極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第六十五話「ビクトリー変身ギア!」

公開日時: 2020年9月7日(月) 22:03
文字数:3,309

 説明しよう!!


 “ビクトリー変身ギア”とは、勝利戦隊ビクトレンジャーの必携アイテムである!!

 手のひらサイズの端末に、勝利を示すVのエンブレムが輝いているぞ!


 ギミックも満載だ!

 Vギアを回転させることで内部にVエネルギーが溜まり、一瞬でビクトリースーツに着替えることができるんだ!


 君もいっしょに『ビクトリーチェンジ』!!


 DXでらっくすビクトリー変身ちぇんじギア!!




「さて、どうしたものか」


 林太郎は悩んでいた。


「はぅぅ……身体の、隅々まで……。なあ林太郎、コレどうしたらいいと思う?」

「ビクトリー変身ギアは慎重に扱わないと死人が出る代物だぞ」

「ひぃっ!」


 池で飛び跳ねる魚のように、ソードミナスのうなじからナイフがコロリンと床に転げ落ちた。


 死人が出るという林太郎の言葉は、誇張でもなんでもない。

 それはかつて林太郎が身をもって体験した、まぎれもない事実である。


 余計なタイミングで鳴り響いたり、誘蛾灯のようにヒーローを呼び寄せてしまったり。

 もっともそれらには、アークドミニオンからの解放を試みた林太郎が策士策に溺れた結果も含まれるが。


 このビクトリー変身ギアには発信機が内蔵されている。

 つまり携行していれば居場所がバレる危険性が常にあるということだ。


 ソードミナスはその体質ゆえの引きこもりであるため、幸いにも大事には至らなかった。

 しかしもし外に持ち出そうものならば、一瞬でヒーローたちに取り囲まれても不思議ではない。


「うーん……タガラック将軍とかならともかく、俺たちが扱うにはリスキーだな」

「そそそ、そうだな……よし捨てよう! 今すぐ捨てよう!」

「まあ待てソードミナス。“使えない”とは言ってないだろう?」


 林太郎はそう言うと、口角を上げネットリと笑った。




 …………。




 神奈川県川崎市、多摩川の堤防沿いに異様に目立つ集団がいた。


「反応はこのあたりでござる。各々方、気を引き締めて参りまするぞ!」

「「「「応ッ!」」」」


 黄色いコートを羽織った男の一喝に、赤、青、白、黒の4人が声を上げる。


 彼らの名は西神奈川支部所属のヒーロー『五色戦隊ジキハチマン』である。

 レッドではなくイエローがリーダーという、全国的にも珍しいチームだ。


 だが彼らが目立っている理由は色だけではない。

 冬の太陽をキラリと照り返すその頭部。


 リーダーであるシゲを筆頭に、みな月代さかやきを丁寧に剃り上げているではないか。

 時代錯誤なちょんまげ集団は河川敷に集まった少年野球団から、当然のように奇異の視線を集めていた。


「ギアを簒奪せし下手人は極悪怪人デスグリーンと思われる。不意の遭遇戦になるやもしれぬゆえ。各々方、肝に銘じて探索に移られたし!」

「「「「散ッ!」」」」


 ジキハチマンの5人は広い多摩川河川敷で、手分けしてギアを探した。

 もちろん罠の可能性も考慮し、警戒は怠らない。

 彼らの盟友『風魔戦隊ニンジャジャン』が、地下怪人収容施設を急襲したデスグリーンの手によって壊滅に追い込まれたのも記憶に新しい。


「シゲ殿! 見つけ申した!!」

「でかしたタカ殿!!」


 赤いハチマキを巻いた男が、大きく手を振って仲間たちを呼び集めた。

 目的のものは河川敷に乗り捨てられた、20年モノの軽自動車の中にあった。


「検分いたす。……ふむ、ビクトリー変身ギアに間違いござらん! ガラスを割るのでみな離れておれ!」


 シゲはそう言うと運転席側のガラスに肘鉄を食らわせた。

 パリンという音と共に、ドカンと火柱が上がった。


「しっ、シゲ殿ォォォォォォォッッ!!!」


 軽自動車が大爆発を起こし、シゲの身体は30メートルほど舞い上がると背中からベチャッと土手の芝生に落下した。


 慌てて駆け寄るメンバーたちの周囲で、地面がモコモコと盛り上がる。

 そこから現れたのは真っ黒なタイツに身を包み、頭からアリのしょうな触覚を生やしたザコ戦闘員たちである。


「こっ、これは……囲まれているでござる!!」

「各々方、方円の陣にござるぅぅぅ!!!」


「「「アリアリィッッ!!!」」」


 防御陣形を取るジキハチマンに、触覚の生えたザコ戦闘員が殺到し、蹂躙した。




 その様子を遠くから見届ける影があった。


「美しき蛾はその翅の卑しきを隠さず、その身は銀糸の裁きを受けるであろう。真の強者はその黒き鎧に翅を隠し、伏して地を嘗める者は翅を持たず。真に美しきものよ、ただ座して散りゆく宿命の傍観者たれ」

