極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第百三十八話「胎動」

公開日時: 2020年9月24日(木) 18:03
文字数:4,338

 フカフカのキングサイズベッドの上で、サメっちは頭を抱えてうずくまっていた。


「ふぐぅッスぅ……。サメっちのアイデンティティが崩壊の危機ッスぅぅぅ」

『堪忍なあ、うち火の怪人やさかいに水はごっつ苦手なんよ』

「ふぇぇぇ、先に言っておいてほしかったッスぅぅぅぅぅ……」


 落ち込むサメっちを励ましているのは、彼女にしか聞こえない声の主・ヒノちゃんである。


 他人を疑わずにありのまま受け入れるサメっちと、他人を依り代とせねばならないヒノちゃんの相性は抜群だ。

 しかしサメっちにとってのみならず、ヒノちゃんにとっても誤算だったのは、ふたりの相性が良すぎたことだろう。


 ヒノちゃんの“黒い炎を操る力”は極めて強大である反面、弱点もその特性にたがわないものであった。

 すなわち炎の天敵にして水棲怪人の盟友、水である。


 ふたりの結びつきが強すぎるがゆえに、サメっちの身体はヒノちゃんの特性のみならず弱点さえも継承してしまったのだ。


『間借りさしてもろてる身で、ほんま堪忍やで』

「……サメっちひょっとして一生カナヅチッスか……?」

『ずっととは言わんけど、うちが憑いとるかぎりはカナヅチさんやろなあ』

「うぅぅ……泳げないサメっちなんてアニキに捨てられちゃうッスぅ……!」


 サメっちにとっては桐華に敗北を喫した悔しさよりも、アイデンティティを失ったことで林太郎に失望されるのではないかという不安のほうがずっと大きかった。


「泳げないサメっちはただのダメっちッスぅ……」

『……………………』

「ダメダメフルーツの全身ダメダメ怪人ッスぅ……」


 嘆き悲しむサメっちの言葉を、ヒノちゃんはしばらく静かに聞いていた。

 だがサメっちが自分を卑下しはじめたところで、たしなめるようにゆっくりと語り始める。


『……なあサメっち。サメっちから見て、あのお兄ちゃんのカッコエエところ思い浮かべてみ』

「ッスぅ……? アニキのカッコイイところッスか……?」


 ヒノちゃんの唐突な問いかけに、サメっちはべそをかきながら考える。

 自分は栗山林太郎、極悪怪人デスグリーンのいったい何に魅力を感じているのかを。



 改めて考えてみると、林太郎は欠点の多い男である。



 倫理観が故障している上に、口から生まれてきたような皮肉屋で目つきも悪い。

 そのくせ精神面はもろく、ちょっとしたことで情けない顔をする。

 ついでに言うとむっつりスケベな上にタラシである。


 だが手段を選ばず奇策と詭弁をろうし、いつも最高の結果を残し続けてきた。

 敵には厳しく、身内には優しく、いざという時の彼の背中ほど頼もしいものはない。

 それがサメっちの敬愛するアニキである。


「……サメっちはアニキの全部がカッコイイと思うッス」

『ほなもしお兄ちゃんのカッコエエところが、ひとつなくなってもうたらどないする? サメっちはお兄ちゃんのこと嫌いになって捨ててまう?』

「……………………」


 サメっちは黙って首をぷるぷると横に振った。

 たとえどのようなことがあったとしても、自分がアニキを嫌って捨てるなど考えられない。


 ヒノちゃんはそんなサメっちに満足したように、柔らかい声で語りかける。


『せやろサメっち、ちょっとあかんようになったぐらいで兄妹きょうだいの絆は切れたりせえへん。うちが言うのもお門違いかもしれへんけど、お兄ちゃんかてサメっちのことおんなじように思てるんとちゃうかな』

