正門をくぐり、玄関の脇にある傘立てに傘を入れてからドアを開けると狭い廊下越しにまたドアがあった。『聖堂』と記された小さな真鍮のプレートが戸口の上にある。聖堂のドアからからつかず離れずの位置には水を満たした盆が石で出来た象牙色の土台に支えられていた。
「馬場さんがいるなら聖堂でしょうけれど、入る前にまず聖水盤に軽く両手の指を浸すのがマナーです」
銭居は土台の上の盆を右手の平で示した。
そういうものかと思い、赤野は言われた通りにした。
その途端、頭の中に摩訶不思議な映像が浮かんだ。中世ヨーロッパの鎧兜を身につけた騎士が地面に仰向けで倒れている。喉を切り裂かれ、致命傷なのは明らかだ。
『……リザ……』
血を吐きながら瀕死の騎士は言葉を押し出した。
『リザに……』
「どうなさいました? 早く聖堂に入りましょう」
銭居が呼びかけ、はっと我に返った。
「はい、そうします」
馬鹿正直に……と、いうより馬鹿素直に……赤野はうなずき、ポケットからハンカチを出して指をふいた。それからドアを開けた。銭居もすぐあとに続いた。
ネットの画像で目にした通りの光景だった。
真正面には、玄関に面する形で室内の一番奥に説教檀がある。説教檀の更に背後には十字架が壁に据えてあった。十字架の上には長細い楕円を二つに割ったようなステンドグラスがあり、これもネットで確かめた杖を持つ外国人が描かれている。
説教檀に面するように、横長の椅子が何脚か並べてあった。中央に通り抜け出来るよう間を空けて左右一脚ずつで一セット。それを十数セット、説教壇の間近から出入口近くまで置く。
説教檀から離れ、長椅子に囲まれた中央に司祭のテルカンプがいた。まさにばったり赤野と目が合った。
「こ、今日は」
慌てて赤野は挨拶した。
「今日は」
テルカンプも礼儀正しく滑らかな日本語で返した。ついで、銭居との間にも同じように挨拶が交わされた。
「あー、失礼ですが、私は赤野賃貸ビルのオーナーで赤野と申します。こちらに馬場さんって方がこられたんじゃないかなと思って伺ったんですが……」
「存じません」
にべもなくテルカンプは答えた。
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