「ザゾーマ様は『結果にたいへん満足している。奇蟲軍団所属の件はどうか?』と仰っています」

「この“ビクトリー変身ギア”で、借りは返せたってことになりませんかね?」


 アークドミニオンの関東大制圧作戦において、西方攻略を任された奇蟲将軍ザゾーマは次々と壊滅していくヒーローたちを見て感心していた。


 ザゾーマが率いる奇蟲軍団は、他の軍団と違いザゾーマ自身も含め単騎で活動できるほど強力な怪人は少ない。

 それは戦力の大半を、ザゾーマの毒霧によるドーピングに頼っていることに起因する。

 すなわち集団行動をとらざるをえないため多方面展開ができず、神奈川県のヒーローたちを攻めあぐねていた。


 そこで林太郎は“ビクトリー変身ギア”を餌にヒーローたちをおびき寄せ、各個撃破する作戦を提唱したのだ。

 結果はご覧の通り、わずか1日で4つものチームを壊滅させるという大戦果を挙げていた。


(これでザゾーマ将軍への個人的な借りは返せる……。加えて作戦が失敗したところで俺は何も痛くない。逆に成功すれば俺の手柄になる……クックック、完璧だ……!)


 奇蟲将軍ザゾーマに“ビクトリー変身ギア”を譲渡するという林太郎の目論見は上手くいった。

 林太郎はひとりでこっそりとほくそ笑んだ。


「では“ビクトリー変身ギア”は確かにお渡ししましたよ」

「静かなる水面は鏡面が如し。しかし荒海駆ける白波こそ、我が心を映し給う。ただそこにありて激しく、夢幻が霞に溶け入るが如く穏やかに牙を立てるものなり。灼熱の太陽は冬を焼き、枯れ木に赤き花咲き乱れるが如し」

「ええまったく。ザゾーマ様の仰る通りでございます」

「ミカリッキーさん仕事してください。ザゾーマ将軍は何と?」


 林太郎の問いかけに、カミキリムシ風のずんぐりむっくりした男はうやうやしく応えた。


「ザゾーマ様は『感謝する』とだけ仰っています」


 確実にもっと情報量があったような気もするが、解説を求めたところで答える気はないのだろう。


 林太郎は「どういたしまして」とだけ伝えると、その場を後にした。


 アークドミニオン随一のトリックスター・奇蟲将軍ザゾーマが、派手なパピヨンマスクの下でニヤリと不敵な笑みを浮かべているのには気づかなかった。




 …………。




 その日の夜アークドミニオン地下秘密基地では、神奈川方面の戦勝祝賀会も兼ねた盛大な歓迎会が行われていた。


 先のヒーロー本部襲撃&壊滅に伴い、地下収容施設に囚われていた怪人たちはひとり残らず救出された。

 そんな彼らを盛大にもてなそうというのが今回の趣旨である。


 一昨日新年会をやったばかりだが、アークドミニオンには何かと理由をつけてお酒を飲んで騒ぎたい怪人がとても多いのだ。


 林太郎も当然のように参加させられていた。

 もはや渇いた笑いとともに、独り言が漏れ出る。


「ははは、もう慣れたよ……」

「はむはむっ! そんなことないッスよアニキ! はむっ! おせちは3日目が美味しいッス!」


 そう言いながらサメっちはエビフライばかり食べていた。

 おせちじゃない件は別にして、やはりサメだけにシーフードは大好きらしい。


「サメっち、食べるか話すかどっちかにしようね」

「はむむぅっ!」

「あーほら、急いで食べるから口元が……」


 林太郎がサメっちの口周りについたタルタルソースを拭いていると、柄の悪い怪人と目が合った。

 すぐに目を逸らしたものの相手からはバッチリ視認されてしまったらしく、その男はズンズンと林太郎のもとに近づいてくる。



「あぁん? てめっコラ! ぁにガンつけてんだオラァン! ッアン!」



 今回助け出された怪人の中でも異彩を放つその姿。

 無数の漢字が書き連ねられた特攻服に、ガッチガチに固められたリーゼント。


 剥き出しの牙に、剛毛で覆われた大きな尻尾。

 それは黛桐華によって壊滅させられた『北関東怪人連合』の元総長、灰色狼男のバンチョルフであった。


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