「うぅ、ぐすっ、ヒノちゃぁん……!」

『よしよし、ほれもう泣かんとき。泣いとるよりわろとるほうが、女の子は可愛かいらしいもんや』



 サメっちがようやく泣き止んだころ、ちょうど林太郎が部屋に戻ってきた。


 林太郎は喉になにかが詰まったような苦々しい表情を浮かべていたが、サメっちの顔を見るなり表情をやわらげる。


「アニキ、おかえりッス」

「ただいまサメっち。……もう落ち着いた?」

「ごめんなさいッス、アニキ。サメっち調子に乗ってたッス……」

「うんまあ、それはちょっとビックリしたけど……それよりその……大丈夫なのか?」


 心配そうにサメっちを見つめる林太郎は、妹分が大きなショックを受けているのではないかと気が気ではなかった。

 水棲怪人なのに泳げなくなるというのは、本人にとってはとても辛いことだろう。


 林太郎は大きなベッドにちょこんと座ったサメっちの隣に腰を下ろした。



(さて、どう声をかけたものか……)



 林太郎の目に映るのは、おびえてふるえる妹分だ。

 見た目は普段と変わりはしないものの、その身体になんらかの変化があったことはもはや疑いようもない。


 サメっちが突然手に入れた黒い炎を操る力、おそらくはそれが原因とみて間違いないだろう。

 だが詳細を知り得ない今の林太郎では、少女の悲しみに寄り添うことしかできないのであった。


 今のサメっちに必要なのは原因の追究と解決ではなく、安心だ。



「タガラック将軍が今原因を探ってくれているから、きっとまたすぐに泳げるようになるよ……たぶん」


 そう言いながら、林太郎はサメっちの小さな手を握る。

 サメっちは大きな手を握り返しながら、林太郎に尋ねた。


「アニキは……泳げないサメっちはポイしちゃうッスか?」


 きっとヒノちゃんに慰めてもらっていなかったら、サメっちはこの一言を発する勇気を振り絞れなかったであろう。

 林太郎はサメっちの不安を吹き飛ばすように、強くその肩を抱く。


「そんなはずないだろう。カナヅチだってサメっちはサメっちじゃないか。いいかい、俺にとってサメっちは便利な道具なんかじゃない。大事な妹だ」

「アニキ……! わあああああん! アニキィィーーーッ!!」


 感極まって胸に飛び込んでくるサメっちを、林太郎は力強く抱き留めた。

 サメっちの不安を溶かすように、林太郎は優しくその頭をなでてやる。


「サメっち、今日は久しぶりに一緒に寝ようか」

「……ドキッ! アニキ大胆ッス!」

「いやそういう意味じゃないんだよ」

『…………』



 そんな微笑ましい兄妹の様子を、ヒノちゃんは静かに見守っていた。




 その夜、林太郎とサメっちは仲良くベッドに並んで色々なことを話した。

 ほとんどはお互いの“いいところ”を挙げ連ねるというものであった。



 あっという間に夜は更け、深夜2時を回ったころ。



「………………」

「うーん、むにゃむにゃ……俺の眼鏡を返せぇ……」

「…………………………」



 ベッドからむくりと起き上がった影は、しばらく隣で眠る男の顔を見つめると、やがて音もなく静かに部屋を出て行った。




 …………。




「タガラック様、本日もお疲れさまでした」

「ふわぁーーあ、まったく。機械の身体も楽ではないのう」


 タガラックは大きなあくびをし、自室のモニタールームで特注の椅子に腰かけた。

 何十本もの配線が繋がれたそれに、己の身体から伸びるコードを接続していく。


 人形のように整った顔の執事とメイドがテキパキと周辺の機械を操作すると、壁一面のモニターに真っ黒なコンソールが表示される。


「「それではおやすみなさいませ、タガラック様」」

「うむー、よきにはからえー」


 執事とメイドが部屋を出るのを確認すると、タガラックは静かに目を閉じた。

 機械怪人となって久しいタガラックであったが、数日に一度はこうして必ず“睡眠”をとらねばならない。


