手ぶらになった彼女が会場に現れ、ローテの隣に座り、いよいよ準備が整った。
「さあ、皆様。ローテ様に乾杯前の一言を頂きましょう。ローテ様、お願い致します」
彼女に促され、ローテは軽くうなずいて型通りの挨拶と晩餐会を邪魔した詫びを述べ、快く受け入れた……で、あろう……一同への礼を述べた。
「ありがとうございます。それでは、皆様、乾杯」
「乾杯」
ローテも他の参加者と共にコップを掲げ、縁に口をつけた。その途端に顔をしかめた。ワインじゃない。血だ。今日、戦場で散々浴びてきた。いや、そんな問題じゃない。
「私の血はうまいか、ローテ卿?」
末席から声がかけられ、危うくコップを落とすところだった。蝋燭の明かりが覚束ないテーブルの端から、いてはならない人間の顔が浮かび上がった。
「テルカンプ!」
コップを持ったまま、椅子ごとローテは後ずさった。
「あんたは強かったな。すっかり油断したよ。さ、じっくり味わってくれ」
「なんの冗談だ!」
叫ぶローテに寄せられた参加者の視線は虚ろ。いつの間にか全員が骸骨になっていた。ツェニーの姿だけがどこにもない。
「血は気に入らんかね。それじゃダンスにしよう」
骸骨と化したテルカンプが歯をかちかち鳴らしながら呼びかけると、テルカンプも交えた全ての骸骨が一斉にたち上がった。
ローテも同じだが、剣を抜き、会場の出入口を目指してテーブルの上に飛び乗った。
骸骨達は両手を前に突き出し、てんでばらばらに抱き合ったりいい加減なステップを踏んだりし始めた。
テーブルを踏みつけて床に飛び降り、ローテは一直線に会場の出入口へ走った。何故か骸骨は無関心なままだ。
扉を開けたら、玄関に繋がる廊下が現れるはずだった。にもかかわらず、ローテは記憶と著しく食い違う光景に目を大きく見開いた。
扉の向こうは納骨堂になっていた。少し大きな教会の地下には普通にあるし、ローテ自身見学したこともある。
それが目の前に存在するのも非合理だが、もっと非合理なのは納骨堂でツェニーに抱きあげられたバッハの姿だ。
眠っているのか気絶しているのか、目を閉じてぐったりしている。その手には、見たこともない花が握られていた。薄い赤紫色の小さな花が枝に沿って鈴なりになっている。
「なんの真似だ、ツェニー!」
「あなたの従卒が、あなたを心配してここまできたのですよ」
あくまで穏やかに彼女は説明し、あやすようにバッハを軽くゆすった。
「お前は魔女か。最初から俺達をたぶらかすつもりだったのか」
「おほほほほほほ。あなたの望みを叶えて差し上げようとしているだけですよ」
「なんだと!?」
バッハさえいなければ斬りかかれるものを。
「この花は、遠くアラビアの更に東の、インドよりもっともっと東の黄金郷からもたらされたものです。彼の地ではヤブランと呼んでいます。花言葉は隠された心」
「誰が花の話をしている! さっさとバッハを解放しろ!」
「はい、かしこまりました」
彼女は優雅とすらいえる動作でバッハを恭しく床に横たえた。そうして二、三歩脇に寄った。
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