昼は夜かもわからないアークドミニオン地下秘密基地。
部屋の時計は既に夜中の2時を回っていた。
栗山林太郎はふかふかのベッドの上で眠れぬ夜を過ごしていた。
まるで遠足前の子供か、あるいは恋する女子中学生……であればまだよかったとつくづく思う。
『フハハハハ! 安心せよ林太郎、おぬしが人間であることを知っているのは、わしと絡繰将軍タガラックだけである!』
(ドラギウス総帥はああ言ってたけど、絶対他にも知ってるやつがいるんだ……寝たら殺される! 寝たら殺される!)
林太郎の心は暗殺に怯える斜陽の独裁者そのものであった。
ここは怪人の巣窟、悪の総本山アークドミニオンの中枢である。
そこには人間、特にビクトグリーンを殺したいほど憎んでいる怪人がひしめいている。
彼らに自分の正体がバレるということは、すわなち死を意味する。
『デスグリーンさん、お疲れ様ですウィ!』
『ようデスグリーンさん! 最近すげえ活躍だな!』
『おお……デスグリーンさま……ありがたや、ありがたや……』
廊下で声をかけられるたびに心臓が縮み上がる思いであった。
誰もかれもが凶悪な殺し屋に見えてならない。
いやむしろ本当は全員林太郎の正体を知っていて、みんなで口裏を合わせて機を伺っているのではないかとさえ思えてくる。
(寝たら殺される! 寝たら殺される……寝たら……)
しかし心が抱く恐怖とは裏腹に、傷ついた戦士の身体は休息を求める。
林太郎の意識は深い闇に沈んでいった。
…………。
夢の中で林太郎は、百鬼夜行と化した怪人たちに追い掛け回された。
鬼の形相をした怪人たちが逃げ惑う林太郎に襲い掛かる!
『おーのーれー! ビクトグリーン許すまじー!』
『この恨み晴らさでおくべきかー! 全身の皮を剥いでやるー!』
『うけけけけーっ、今夜は人間のカラアゲだウィーッ!』
「いやだーっ! だ、誰か助けてくれーっ!」
その時、林太郎目掛けて殺到する怪人たちの前に、ひとりのヒーローが立ちはだかった。
「あ、あなたは……!?」
『愛と勇気と瀬戸内海の使者、フカヒレンジャー見参ッス! メガロドンキーック!!』
『『『うぎゃーっ! 口惜しいーっ!』』』
恐ろしい怪人たちは、なんかすごいパワーによって爆発四散した。
謎のヒーロー・フカヒレンジャーの活躍により、林太郎は窮地を脱したのだった!
「ありがとうフカヒレンジャー! 好きっ!」
『はっはっは、弱い者を助けるのがヒーローの役目なのだッス』
「なにかお礼をさせてくれ、フカヒレンジャー!」
『じゃあ遠慮なく、お前の頭をいただくッス! ガブウウウウウ!!!』
「ひいやああああああアアアアアアアッッッ!!!!」
林太郎の目覚めは最悪であった。
もう12月も半ばを過ぎたというのに、全身にじっとりと嫌な汗がにじむ。
あまりの恐怖と心細さに、気づくと抱き枕を潰れるほど抱きしめていた。
はて、林太郎のベッドに抱き枕などあったであろうか。
「むぎゅう! アニキ、苦しいッス!」
「おわあああああっ!!!」
林太郎が抱きしめていたのは、抱き枕ではなくサメっちであった。
性懲りもなくまたベッドに潜り込んできたらしい。
「なんでサメっちがここに!? 絶対安静じゃなかったのか!?」
「いやー、全治1日の大怪我だったッス。さすがのサメっちも今回ばかりは死んだと思ったッスよ」
怪人の異様なまでの頑丈さは林太郎もよく知っているが、中でもサメっちのタフさと再生能力は群を抜いているようだった。
感極まって抱き上げ『よく頑張ったな、あとは任せろ』とか言っていた自分が恥ずかしい。
「なんだ今の悲鳴は! 林太郎、無事か!?」
「どうしたんですかデスグリーンさん! 何があったウィ!?」
「まさか事件ですか!? デスグリーンさん!」
林太郎の悲鳴を聞きつけて、怪人たちが部屋に殺到した。
そこで怪人たちが見たものは、ベッドの上で汗まみれで抱き合っている林太郎とサメっちである。
「なんだ……その、すまねえデスグリーンさん、邪魔しちまったみたいで……」
「いやはや、ふふ、英雄色を好むといいますからね……お邪魔いたしました……」
「待ってくれみんな、違うんだよ。これは誤解だ」
怪人たちはそそくさと部屋を後にしようとする。
林太郎としても現場をおさえられては、もはや言い逃れのしようがない。
「り、林太郎、おまおま、お前……サメっちと、どどど、同衾、していたのか……?」
一番ショックを受けているのはソードミナスである。
自分を救ってくれたふたりが“そういう関係”にあるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
「そうか、なるほどな、年端もいかぬ子供と閨を共にしていたのだな林太郎……」
「よし一回待とうソードミナス。俺たちの間にはあらぬ誤解が生じている」
ソードミナスは耳まで真っ赤にしてプルプルと震えていた。
それに事故とはいえ、ソードミナスは林太郎に押し倒されたことがあるのだ。
「あんなに太くて大きくていっぱい出した林太郎がそんなことをするなんて!!!」
「剣とかナイフの話だよねそれ。ねえほら見てごらん、周りのみんなが凄い顔をしているよソードミナスさん」
「私のむ、むむむ、胸に……かかか、顔をうずめてハチャメチャに揉みしだいたじゃないかァ!」
「それは事実だけど事故だ! 俺にそういう意図はなかったんだよ!」
急激に温度を下げる林太郎を見る周囲の目。
これは女と見れば誰彼構わず手を出すクズ野郎を見る目である。
さんざん手ごめにした挙句、その気はなかったと自白したのだから当然だろう。
「みんな違うんだ、サメっちからもなんとか言ってくれ!」
「サメっちはもう子供じゃないッス! 大人のレディーッス!」
林太郎は両手でサメっちの顔をガシッと掴んだ。
「おおっと、違うよサメっち、そいつは逆効果だ。このままじゃ大事なアニキがHENTAIにされちゃうよ。わかるだろう? 俺はフォローしてくれって言ってるんだ」
「はわ、わかったッス……!」
サメっちはほっぺたを掴まれたまま、ぶんぶんと頭を縦に振った。
「よおしサメっち! アニキはゴミキメラじゃないってことを、みんなに教えてやれ!」
「あの夜はサメっちすごく痛かったけど、アニキは優しく抱いてくれたッス!」
「サメっち足りないよ、君には説明力がまるで足りていない」
衝撃発言にざわつく怪人たち。
なまじ事実であるだけに、林太郎も否定しづらい。
もはや林太郎が人間であるとかどうか以前に、別の意味で居づらくなる噂がアークドミニオン中に知れ渡ったのであった。
その夜“大敵ビクトイエロー大撃破おめでとう大祝賀会”は盛大に行われた。
林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会でマウンテンバイクをもらった。
心に大きな傷を負った林太郎は、ふかふかのベッドで朝まで泣いた。
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