 人が夢を見て不要な記憶を消すように、機械であるタガラックも定期的に記憶の整理メンテナンスを行わなければパフォーマンスに支障をきたすのだ。


 金髪碧眼の幼女がメカメカしい椅子に腰かけ眠るさまは、まさに電脳世界に迷い込んだお姫さまのようである。

 無論その間は完全に無防備となるため、部屋の前には必ずバトラムとメイディ、ふたりの従者が控えることになっている。


 深夜、従者たちの目がピピッという電子音を響かせ同時に赤く光る。


「……動体センサーに反応あり」

「照合……対象を侵入者と断定、丁重におもてなしいたします」

「合体を要請」

「合体を承認」


 執事とメイドのふたりは、ガチャガチャと音を立てながら無機質に一体化していく。

 わずか数秒にも満たない変形を経て、そこに現れたのは鉄と歯車に覆われた体長3メートルを超す機械の巨人であった。


 恐ろしい異形と化した怪物を前に“侵入者”は眉ひとつ動かすことなく対峙する。


「………………」

「「侵入者を視認。合体従者怪人バトラメイデン、戦闘モードへ移行」」




 …………。




 翌日、タガデンタワー最上階のエレベータホールを訪れた林太郎は目を疑った。


「なんだこりゃ……ヤクザの襲撃でも受けたのか?」


 シミひとつなかった絨毯には大きな焦げ跡がついており、ピカピカに磨かれていた大理石の壁には銃痕や刀傷がいくつも入っている。

 ボロボロで半開きになった会長室の重厚な扉から、中の様子が伺えた。


「おお林太郎、まいったわい。ちょいと居眠りデフラグしとる隙にこのざまじゃ」

「こりゃまた派手にやられましたね。俺はまたガン=カタの撮影でもしてたのかと思いましたよ」

「それならまだよかったんじゃがのう。見よ……わしの可愛いバトラムとメイディがスクラップじゃ……。ムキィィィィィ! 賊めェ! 許さんぞーーーっ!!! ……まあこいつらは直せばいいだけなんじゃけどッ!」


 タガラックはぷんすこ怒りながら地団太を踏んだ。


 林太郎が見たところ、会長室の中は無惨に荒らされ尽くしていた。

 まるでここだけ強烈な嵐が過ぎ去った後のようだ。



 しかし気になったのは、その“荒らされかた”である。


 確かに高価なツボや皿といった装飾品は粉々に砕かれ、皮張りのソファは引き裂かれている。

 一見してわかる通り、これだけでも被害総額としてはそうとうなものだろう。


 しかし貴重品がしまい込まれているであろう机の引き出しは、閉じられたまま上から傷をつけられているだけだ。


「バトラムとメイディを破壊したところから考えても、ただの物盗りの仕業じゃないですね」


 林太郎は状況を整理し、推理する。

 会長室で暴れたのは、少なくとも絡繰軍団の存在を知る者だ。


 だが肝心のタガラック将軍が無傷となると、襲撃者の目的がまるでわからない。


「まるでただ壊すことが目的のようにも見えますね」

「それよ、ここまでやっておいて何も盗られておらんのが不気味じゃ。……くそぅ、今日にも監視カメラが復旧したというのに、なんと間の悪い……」

「壊すこと以外に目的があるとすれば、ひょっとすると……」



 ピー、ピー、ピー!



 そのとき、会長室にけたたましい電子音が鳴り響いた。


「なっ、なんだこの音!? いったいどこから!?」

「待つがよい、今音の出どころを探って……」


 途中まで言いかけて、タガラックの動きがピタリと止まる。

 金髪幼女の顔が引きつり、静かにその視線を落とす。


 碧い瞳が見つめる先は、自身のおなかであった。


「……タガラック将軍、まさか」

「伏せよ、林太郎ッ!!」



 タガラックに突き飛ばされ、林太郎が会長室の床に這いつくばったのと同時に。





 金髪幼女の身体が木っ端みじんに爆発四散した。





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