっぷり塗られた神経毒は、これまで様々な場面で林太郎を助けてくれた。

 そのニンジャポイズンソードは今、見るも無残な緑色の破片と化した。


「あああ……俺の相棒が……ニンジャポイズンソードがあ……!」

「武器に頼るなど女々しい男だ! 頼れるのは己の肉体と拳のみ、それが男の戦いだろう!!」

「ハッ、上等だジジイ! だったら俺の拳を受けてみろってんだ!」

「その意気やよし! 来いデスグリーン!」


 林太郎が拳を構えると、守國もそれに応じるように両の拳を引く。

 だが桐華ほどのパワーも耐久力もない林太郎では、その肉体ごとバラバラに砕かれるのが関の山である。


「デスグリーンパーーンチ!!」

「甘いわァ! アカパンチ連打ァ!!!」


 赤い拳がガトリング砲の弾のように打ち出され、林太郎は無防備に鉄拳のラッシュを受けた。

 緑の身体はまるでぼろきれのように、赤い拳に合わせて右に左に振り回される。


 守國がパンチを止めると同時に、ズタボロにされた林太郎は洗濯物のように太い腕にもたれ、へちゃんと崩れ落ちた。


「せ、センパァァーーーイッ!!」


 桐華の悲痛な叫び声は、もはやセンパイには届かない。

 極悪怪人デスグリーンは、守國の腕の中でわかめのようにクッタリとしていた。



「むうっ……!?」



 あまりの手ごたえの無さに、守國がその腕からデスグリーンの亡骸を払い落とそうとする。


 しかし――。



 んねっちょぉ……。



 謎の粘着性物質によって、デスグリーンの“身体”は守國の両腕に絡みついて離れないではないか!


 更に守國がほどこうと必死にもがけばもがくほど、緑のワカメは両腕に絡まっていく。


 守國の遥か後方で、いやらしい笑い声が響く。

 そこには眼鏡をキラリと輝かせながら、今にも倒れそうな足取りの“栗山林太郎”が立っていた。


「くっ、これはヒーロースーツ……!? 囮か……! ぐぬッ、くそっ!」

「だははははーーーッ! それほどまでに緊縛プレイがお好きだとは! お似合いですよ守國長官、がんじがらめにされているサマなんかは特に」


 守國はその拘束から逃れようと腕に力をこめるが、ただ紐や鎖が絡まっているのとはわけが違う。


 彼の両腕から自由を奪っているのは、かの研究開発室が技術の粋を結集して作り出した最強の鎧。

 刃も銃弾も通さない史上最強の特殊素材、ヒーロースーツである。


 両腕を鋼の繊維で縛り上げられた守國一鉄。

 それはまさに、研究開発室の圧力に縛られたヒーロー本部長官の姿そのものであった。


「なるほど……貴様、わざと俺の攻撃を受けて強度を測っておったか……」

「そろそろ老眼鏡が必要な頃だと思っていましたが、なかなかどうしてご明察……」

「センパイッ!! しっかりしてくださいッ!」


 林太郎の身体がフラッと倒れ込むと、桐華が急いで肩を抱く。

 デスグリーンとしてのタイムリミット、10分を大幅に経過していた。


 だが、時間稼ぎとしてはそれで充分であった。


『さて、残るはそいつだけかいのう?』

「テメェには借りがあったよなぁ? 覚悟しろよジジイ!」


 真っ白な巨大ロボ・タガラックと、クマとライオンを彷彿させる大男・巨大化したベアリオンが、肩を並べて林太郎の背後に立つ。


「赤ク熟シタ果実ナレド、イズレハ腐リ落ツルガ世ノサダメ。ソノ骸ハ種トナリテ、次代ノ物語ヲ紡グ語リ部トナラン。ナラバ我ラ天ヨリノ試練トナリテ、大地ヲ業火ト洪水デ満タシ、神ノ祝福ヲ以テ悪シキ七ツノ鐘ヲ鳴ラスベシ」

「ザゾーマ様は『守國殿の引退戦に私から花を贈らせていただく。あとクマは何故まだ生きているのか、死んだんじゃなかったのか』と仰っています」

「テメェこの期に及んでかぁ!!」


 巨大な節足動物キメラと化した奇蟲の王・ザゾーマと、彼の毒霧でスタイリッシュにフォルムチェンジしたミカリッキーが続く。


 羽田空港には色とりどりの戦士たちと、巨大ロボの残骸が死屍累々と転がっていた。

 中には停泊する船を攻撃しようと海に飛び込んだ者もいたようだが、彼らはひとり残らず仰向けにプカプカ浮かんでいた。


 惨々たる東京湾を割って、水中戦において無類の強さを発揮する水棲生物怪人が姿を現す。


「プハぁーー! アニキィぃ、勝ったッスよぉぉぉ!!」

「さすがだサメっち、あとでホットケーキを焼いてあげよう」

「わぁいッスぅー!」


 ぞろぞろと集まってくる、アークドミニオンの怪人たち。

 ヒーロー本部に残された戦力はもはや守國のみであり、大勢は決したかと思われた。


「守國長官、50年前のアンタなら俺たちに勝てたでしょうよ。今のアンタの正義はあまりにも孤独だ」


 桐華に肩を抱かれた林太郎が、息も絶え絶えに語り掛ける。



 だが――彼が正義に捧げた半世紀は。

 正義の矜持はまだ折れてはいなかった。


 守國は縛られたまま二本の足で大地を踏みしめると、両腕にめいっぱい力を入れる。



「なにが孤独だ……正義をみくびるんじゃねえ……!」



 68歳の老体からアークドミニオンの怪人たちをも凌駕する真紅のオーラが、まるで活火山の大噴火のように空高く噴き上がった。




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