「まず、あなたの身分証を出して下さい」
三人で車内に入り、真っ先に銭居が要求した。
「はい、どうぞ」
トビーはズボンのポケットから財布を出し、中から免許証を出した。
「飛田丸雄さん、ね。これ、写真撮らせて貰うけどいい?」
「はい、そりゃもう」
あっさりとトビーこと飛田は承知した。銭居は自分のスマホで実行した。
「馬場さんについて知っていることを全部話して下さい」
免許証を返しながら銭居は聞いた。
「いやー、ほんの二、三十分くらい前かな? さっきの教会から出てきたんで、あんたらと同じように取材したんだよね」
どうせヤラセを前提にした『取材』なのだろう。
「で、今みたいに自己紹介し合うじゃない? それで名前が分かったんだけど、美大生だってね。教会のステンドグラスが絵の勉強になったからって言ってたよ。なんなら動画見る? 編集してないけど」
「いえ、それは不要です。それより、『勉強になったから』だったのですね? 『勉強になるから』じゃなく」
「ああ、録画しながら聞いてたんで間違いねえよ。ちなみに教会の中も撮影したかったんだけどさ、司祭が筋肉モリモリのゲルマン人でスゲー怖えっていうから止めた。チキンです、ハイ」
「それで?」
飛田の剽げた振る舞いにはなんの関心も示さず、銭居は促した。
「魔女の都市伝説ってさ、犠牲者が誰かの血をワインとかって飲まされて契約されちゃうの。で、なんでも叶うって言われて願い事をしたら、一応は叶うけど結局は……」
「馬場さんと関係ある話だけをお願いします」
冷ややかに銭居は遮った。
「まあ待ちなよ。こっから盛り上がるんだからさ。それで馬場さん、実際に血を飲んだって言うんだよな」
「ええっ!?」
と驚いたのは赤野である。銭居は軽蔑に近い目で飛田を眺めていた。
「嘘じゃねえよ、証拠の動画あるんだからさ。言っとくけどヤラセじゃねえよ。疑うなら馬場さんに直に確かめたら?」
「血を飲んだっていうのは牛とか豚とかの血じゃないんですか?」
あくまで冷静に銭居は質した。
「俺もそこは気になったよ。ツッコんじゃいましたよ。ガチで人間のだってさ」
「馬鹿な……」
赤野はうめいた。確かに、馬場は浮世離れした人間だろう。これはもう、そんな水準を通り越している。
「どうやってんなもん手に入れたんだよって聞いたら、魔女が目の前で直接自分の腕を切ったって言うじゃない。もうブッ飛んでるよね、俺の名前じゃねーけど」
「魔女ってどんな人だったんですか?」
銭居の質問は、まさに赤野も知りたい話だった。
「それがさー、肝心なトコあやふやなんだよね。性別も身体つきも覚えてないっつー話でさ」
仮に飛田の説明が事実なら、馬場の妄想という可能性もあった。
実際、妄想で片づけられたら手っ取り早い。銭居は馬場から絵を買う。馬場は滞納家賃をそこから支払う。残った金で治療なり入院なり受ければ良い。
そんな手順とは裏腹に、妄想で済んで欲しくない気持ちも赤野にはあった。銭居と会ってから時々起こるフラッシュバックに、馬場の影がちらちらしている気がしてならない。
「血を飲んだのと教会に最初に入ったのは、どちらが先ですか?」
「さあねえ、俺もそこまでは聞かなかったし。あーでも、街外れの孤児院に行くって話だったよ。名前までは知らね。俺の話はそれでおしまい」
「そうですか、ありがとうございます」
「どうも」
銭居に調子を合わせて赤野も礼を述べた。
「どう致しまして。で、こっちの用なんだけど……」
数分後。飛田のスマホでは、顔にモザイクのかかった赤野と銭居が本人とは似ても似つかぬ声音でタコ型火星人の陰謀だのアトランティスの末裔だのを語る場面が再生された。無論、魔女の正体についての議論である。
「いやー、キレッキレの場面になったよ。金よりこっちの方がいいね」
飛田は満足そうだった。
「約束を破ったら覚悟して頂きますよ」
銭居の念押しに肩をすくめ、飛田はスマホの画面を閉じた。
「じゃあ俺はこの辺で」
スマホをしまい、飛田は車を出て行った。
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