「好きや。」
そう、言われた。そんなセリフが出てくるとは夢にも思わなかったものだから、持っていた空のビール缶は床に転がったし、何なら酔いも冷めた。
「…は?正気か?俺もお前も男やぞ?」
思わず出た声は震えていた。嘘だと言ってほしかった。もしかしたら薄々気が付いていて、目を逸らしていただけなのかもしれなかった。
「本気や。潔く振ってくれ。
そんでお前との縁、切りたい。」
その一言は、ガツンと脳に刺さる感覚がした。振ってくれ、とか本気だ、とか、信じたくない言葉は沢山あったが、それよりも、どんな事よりも、"縁を切りたい"と言われた事実が一番許せなかった。
「…は?お前、俺ともう会わへんつもりなん。」
凄味のあるドスの利いた声が出た。けれどこいつは怯まない。元々こいつは何かに怖気づくようなタイプでは無いのだ。知っている。分かっている。
「そういうことになるな。…何、怒ってるん。やってお前、俺にそういう目で見られてるって分かってて、我慢出来ひんやろ?」
黙ることしか出来なかった。確かに我慢など出来ない。分かりきっている事だった。
「…じゃあ、なんで告白なんてしたん。関係が間違いなく壊れるって、分かってたやん。」
返事に困って、困惑と怒りと哀しみが綯い交ぜになって、八つ当たりをした。けれど、こいつの答えは単純だった。
「ごめん。俺がもう無理やってん。」
単純明快で、酷く腑に落ちる答えだった。俺は何も言えなかった。
「…ごめん、帰るな。」
言葉が落ちてくる。まだ何も話せていない気もしたし、最早何も話すことなど出来ない気もした。
足音が耳に入った。足音は段々と遠のいていて、まっすぐ玄関に向かっているのだと分かった。けれど、引き留める事など出来ず、素直に会わないと決めきる事も出来なかった。思わず後を追って自分も玄関へ向かうと、靴を履いているあいつと目があってしまった。反射的に言葉を紡ぐ。
「なぁ!いつかお前が全部忘れて、この事も忘れる日が来たら、……。…なんでもないわ。忘れてくれ。」
言葉が最後まで出なかった。目を逸らして、小さな声で言った言葉はおそらく意図までしっかりと届いたのだと思う。ちらりとあいつの方を見る。眉を下げ、困ったような顔をしていた。
「俺はお前の事忘れへんけど、お前は忘れてもええよ。」
無慈悲な言葉が吐かれ、あいつは去っていった。俺は、はっきりと分かってしまった。きっと、そんな日が来ることは、少なくともあいつにとっては有り得ないのだ。
そんな日は訪れないと分かっていながら、その日を、あいつが恋心を忘れて、また友人として笑い合う日を夢想する。そうすることでしかもう、こいつと出会う術はないのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!
コメント
コメントはありません。