美しい森林公園の木々をなぎ倒しながら、サメの頭を持つ巨大怪人と巨大ロボが殴り合っていた。
「メガロドンキーーーックッス!!」
『なんの! アルティメットV斬ッ!!』
互いの攻撃で激しく火花が散るたびに、湖面が荒々しく波打つ。
その迫力たるやまるで神々の争いであり、無力な人間はただ逃げ惑うしかない。
「うぎゃあーーーーーッス!!」
極悪怪人デスグリーンと化した林太郎の頭上を、巨大な影が通過する。
キングビクトリーの激しい攻撃により、牙鮫怪人サーメガロがふっ飛ばされて尻もちをついた。
その衝撃たるやまるで小隕石の衝突であった。
大地が大きく揺れ、アスファルトにひびが入る。
「アニキぃぃぃ、やっぱり強いッスぅぅぅ」
「だから言わんこっちゃない! サメっち、相手をよく見るんだ!」
数十メートル上空からサメっちの弱音が聞こえる。
だが林太郎は、今日のキングビクトリーが本調子ではないことに気づいていた。
キングビクトリーは搭乗者の勝利への執念、すなわち勝利パワーを原動力に変換している。
当然のことながらひとりよりもふたり、ふたりよりも5人フルメンバーの方が出力も増加する。
今のビクトレンジャーは林太郎が抜けたことでひとり欠けている上に、比較的軽傷なレッドを除いて半死半生もいいところだ。
その証拠に必殺技たる『アルティメットV斬』で必殺できていない。
「サメっちいけるぞー! 相手は虫の息だぞー!」
「うおお燃えてきたッスぅぅ! サメっちの得意なフィールドに引き込んで、息の根を止めるッスぅぅ!」
大きな水しぶきと共に湖に飛び込むサメっち。
「おりゃあーッス! 必殺フカヒレカッターッス!!」
『ぐわーーーーーッ! なんのこれしきーーーーーッ!!』
サメっちは湖の水を吸い上げ高圧水流の刃を放った。
無尽蔵の刃が、出力不足のキングビクトリーを襲う。
深さとしては腰あたりまでしかないものの、まさに水を得た魚もといサメである。
水棲怪人は水の多い環境下では無類の強さを誇るが、サメっちもその例に漏れないということなのだろう。
巨大化した怪人がロボに勝つという歴史的勝利は、もはや時間の問題かと思われた。
ピピピポポポピ!
そのとき林太郎のギアが、通信を知らせる電子音を響かせた。
『はろー、わしじゃよ林太郎。わしのカワイイ声が聴けて嬉しかろう』
「その声は、タガラック将軍!?」
通話の相手はアークドミニオン三幹部のひとり。
“リアル美少女受肉金髪碧眼のじゃロリ博士”こと絡繰将軍タガラックであった。
ちなみに林太郎は彼女のことを心の中で、設定のお子様ランチと呼んでいる。
「何の用ですかこの忙しいときに。といってもそろそろ決着がつきそうですが」
『むほほ、そりゃ決まっておろう。おぬしらが今戦っておるキングビクトリーがあるじゃろ? それについての重要なことをおぬしに伝えねばならんのじゃ』
「なんですって?」
いつもの軽い調子ではなく、タガラックの声は真剣そのものであった。
まさかキングビクトリーには、林太郎も知らない秘密が隠されているのだろうか?
だとすれば対峙しているサメっちが危険だ。
『実はな……』
「実は……?」
林太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
『キングビクトリーをわしのコレクションに加えたいんじゃが、なんとか無傷でゲットできんもんかのう』
「…………はい?」
『おぬしも知っとると思うが、わしってば超強いじゃろ? 今までわしが潰してきたヒーローチームのロボなんじゃけど、実は全部基地の地下にコレクションしとるんじゃ。そこにキングビクトリーを加えたいと思ってのう』
「……切りますよ?」
『ああ、待つのじゃ! かわりに何が欲しいんじゃ? 金か? 金ならいくらでもあるぞ! なんぼじゃ! なんぼ欲しいんじゃほれ、言うてみい!』
林太郎は何か重要なことを言いだすのかと身構えていたが、無駄に終わった。
タガラックはただ私利私欲のためにキングビクトリーを手に入れようとしていただけである。
「俺ならともかく、やりあってるのはサメっちですよ? そんな器用な真似できるわけないでしょう」
『なぜじゃ!? 今のキングビクトリーはメタクソに弱っておるのじゃろう? こんなチャンス滅多にないじゃろがい!』
「そりゃまあ、サメっちでも勝てそうなんだから、チャンスっちゃあチャンスですが……」
そこまで言って林太郎は、自分の言葉にハッとした。
キングビクトリーは何故あんなボロボロの状態で戦っているのか。
ずっとそこが引っかかっていたのだ。
キングビクトリーがサメっちひとり相手にあれほど苦戦しているというのは、まさに異常事態なのである。
考えてもみよ。
本来であればデスグリーンとサメっちを同時に相手取り、2対1での戦闘を強いられてもおかしくない場面ではないか。
いや、あっという間に退場したがパニックダイルさんも含めれば、あの場に怪人は最低でも3人はいたことになる。
そして怪人が複数いるということを、彼らは事前に知っていた。
知っていたからこそはぐれ野良怪人をわざと泳がせ、待ち伏せして奇襲をかけてきたのだから。
もし旗色が悪いのであれば、ずっと湖の中に隠れていればいいのにもかかわらず。
『おーい林太郎? 聞こえとらんのか? おぉーい!』
「待てよ……まさか……俺は何かを見落としている……?」
相手にとって有利なフィールドでは戦わず、まず勝てる状況を作り出してから勝負を挑む。
それは林太郎自身が幾度となく繰り返し勝利を得てきた基本的な戦いのプロセスだ。
駒同士の戦いは、描いた勝利を実現させるための後処理に過ぎない。
ならば今彼らヒーローがやっていることは、正真正銘のバカのすることだ。
イエローとレッドはかつて一度怪人化したサメっちと戦っている。
“水棲生物型怪人”であるサメっちの存在だって知っていたはずだ。
なのにわざわざ傷ついたビクトレンジャーを招集してまで、この水源が豊富な狭山湖で勝ち目の薄い勝負を挑むだろうか。
「いや、そんなことが……考えろ考えろ考えろ……」
彼らヒーローは義憤や仇討ちなどではなく、勝利のために戦う。
レッドは確かに「デスグリーンを倒す絶好の機会」と、そう言った。
ならばたとえ湖というサメ怪人の得意なフィールドで戦う状況であったとしても。
たとえここからデスグリーンが巨大化して参戦したとしても、“勝算がある”からこそ戦うのだ。
「ちくしょう! そういうことかッ!」
それらの推論から導き出される結論はひとつ。
なぜその考えに至らなかったのか、林太郎は唇を噛みしめた。
「サメっち、撤退だ!! 今すぐ湖から出るんだーーーーーっ!!!」
林太郎の叫びがサメっちに届くのと、それはほぼ同時であった。
湖に半分ほど浸かったサメっちの足を、巨大な手のひらがむんずッと掴む。
「うひゃあーーーーーッス!?」
狭山湖を割り現れた2体目の巨人は、そのままサメっちをジャイアントスイングの要領で振り回し放り投げた。
ズズウウウウウウウン……。
横っ飛びに投げ出されたサメっちの巨体が、なされるがままに大地をえぐる。
「きゅぅぅぅぅぅッス……」
『南埼玉支部所属、武士戦隊ハラキレンジャー! 推して参る!! 悪く思うなかれ極悪怪人デスグリーンとその草履取りよ。乱世にありて兵を伏せたるは戦の常套手段にござる』
突如現れた2体目の巨大ロボ。
それに続くように狭山湖からだけでなく、隣接する多摩湖からも次々と巨大ロボが現れる。
『西埼玉支部所属、剛拳戦隊ドッセイジャー! ぶっとばすぜえええっ!!』
『東埼玉支部所属、重厚戦隊シールドバリアン! 護ってみせよう俺たちの未来を!』
『西東京支部所属、煌輝戦隊ロミオファイブ。踊れ、我が輪舞曲の調べとともに』
鋼鉄のボディが水滴をはじきながら、太陽の光に燦々と輝く。
1体ならば畏怖を、2体ならば恐怖を、そして3体を超えると見る者に絶望を与える巨大ロボ軍団の出現。
さながら最終戦争でも勃発したかのような、世紀末的光景であった。
「冗談だろおい……そこまでやるかお前ら……!?」
その巨大ロボの数、キングビクトリーをあわせてゆうに8体。
東京&埼玉中からほぼすべてのロボが一堂に集結していた。
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